第161話:想いをのせて 1
夢を見ていた。
その夢は今は懐かしく。それほど時間は経っていないはずなのに、遥か遠い昔のようで。
凝縮されて濃厚さの増したジュースのような時間だったなと思えばこそ。
浸り続けたいと願いながら、第三者的に映るその夢を見続ける。
その夢は、殺人許可証所持者になるために、試験に臨んだ時の話だ。
世界樹から彼のおかげで外に出た僕等兄弟は、彼が夢見た世界を堪能した。
そこが裏世界という、自由な世界だったこともあったのだろうとは思う。
二人揃って、とにかくやれることはやったつもりだ。
彼をあの場所から助けるため。
彼をあの場所から連れ出すため。
彼とこの自由な世界で楽しむため。
いつか、彼にこの世界を案内できるように。
ある時から別の道を模索して行方を晦ました弓兄さんを探しながらも、僕は彼とまた出会うために裏世界を回った。
そんな中知った、殺人許可証の存在。
いや、正しくは、前々から知ってたはいたけど興味がなかった、が正しいかもしれない。
だって、偽善者みたいじゃないか。
誰に頼まれるわけでもなく勝手に表世界を守って。
自由気ままな裏世界を、自分達が支配してるみたいに振る舞って。
なんでそんな一握りの奴等に命を握られなきゃいけないのかな、なんてね。
……ああ、そうか。
そして、僕達が生まれたあの世界樹の管理者であり、僕達を閉じ込めていた元凶が『縛の主』、つまりは、殺人許可証所持者としても、世界を滅ぼそうと世界に喧嘩を売って負けて行方を晦ました馬鹿なやつだと知ったのもその頃だったと思う。
世界樹にいるのだろうとか確信しながら、アレを倒すためにも、彼を救い出すにも、殺人許可証所持者となるのはかなりの近道だと思った。
だから、僕は身分を隠して殺人許可証試験に望んだんだ。
百名程度の候補者が薄暗いラウンジに集まり、その場でひっそりと周りの候補生を警戒しながら待ち続けているとき。
最後の一人だと思われる少年が、表世界からのエレベータから現れた。
その場にいた候補生達の誰もが視線をエレベータへと向ける。
新たなライバルなのだから、品定めするのは当たり前だ。だから、僕もそれに倣って心からつまらないと思いながら視線を向けた。
そこから現れた中国風の服装に身を包む、つばの長い帽子で表情を隠している少年を一目みて、「あれはすぐに脱落する」と判断したのか、周りはすぐに視線を元に戻してこれからの試験に想いを馳せる。
だけど僕は違った。
今にして思えば、あの時、もし彼だったとしたら、とにかく見られているっていう視線で嫌だったかもしれない。
それほどまでに、現れた彼に、僕は目が釘付けになった。
「……見つけた」
僕はこの一生の中で、あの時以上に喜びに打ち震えたことはなかったと思う。
何年も何年も、あの世界樹から助け出したいと思い、世界樹へと向かうための切符を手に入れようとした矢先のことだったこともある。
そこに現れたのが、僕が世界樹から助け出したかった『彼』だったから。
『冬』君。
やっと君と会うことができた。
そう思うと、もう君から目を離せなくなった。
……拍子抜けだったのも確かなんだけどね。
あれだけ助け出そうと頑張ってたのに、実はすでに外にいましたなんて、僕達の力なんて必要ないって言ってるようで。
滑稽だなって思ったのも確かさ。
でも、彼がすでにあの場所で廃棄物扱いとして死んでいた可能性もあったのだから、また生きて会えたことには感謝しなきゃね。
そんな色んな想いが溢れたからかもしれない。
「……やっぱり、あの殺気は、彼等のものではなかったようですね」
冬君が、そんなことを言いながら第一試験の開始からずっと見ていた僕に警戒しながら人殺しをしていく様を見ていたのは。
あまりにも久しぶりすぎて、見るだけ。
あまりの嬉しさに、近寄れない。
でも、話したい。
またあの時のように仲良くなりたい。
だから今このチャンスを逃したくない。
でも、どうやって話しかける?
「久しぶりだねっ」なんて笑顔で話しかけて、もし相手が僕のことを忘れていたら?
もし、僕の知っている冬君ではなかったら?――いや、それは間違いなく、彼が僕の知る、世界樹で僕の友達であった『冬』君なのは間違いないのだけれど。
不安は募る。
見れば見る程に。
なぜなら彼は。
世界樹にいた時のような『強さと呼べる全て』を持ち合わせていなかったからだ。
『B室』の実験体だったと聞いたから、間違いなく食肉扱いの『A室』なんかとは比べ物にならない力を秘めているはずなのに。
僕のほうが、どう見ても強い。
彼を助ける為に力をつけすぎたのだろうか。いやそんなわけがない。
世界樹に至るならこれくらいの力があって当然。
だから努力して力を得て。
彼のために、殺し屋だったらいつか敵対しうるかもしれないからこそ、『権能』としての殺人許可証所持者の道を選んだのだから。
……殺し屋。
そうか、殺し屋だ。
「……彼等、殺し屋だよ」
「!」
背後から声をかけたらびくっと震えて距離を取る君が面白くて。
おまけに鋼線なんかで僕を囲んで殺そうとする君。
「警戒しないで欲しいなぁ」
本当に。
警戒されると悲しくなるから。
「……組む?」
「そう。……僕と、コンビを組まないかい?」
話していて、君は僕のことを覚えてくれていないことはすぐに分かった。
そりゃそうだ。
所詮は『A室』の食肉だ。
君の傍にはいろんな人がいた。
あの殺伐とした世界樹の中で、君だけが皆の癒やしだった。
だから皆が君の元に集まり、寂しさから掬って、温かい感情を教えてくれて、平等に救ってくれた君に。
僕達は、君を護りたい。君を救いたい。
そう、思うのだから。
だから君が忘れていてもいい。
君が覚えていなくても。
一次試験が終わって、仮許可証を見ながら隣で夜食を美味しそうに頬張る君に誓う。
「……あっ、ちょっと待ってください」
「ん、なにかな?」
「……名前、教えてもらえませんか?」
「名前……?」
「僕は、
「……悠瑠璃。……また会えるといいね」
だから、また一から仲良く。
忘れられていることは残念だけど。
それでも、僕とまた違う出会い方をしても、友達となってくれる君に。
今度は殺人許可証所持者として。友達として、同僚として、会えることを信じて。
僕は、君を。
君の『影』として、傍でこれからも守り続けてみせるから。
だから。
「……冬の、お友達?」
「お友達というか……」
「殺人許可証所持者で、同期で仲間だよ。可愛いお嬢さん」
母なる『鈴』と仲良く過ごす君がいることが嬉しくて。
「あ。冬君も目的があったんだね」
君は、これから何を為していくんだい?
「なあ、冬。あんさん、なんのために許可証とったんや?」
「聞いてみたいね。協力できることなら協力するよ」
「冬、手伝ってもらったら?」
『……』
「それはですね――」
何をしたいのか。どうしたいのか。
君が何をしようとも。
僕は君の味方だよ。
だって。
君の、友達だから。
君を助けるために生きてきたんだから。
だって僕は。
影から、こっそりと君を守るって、決めたんだから。
僕は、君の、『影法師』だから。
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