第185話:繰り返す先へ 2



 あの時。

 そのまま夢筒縛のS級殺人許可証をもらっていたらどうなっていただろうか等と、今、本気で思っている。


 許可証を公然と奪い、そしてそれを彼の手に渡らないようにしておけば。

 少しはこの結果も変わっていたのだろうかなんて思う。

 今更思ってもどうしようもないことだがな。


 でも。


 彼の、今となっては見せてくれない天然っぷりを発揮したあの時、あの瞬間こそ、彼を止めることのできる唯一の瞬間だったのではないかとさえ。

 むしろ、普段あのような天然を出さないからこそ、あれは自分を止めてほしいというわざとなサインだったのではないかとさえ。


 今、こうやって考えているとき、そう思えてしまうのは。

 全てが終わった後だから。だからだろうか。


 あの許可証がなければ。

 許可証があったからこそ彼は裏世界の重鎮でありえたのだし、情報媒体である枢機卿にもアクセスできなくなるのだから、この結末はきっと変わっていたのだろう。

 彼は全てを失っていただろうし、水無月スズ――俺と同じ成功体である『苗床』の生存に辿り着けなかっただろうから、計画も頓挫したのではないだろうか。


 ……いや、あの夢筒縛だ。

 あれがそんなことで計画をやめることはない。

 それに、『苗床』についてはすでに知っていた可能性も高い。

 だから俺を尖兵としていた節がある。


 きっと、許可証がなくても。

 他の手段で成し遂げていただろうし、何かしらの手段でこの結末へと辿り着くのだろう。


 それが『縛の主』。

 どれだけ繰り返してもそこへと至る。



 やがて世界を支配する運命付けられた、『王』なのだから。





□■□■□■□■□■□■□■





 夢筒縛から、改めてぽいっと捨てるように渡された殺人許可証を使って仕事をする毎日。



 気づけば、夢筒縛はこの家に来ることが少なくなっていた。

 

 仕事が忙しいのかとか、俺が殺人許可証を取得して裏世界で活躍し始め、傍にいる必要がなくなったのかとか、その時は思っていたものだが、今にして思えば、あれはただ単に俺に興味がなくなってきたからなんだろう。


 もし本当の理由が。

 である俺に、情が移ってしまって捨て去るために会うことをやめた、なんてことであったらどれほど嬉しかっただろうか。


 そんなわけ。

 ないんだけどな。





 そんなまったく来なくなった夢筒縛が。

 ある日、ひょっこりと現れて、この家に置き土産をしていった。


「これは、なんだ?」


 そこに置かれているのは、どう見ても、人だ。

 リビングに正座させられてしょげているが、どうみても人だ。


「奴隷を買った」

「そうか」


 沈黙。

 どちらもそこまで会話するほうではない。

 だから話をぶった切るようなことを言えば、その後は話が進まなくなるのは当たり前だ。


「いやいや、もうちょっとあたいにも人権というものをですね」


 このどうしようもなく話が続きそうにもない空気を気にしない奴隷。にこやかに話しかけてくることでこの場の話がまた進みそうでほっとする。


「奴隷ではないのか?」


 この裏世界では奴隷がいることは知っている。

 殺人許可証所持者として受ける仕事の中でも、何度か奴隷と遭遇し、殺したこともあれば、助けたこともある。まあ、助けても結局は奴隷に戻るわけだから助けたといえるのかは分からんが。

 裏世界で様々な用途で使われるその奴隷は、表世界から『運び屋プレゼンター』が誘拐してくるそうだが、この奴隷はどうやら違うようだ。


 夢筒縛が全然事情を話してくれないので話を聞くと、夢筒縛にとある鍛冶師が武器を作るといって約束し、多額の金額をもらっていたまま製作せずに亡くなってしまい、夢筒縛限定で多額の借金を抱えてしまったことから、娘のこの女性は夢筒縛の奴隷となったそうだ。

 だが、夢筒縛は奴隷はいらないという。

 困ったこの若い少女が提案したのは一つ。


「ってわけで。旦那の知り合いを紹介してもらってその人の奴隷になりますっていう話になったわけでして」


 正座から解放し、握手をしながら説明を受け、結局は奴隷じゃないかと思った。

 違うのは、表世界から拉致られてきたわけではなく、裏世界の人間だった、ってところだろうか。


「よろしくー旦那様っ。あたいは頑張りますぜーっ。ふへへっ」

「まあ、何か知らんが。借金返せるくらいには頑張れ」


 どうにもこの女には色気が感じられない。

 奴隷と言うからには何されても文句は言われないはずだが、なぜにこうも馴れ馴れしいのだろうか。


 ……ああ。ここか。

 ここが夢筒縛が俺にこいつを渡してきた要因の一つか。


 なんて直感的に思ってしまったことを、今は面白いなと思う。

 こう言わないと、自分の境遇に耐えられなかったのだろう。だから無理に明るく振舞っていたのだろう。自分の待遇が悪くならないように必死だったのだろう。



 そんなこと。

 思わなくても、いいのにな。



「旦那様のお名前はなんですかねー?」

「千古樹だ」

「いつき……なるほど。いっくんだね。あたいは万代チヨ!」

「お前……」

「あ、いっくん。あたいは性奴隷はご遠慮しておりますのであしからず!」

「……俺にも異性の好みがある。出るとこ出してから言え」

「ひどっ! 一応あたい異性ですけどっ――お? おやおや? いっくん、そんな仏頂面で、さも女性に興味ないみたいな雰囲気だしてるけども。女性には興味あるのかな、かな? むっつりさんなのかな、かな?」


 なぜだろう。

 頭痛がしてきた。

 これが俺の奴隷? これから俺が抱えることになった奴隷?

 殺してもいいのか?

 ああ、だから殺人許可証を持っているのか。

 こういう時に使えという意味で夢筒縛は渡したんだろう。きっとそうに違いない。



 それと。

 勢いよく来られたので言い忘れたが、一応の主人である俺をいっくん呼ばわりはないんじゃないか?



 だけども。

 なぜだろう。悪い気がしない。

 俺にしてみても初めての奴隷だ。だから、特別に言わないでおこう。



 とはいえ、借金返済のためのチヨの工房焔柱工房を作って――この時点で更に借金が増えているのだが――切り盛りしてたら、情が湧いて手を出しちゃったわけではあるがな。




 夢筒縛がいなくなって、代わりにチヨが来て。

 チヨと過ごす毎日は、とても穏やかで。


 悪くない。


 なんて思う自分もいて。

 人並みに幸せを感じられて、こんな俺でも、人に幸せを与えることもできるものなんだなと思った。




 これが俺と、俺が護るべき女性、万代チヨの出会い。



 結局は。

 俺が、殺してしまったがな。

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