第186話:繰り返す先へ 3

「……今、なんていった?」


 A級殺人許可証所持者。『大樹』。

 その名が裏世界でも有名となった頃。


 その頃には、俺の周りには色んな仲間がいた。もっとも、俺の周り、ではなく、俺が周りにいた、が正しいのだが。まあ、そこまで違いはないだろう。


 有名になればそれだけ仲間も増えれば敵も増える。

 だけども、そんな戦いがあったからこそより強くなりたいと思ったし、チヨを護るためにも力は必要だった。


 だから俺は、仲間を求めた。


 A級殺人許可証所持者『弦使い』・永遠名冬。

 A級殺人許可証所持者『夜の踊り子』・久遠松。

 そしてS級殺人許可証所持者『ペンシル・ロケット』・遥瑠璃。

 杯波和美はいなみ かずみ暁美保あかつき みほの冬の恋人二人と、その二人を育て上げた香月美保こうづき みほの三人の情報屋。

 彼等はチヨとも仲良くなり、三人の所持者に至っては工房のお得意様にもなってくれているありがたい奴等だ。


 それぞれ目的があって協力し合っているようだが、それに俺は深く関わってはいない。なぜなら、俺はこいつ等と袂を分かつということが、何となく分かっていたからだ。


 『縛の主』陣営の俺と、その敵対勢力である『ピュア』陣営のあいつ等と。

 どうして仲良くできるなんて思ったんだろうな。

 気づいた時から、俺は少しずつ距離を置いていった。



 だから、この時。


『……『弦使い』の恋人を連れて来いと言った』

「なぜ……?」

『ちょっと話をしたいことがあってな……。そろそろ、な。しっかり話をしようと、我も思ったわけだ。あれは、我の娘だ』


 夢筒縛が、俺に指示したことは、彼等と仲良くしたい、自分の娘と寄りを戻したいという意味で言ったわけではなく。

 ただの敵対勢力の力を削ぎ、世界を統べるためのキーとなる彼女を手に入れるために動いただけだった。ということだと、馬鹿な俺がこの時気づいていれば、こんなことにもならなかったのだろうと。


 ……いや、本当は、もっと醜悪ではあったのだが。


 知恵もなく、何も知らなかった俺は、『縛の主』――つまりは、許可証協会のトップとしての夢筒縛の命令に逆らうことはできなかった。


 それに――



「……確か、水無月スズ、だったか……?」


 ――夢筒縛の娘。

 それであれば、自分にとっても、家族のようなもの。


 そう思ってしまっていたから。




 表世界でも珍しくなった公衆電話の電話ボックスでの秘匿電話を終わらせ出ると、今まで無音のようだった辺りの雑音が一斉に押し寄せ耳を打ちしかめっ面をしてしまう。

 近くでは大きな雑貨ビルの大画面モニターに今流行りのアイドルが映って熱唱している。


 俺にはまったく縁のないやつらではあるが、その歌だけは耳に妙に残る。残るからこそ、世間的に騒がれるのだろうと思うと、いい歌なのかもしれないと思ってしまった。


 なぜなら。この瞬間が、


 俺と仲間達を別つ瞬間だったから。

 俺のこの長い旅の始まりだったから。


 この歌を、俺は生涯忘れることはないかもしれないな。なんて。


 思った俺は、とにかく馬鹿だったんだろうな。







□■□■□■□■□■□■□■





 世界樹の最奥。

 そこは夢筒縛の本来の居室だ。

 研究施設であるこの部屋に入るのはそう多くはない。


 ここを教えてもらったのは、いつだっただろうか。

 ただっ広いだけの部屋だったと記憶しているのだが、今は所狭しと大小様々な実験器具が置かれた、ガラクタ置き場のようだった。


 そんな部屋の中で。


「何を……している?」


 俺は、呆然と立ち尽くす。


 それは、目の前で夢筒縛によって起こされた出来事に、理解が追いつかなかったからだろう。


「ん? いや、なんだ。こうしたら、この娘はどうなるか、どう反応するのかと思ってな。ちょっとした余興だ」






 砕かれた両腕。

 切り裂かれて離れて落ちる両足。

 弾けて中身を吐き出す腹部。


 目の前で、殺された男。



 ただただ絶望のまま。

 千切れたそれらをかき集め、毀れた液体さえも一つも逃さないように集めては、溢れる涙を止めることもせずに泣きながら男に押し込もうとする女性。


「だから……なぜ、このようなことをしているのか、と」


 震える声で。

 幾度か振り下ろされたその腕で。その暴挙を起こした、俺がよく知る男――夢筒縛に、問いかける。


 何を? なぜ?

 俺はただ、水無月スズに会いたいといった夢筒縛と、二人を会わせるために。

 二人きりにするのもおかしいだろうという俺と冬の意見の一致で、共に会うことになっただけで。


 なのに、会ってすぐに。

 一言二言交わして、冬とスズの表情が強張った瞬間に振るわれた『人喰いマンイーター』は、なぜに振るわれたのか。

 なぜ、振るわれて冬はばらばらになってしまったのか。



「だから言うたであろう。最愛を目の前で殺されたら、この『苗床』の娘はどう動くのか、と。余興。いや、暇潰し、か? 所詮はこの先に、そのようなものはいらぬ。なぜならこの娘は――」



 夢筒縛が、腕を振り上げた。


「――この、我の前から逃亡した傑作品は――」


 

 『人喰い』がスズに降り注がれる。

 思わず、スズの前に身を晒した。


「――我に取り込まれて、兵士を生み出す存在と化すのだから」


 くるくると。

 狂狂と。


 どしゃりと。

 重低音と共に地面に落ちるは、


 俺の、


 腕だ。


「ぐぅあぁああっ!?」


 触れれば食われる。

 『縛の主』の代名詞。彼の右手は全てを噛み切り捻じ切り消し去る。


 それが、『人喰い』だ。 


「……ふむ? なぜにお前が前に出る」


 予想外の出来事だったのか、夢筒縛の牛乳瓶の奥の瞳が揺れ動いているような気がした。


 俺のことをそうまでして思ってくれているのなら。

 なぜこのようなことをしたのか。

 教えてくれ。

 なぜ、俺の友人を――俺を騙してまで彼等を手にかけたのか。


 薄れ行く意識の中で、ゆっくりと近づいてきて水無月スズの前に立った夢筒縛に、心の底から願った。


 眠い。


 なぜだ。

 腕がなくなっただけで。

 どうして俺は、話は出来なくなるほどに眠いのだろうか。


「まあ、そのうち――」


 水無月スズの、憎悪に満ちた瞳を向けられた夢筒縛は、その憎悪を鼻で笑っては彼女の額に自身の左手を乗せた。


「――お前も」



 左手に、吸い込まれていく。



 その表現が正しい。



 大きな、人一人が消えるまで絶え間ない破砕音をその左手から出し、固形物が混ざってどす黒くなった血を左手から零しながら言葉を続ける夢筒縛。



「――頃合になったら食べるのだがな。お前の存在意義はそこだけだ」



 ――食べる。


 まさに左手は、食べるのだろう。


 右手は削る。

 左手は食す。



 両手が『人喰い』。

 二つが揃って『人喰い』。



 そんな、夢筒縛の能力を分析しながら目を閉じる。


 閉じた暗闇の中。

 意識はその中へ沈んで行き、それ以上の考えは浮かんではこなかった。

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