第150話:そして先へ 3


 ギアは、脅威となりえる目の前の増援に警戒していた。


 人類は、一歩間違えるだけで肉の塊に早変わりされるだけの力を持つギアの動きに、ギアと同じく警戒しながら距離を置いて相対する。


 互いに警戒しながらも、人類側は複数人いるためか、会話をしながら警戒出来る優位さを持ち、その会話は、増援側である凪達と、助けられたシグマ達に分かれての別々の会話であった。


「んで? これ、いつ倒すんだ、親友」

「倒すといっても、絶機クラスとの本格的な戦いは経験ないからどれだけ時間かかることやら」

「攻撃手段は、腕を振るだけで発せられる衝撃波ですね。恐らくは動くだけで衝撃、または風切りが行えるといったことが可能なのかと推察します。衝撃波による移動、衝撃波による攻撃。常にある一定の衝撃の波を体表面に纏わせているので防御も完璧。……衝撃で攻守をバランスよく行えるので、それ以外のことに他を使えますからなかなか知恵も回り硬いです。私の『鎖姫』でも有効打は与えられませんでしたので」

「なにそれ、かなり面倒なんだけど」


 面倒。

 そう言うと、神夜は折れ曲がったサンタ帽子の天辺の、重みの元凶であるふさふさとした丸いぽんぽんを弄る。


「いや、面倒っていうか。ギアって元々かなり強いからな? それのハイエンドなんだからそれくらいできて当たり前だろ」

「ほ~……もしかしてこの場所で戦ったらこの辺り吹き飛ぶ系?」


 「衝撃波だけに」と言いながらけらけら笑う神夜からは、どう考えてもギアに対する恐怖はなさそうであった。


 それもそのはず。

 ギアに叩きのめされ致命傷を負ったピュア達とは違い、神夜はギアの強さを見ていない。だからこその余裕であった。

 その神夜の余裕とは違い、ピュア達、致命傷を負った彼女達の会話は、そのギアからどう逃げて先へ進むかについてであった。


「姉さんが動けないならここに残っても邪魔ですし、それに枢機卿本体を奪取するにしても動けないなら意味ないですよ」

「そこはほら、休めばなんとか」

「ならないでしょう。さっき自分で言ってましたよね? 内臓ぐちゃぐちゃで生きているほうがおかしいって」

「んなこと言ったかな!?」

『同感ですね。私の本体を奪取することには賛成ですが、一人ではダメですね』

「す〜ちゃんまでかたい!」

『堅くて結構。ほぼ死人だった人を置いて先に進む気概は持ち合わせておりませんので』

「……も〜! 世界のピンチと私を天秤かけて私に傾けないでーっ」



 どれだけ自分は好かれているのかと。

 思わずピュアは頭を抱えてしまう。


「……ふむ。おーい、親友。困ってるみたいだぞ」


 そんな二人と一体を、神夜はギアを警戒することなく笑いながら指差して凪に伝えていた。


「困ってるのはこっちもだけどな。神夜なんてカッコつけて一人時間差で降りてきたのになーんも言われてないしな」

「ここは俺に任せて先に行けを素でやれるチャンスでしたのにね、御主人様」

「いや、俺は別に」

「ああ、俗物。舞い降りるのは私が先に華麗にやってのけましたので。二番煎じは人気ありませんよ」

「おめぇ先やってたんかいっ!」


 三人ピュア達が進退で口論している間、静かにギアを警戒するわけでもなく、余裕そうな三人凪達。油断しているようにも見えるが、それは油断ではなく、確固たる自信からくる余裕であることはピュア達には分からない。


「まあ、真面目な話。この辺りを吹き飛ばすくらいの戦いになるのはよろしくないな」

「ああ。治したとはいえまだ本調子じゃない怪我人がいる所で戦うのもどうかと思うし」

「ご配慮痛み入ります、御主人様。後、俗物」


 姫のお礼にぽりぽりと揃って頬を掻いて照れを隠す二人に姫がくすりと笑みを浮かべる。


「だから、姉さんを心配して――」

「――あ~、だったら俺らが場所変えるわ」


 姉の言いたいことが分かるからこそ、この場をどうしたらいいのか考えあぐねていたときに、考えを一致させた神夜が手を挙げてシグマ達に声をかけてきた。


「……は?」

「おーい親友、どの辺りがいけそう?」

「ん?……ああ、だったらもしもの為に義母さんの別邸に頼む。あそこなら仲間もいるしな」

「りょ~かい」


 軽いノリで言う神夜が手を挙げると、辺りに線が走った。

 それは、まさに。『線』である。

 その線は、何もない空間に突如現れ、鉛筆と定規でまっすぐ引いたような線だ。


「お前等ー、この枠内に入ったらあぶねーから気をつけてなー」


 枠。

 そう表現されたその線は、ピュア達から少し離れた神夜達とギアを囲う様に、線で図形を創りだした。

 それは正方形を形作り、ゆっくりと面に透明な壁を作り出す。


「姫、お前はあっちのほうで手伝ってあげな」

「……よろしいので?」

「ああ、あっち、大変そうだからな。……気をつけていけよ」

「……御主人様こそ。そこの俗物に掘られないでくださいね」

「「何の心配してるんだお前はっ」」


 姫が壁が出来きる前にその中から出てきてシグマ達の傍へと来ると、


「愛しておりますよ、御主人様」

「ぉぅょ。俺もだよ、姫」


 二人に向かって「いってらっしゃいませ」と深々と丁寧にお辞儀をした。

 凪がひらひらと手を振ってギアを真剣に見つめ出す姿をじっとしばし見つめると、姫はくるりときびすを返して説明を欲しているシグマを見る。


「……ひめ姉、あれは…・・・?」

「あれは、俗物の能力ですね。空間転移ですよ。あの枠の中の人だけを認識して、指定の場所へと飛ばします」

「はぁ? 何そのチート」

『ありえませんよ。空間ごとならまだ相転移として実現出来ないとは言え理論としては理解はできますが、その空間内に特定の何かだけを指定して飛ぶなんてことは……なんですかその無茶は』

「世が世なら、彼はチート主人公でしょうね」

「「『ああ……』」」


 どこから得た知識かは分からないが、姫のチート主人公という言葉に、なぜか納得してしまう三人。


「嘘ではなく、本当に……」


 先に余裕そうにしていたのは、ギアの能力や力を理解していなかったからではなかった。

 理解していたからこそ。

 その程度の話だと、神夜が思っていただけの話であった。


「あー、永遠名」

「はい」


 線の壁中が少しずつ明るくなっていくなか、凪はシグマに声をかけた。


「まあ、何か色々いきなり起きたみたいだけど、気をしっかり。自分を大事にな。何かあったら頼れ。いくらでも味方するから」


 無邪気でヤンチャそうな笑顔を向ける凪に、シグマも信頼を寄せて笑顔で返す。


「もっと早くに頼っておくべきでしたよ」

「だろう?……んじゃ、責任もってこいつはこっちで処理しておくよ。またなっ!」


 そんなやり取りを残し、壁の先が瞬いてしまうほどの光を放つと、ひゅんっと音を立ててそこに線は消えてなくなった。

 線だけでなく、そこにいたはずの神夜と凪、そして今まで暴威をふるっていたギアさえもその場から跡形もなく消えた。


 それ以外は元のままに。

 あまりにも簡単に、ふっと消えてしまった目の前には、静寂だけが残っている。


「本当に……転移、した?」

「ええ。相変わらず見事なものですね。あれだけが私が俗物を認めるところではあります」


 姫がほぅっと悲しげにため息をついた。

 褒めているようにも聞こえたが、恐らくはただの移動手段としか考えていないのであろうと思うと逆に貶しているようにも聞こえ、シグマは苦笑いを浮かべるしかなかった。

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