第151話:そして先へ 4
許可証協会のエントランス。
広く大きな体育館程の大きさのその館内は、先ほどまで戦いがあったことが嘘だったかのように静けさを取り戻していた。
戦いがあったことを知れるのは一部が執拗なまでに破砕されていることだけがそこで何かあったと感じ取れる傷痕ではあるが、それは姫がギアに撃ち続けた『鎖姫』の痕であった。
耳に残る程に撃ち続けられていた弾幕が今は止んでいるため、より一層静寂が訪れているように思えたのかもしれない。
『さて。これで先に進めるようになったわけですが。ピュアをどうしますか?』
枢機卿が、話の流れを元に戻した。
「ああ……。まあ、確かに、急ぐ身ではあるので、ピュアなら後で追いつけそうですし、休みがてら枢機卿の本体を手に入れてもらうことも可能でしょう」
「味方がやっと! 姫ちゃんありがとう!」
「ですが。休めない、のなら話は別です。ちゃんと休んでからにしなさい」
「……はい」
姫と枢機卿が念のためピュアの体に異常が発生していないかを確認する。
「……大丈夫そうですね。私の御主人様に感謝しなさい、ピュア」
『……何をしたのかはよく分かりませんが、人を完治させたあの能力が、あの人の本来の力なのでしょうか。ロリコンでシスコンだけではないのですね』
「条件次第では人を生き返らせることさえできますから。ロリコンでシスコンでメイド好きなだけじゃないのですよ、御主人様は」
「いやあのね……そのロリコンでシスコンでメイド好きで男好きな旦那さんには感謝はするけど、人生き返らせるとか、人じゃないでしょ」
「いえいえ、御主人様は間違いなく人類ですよ。ロリコンでシスコンでメイド好きで男好きで露出狂ですが。
ぽそりと聞こえない程度に正体をもらしつつピュアの状態を確認していた姫は、右目以外は問題ないと診断した。辛そうにしているのは本当に流した血が多すぎたためであるのでしばらくしたらまた動けるようになると判断する。
「ここには敵がいませんから休みつつ、ついでに枢機卿本体を元に戻してもらうということでよろしいですね?」
『……今の状況では仕方がありませんね……』
ピュアは、ギアに負けはしたが、殺人許可証所持者内ではトップの実力者だ。
ある程度回復すればまたその力を十全に発揮すると考え、姫はここをピュアに任せることを提案し、枢機卿も渋々承諾する。
「でも……まだ動けないなら一緒に」
シグマだけは、まだ姉が心配で仕方がなかった。やっと出会え、そしてまた失くしてしまいそうになったことが余計に拍車をかけていた。
「あんたねぇ……」
ピュアは「こんなにも弱気な弟だっただろうか」と、心配で仕方がなく、おろおろとピュアを見るシグマに呆れてしまった。
ただ、自分も。遠くから見守っていたとはいえ、やっと直に出会えた弟が目の前で瀕死になれば同じように心配してしまうかもしれないし、何を犠牲にしても生き残らせようとしてしまうかもしれないと、自分が行った右目の移植を思い出して、「姉弟だなぁ」と思わず笑ってしまう。
そんな姉の笑顔に、弟は混乱しているようで。
こほんっと、場を仕切りなおす為に咳払いをしてシグマの背中をばちんっと叩いた。
「休んでからす~ちゃんの本体を何とかしてから私は行くから。とっととスズちゃん助けにいってきなさいっ!」
今は実の姉より、自分の恋人を王子様として救い出してくるのが先決でしょうに。と、シグマが自分を心配してくれていることに嬉しさを覚えながら、先へ進ませる後押しをする。
「は、はいっ! いってきます!」
「では、行きますよ」
「え? はい!?」
姉に急かされ、シグマは許可証協会の奥にある、世界樹前に拡がる世界――樹海へと、ひょいっと半ば無理やり姫にお姫様抱っこされて進むことになる。
なぜ、僕は、裏世界では常に担がれてしまうのでしょうか。
冬は「姫にお姫様抱っこ」と脳裏に浮かんで、どこの親父ギャグかとため息をつきながら、残る姉の身を案じつつ、その乗り心地のいい
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「さってと」
二人と一体が先に進んで姿が見えなくなったことを確認した後。
ピュアはゆっくりと許可証協会の本部の入り口である受付カウンターへと目を向けた。
いつもなら綺麗な女性やイケメン男性が受付として数名並んでおり、B級殺人許可証所持者『ラムダ』として昇格という名の断罪と剥奪の場面の時さえまだ受付嬢はいたが、今は誰もそこにはいない。
受付嬢の代わりに、そこには先ほどまで暴威を揮っていた機械兵器が鎮座していた。
起動し、それが揮った猛威にピュア自身ぼろぼろになったが、今もこうして生きていると考えると、偶然が重なっていい方向に動いたとも思える。
いい方向に進めた。だからこそ、今やるべきことを。
ピュアは枢機卿の本体以外にもやるべきことがあることを、仲間達には黙っていた。
黙っていなければ、きっと。
弟や彼女達は、先に進もうとしなかったはずだからだ。
「す~ちゃん。まだ生きてる?」
『……生きているとは失礼な。私は貴方が死にかけている間、ピュアの私を取込み、必死にシグマの枢機卿とリンクして情報を得ていましたよ』
ぶうんっと音をたて、ピュアの傍らに三つの半透明で緑色の液晶画面が浮き上がってきた。
枢機卿として、自由に行動できているシグマのすう姉から情報を吸い上げ、先ほどピュアの枢機卿も統合することで現在の状況に追いつくことが出来たS級殺人許可証所持者『スノー』の簡易枢機卿である。
「それなら結構。……状況がある程度わかった?」
『……何といえばいいのか。絶望的ですね、人類は』
「うん……」
枢機卿の「でも、確かにこれが一番効率的ですね」と呆れたような言葉に、ほんの少しだけ自分が間違っているのか不安になる心が救われた気がした。
『貴方がどうして、ここにいる同僚を一網打尽にしたのか。聞いて理解はしていましたが、納得していませんでした』
「うん」
『でも、情報を得た今なら分かります。確かに、許可証協会はすでにないようなものですね。……裏世界を。表世界を裏世界から護るとか、そんなことさえできず。裏世界そのものさえも護ることができない。人を殺すことのできる許可証としかなりえない許可証……。まあ、それがこの許可証の名前の意味ではあるのですが』
すでに、許可証協会は、乗っ取られていた。
情報を司る許可証協会の重役、『疾の主』を殺して成り代わっていた刃月音無が許可証協会を牛耳っていたのだから、許可証協会はあるときから殺し屋組合の特定の殺し屋組織に良いように使われていたとも言える。
そして――
自分の仲間達が向かっている世界樹。
許可証協会の先。樹海の更に先にあるそこには、今回の首謀者『縛の主』
それに対抗するために、今は枢機卿の本体をこちらに引き戻し、裏世界全体へ――ラムダのときのように、世界樹を敵と知らしめて全体の協力を仰ぎ、裏世界全体と、対世界樹の構図を作り出して『縛の主』に対抗する。
それが、ピュアが今行うべきことであった。
「ここに、まだ敵がいるなんて言ったら。ぜ〜ったい、先に進まなかっただろうな〜って」
『でしょうね。……愛されていますね、貴方は』
――そして。
その枢機卿本体をこちらに引き戻すためには。
「出て来なさいよ。ずーっと隠れて様子見してたんでしょ」
ここに残った、一人を撃退しない限り、難しい。
「あー、やっぱりバレてたか」
そこに現れたのは。
霞のように、その場にふわりと姿を現した、男だ。
「正直に言うと、永遠名を追いかけたかったんだけどさ」
「意外と、ギアが凄すぎて動けなかったんでしょ。ギアはここにいた人類全員に警戒していたみたいだからねー」
「そうなんだよねぇ。あれがあんなに凄いとか、想像以上でさ。メイドの話をちゃんと聞いておけばよかったよ」
「嘘つき。全然聞く気もないし、興味もなかったでしょ」
「まあ、俺ほどなれば、やり過ごすことくらいは出来ただろうからね。頑張る永遠名が愛しすぎて、興奮しすぎて動こうにも処理に夢中だったが正解さ」
なんであの子は。
こういう変質者含めて愛されるのだろうか。
そんなことを、先程まで色んな相手に心配されていた自分を棚に上げつつ、目の前に現れた敵を見つめる。
そこに、現れた男は。
『
『
殺し屋組合所属。
殺し屋組織『
End Route:『冬』と『姉達』と
完
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