第160話:『影法師』 8
<『影渡り』を使えば……?
ああ、なるほど。つまりは――>
影から影へと行き来する能力。
この力と、自身の速さを、あわせればいいのではないだろうか。
闇の仲間達はそうガンマへと伝えてくる。
それはあくまで彼の幻聴にも等しいのかもしれないが、的確なアドバイスで彼に『影法師』の使い方を教えてくれる。
彼等がこの闇の中で遊びたいからか、楽しみたいからか。それとも、術者であるガンマを守りたいからなのか。
ガンマも、彼等と会話をしながら意思を固めていく。その会話は、必然と彼の意識を覚醒させ続け、彼をこの闇の中から救い出してもいた。
<……消し去ってみせるよ。その炎>
そして、また一歩。
ガンマは動く。
影から影へと移動し、溶け込んでいた体を闇から掬い上げて『閃』となる。
「? なんだぁ?……風かぁ?」
『主』の傍を掠めるように『閃』となり、そしてまた抜けた先で闇と同化する。
同化しながら、体にかかった速さをそのままに。
また別の闇の中から現れては溶け込み。
まるでその闇を発射台かのように扱い、次第にその『閃』の速さはあがっていく。
早く。速く。疾く。
もっと、もっと……自分が出来るだけの最善の一手の速さで。
それは闇も相まって。
誰にも見えないくらいの速さへと――
「……な……ん? 息ぐるし――」
次第に『閃』は、闇の中を蠢く『黒』となった。
闇から闇へ。
影から影へ。
黒から黒へ。
自由に黒から黒へと行き来して。
神出鬼没の黒となる。
「……はっ……ひ――っ」
その黒が動き続けた『光』の周りに、闇の中で見えない風の奔流が現れた。
あらゆる場所から行き来して周りを囲むように動き続けた『閃』によって、そこは空気が押し出され続け、奔流の内部に真空を作り出したのだ。
炎は、酸素がなければ燃え続けることは出来ない。
人も、酸素がなければ活動することはできない。
「は……はっ……」
次第に弱弱しく、自らが纏う炎の動きを緩慢化させていく『主』。
<炎を消すには、風。風だけど生半可な風じゃ無理。であれば、その風を使って動けなくしたらいい。……息を、出来なくすればいい>
ガンマは常に『閃』となって動き続ける。
その『閃』は闇の中で炎に照らされ『線』へと戻る。
ただの『線』ではない。『閃』を伴う炎に照らされて、光り輝く『線』だ。
「おめぇ……まさか……」
自分に起きている異常。
くらりと、目の前が虚ろに闇の中で視界を更に薄暗くさせる状況。
ふらりと、体が不自然に揺れて立ち続けるのも苦しいと思える状況。
息も絶え絶えに、『主』も周りを囲み輝く『線』に、自身に起きた異常に気づき、どこにいるか分からない相手を、睨んだ。
慢心。
自身が最強。
自身を倒せる者はどこにもいない。
誰にも揺るがせることの出来ない力の根源。
それが自分――『焔の主』であったはずだと。
「……極めた先に、まだまだ脅威がいるたぁ……サボってた罰かね」
『焔の主』は思う。
「思い出せ」と。
自身のこの姿になるために切り捨てた全てを、と。
「思えば……なかなか波乱な人生だったなぁ」
すでに自分は初老である。
幾らでも振り返れば語れる自分の世界があった。
まず思い出すのは、『流の主』――まだ若々しい
あれは飽きない良い女だった。今でもそう思うのだから、やはり相性もよかったのだろうと思い出す。
次に思い出したのは、産ませた子のことだ。
子等の生まれながらに持っていた力が、互いに似た特性だったからことから、互いの力を高めるためその力を略奪し、自身の力とする実験を『月読』で研究した日々。
生き続ける限り力を譲渡し続ける研究過程で、『空』となった次男を殺害し、長男を自身の力の為に死なない程度にこんがり焼いて表世界に残し、長女は静流に似ていたから売り捌いた。
あの時辺りから、情の湧いた静流に反対されて敵対されるようになったが、アレも力を奪い続けているのだから同罪だとも今更ながらに思う。
そんな、『流の主』と、殺し合うことで、子や親愛から奪い続けて力を高めて互いに極みへと至り続けてきたその年月を無駄にされかねないこの状況。
子がダメになったからこそ、さらなる力を得ようと考えては、『焔帝』に相対して力を奪い損ね。その力を受け継いだ娘から力を奪い続け。
いつ殺されるか分からない裏世界だからこそ、手元に置いておきたいと思い、手を出しているのに、そこに現れるはいけ好かない殺人許可証所持者。
そもそも、あいつは何なのだ。
『縛の主』夢筒縛の親類だとは聞いているが、あれには『主』ほどの力は感じられない。だが、得体のしれない不気味さと、俺と知りすぎている、知られすぎている感覚を覚えるあの男――確か、『
「……い~や、今はアレよりコレだ」
そんな想いを思い出してしまうほどの自分の危機に。
今、この瞬間にも。
いとも簡単に散らされそうになっていることに。
「……はっ。やっぱ、戦いはやめらんねぇわ」
いくつになっても、滾るこの感情に。
まだまだ先を見ることができると、『焔の主』は確信した。
<なにをしても。もう、遅いけどね>
ガンマから見る『主』の炎は、真空状態でマッチ棒の火のように弱く。
だからこそ、後はトドメに、と。
ガンマは、最大級の速さをもって駆け抜け続けた。
応えるように、『線』も、更に加速し輝きを増していく。
ガンマの体もまた黒く。
次第に体は、闇を纏いながらも輝く『線』へと変わっていく。
清らかに、浄化するかのように明るくなった闇。
闇の中の光がより強くなればなるほどに、影もまた濃く、強く、ガンマに答えて力を溢れ出させていく。
「――はっ」
だが、その行動が。
「使い慣れてねぇ型式なんか使うから。自爆すんだよ、てめぇ」
ガンマと闇を。窮地に陥らせた。
「もっとも〜? モノホンに自爆すんのは、俺のほうだがなぁ?」
カッと。
辺りの闇を。
ガンマが作り出した『線』を。
それ等を消し去るほどの熱量が、『焔の主』の体全体から溢れ出した。
膨れ上がるように体全体を膨らませた『主』が発した『焔』の奔流。
燃やすことのできる酸素がない。
ないなら何を燃やせばいい?
自身の、揺るがない想いから生じる、
『生きるための強さ』
『生き残るための強さ』
『犠牲に成り立つ強さ』
『最強と呼ばれた強さ』
それ等の、滾る感情を燃やせばいい。
そう、決した『焔の主』が。
今、自身が『焔』だからこそ出来る曲芸――いや、『極芸』を放った。
『焔の主』が不敵な笑みを見せる。
「爆ぜろ。俺」
――そして、『主』が、盛大に、爆ぜる。
<じ、じば――くっ!?>
その爆発に、闇を散らされ、影のほとんどを駆逐され。
闇と同化していたガンマもかき消されていく。
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