End Route02:『瑠璃』

第152話:燃え散る森を駆け抜けて


 裏世界。

 広大な未開拓地を持つその世界は、人が開拓し、今も人が生き続けるその一部の小さな土地を許可証ライセンス協会と言う人を殺しても咎められない証明書を発行する一つの会によって、護られた世界である。


 その、協会が発行した許可証をもった殺人許可証所持者に、裏世界を自由に生きる殺し屋組織から護られるは、表世界の住人だ。

 表世界に裏世界の脅威が及ばないよう、表世界への入り口が集結したその場所で、殺し屋達が表世界を蹂躙しないように日々その入り口を護るのが最たる役目。


 殺しさえ空気を吸うかのように行う殺し屋達。

 それを狩る殺人許可証所持者。


 対立するからこそ、そこに軋轢は生まれ、また自由とは名ばかりの圧力となっていく。


 だが、自由である裏世界において、日常的に行われる殺しを生業とする組織に比べ、抑制するはずの秩序である許可証所持者はあまりにも少なく。


 全ては防ぐことはできない。

 じわじわと隙間から黒いアレのようにすり抜け抜け出して外へと向かう一部を無視せざるをえない状況で、表世界における犠牲者も現れ、それを下位所持者が後追いで始末する図式も成り立ち。

 少ない上位所持者は裏世界で巨悪のみを封じ込める。


 いつか、その巨悪に共に立ち向かえるほどの力を持つ所持者が現れることを願い、防げる程の数を養えることを願い、巨悪と増減を繰り返す。



 そして、

 その巨悪は。



 そんな自由の中に秩序を求めた彼等を喰らい尽くすかのように、溢れた。

 そんな儚い希望をもった所持者を嘲笑いながら、所持者の成長よりも早く、増え続け溢れた。


 その溢れた場所が――









『ここが、樹海ですよ、冬』


 が、その樹海の中で蠢いている。


「この先に世界樹があるわけですが……冬、もう少し早く走っても大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫です、ひめ姉。     むしろおろしてください……

『……鎖姫。そろそろ私が代わりましょう』


 わきわきとうずうずと、両手をわさわさと動かしてむずむずとしているギブソンタックに緑髪を纏めたメイドが、肩ほどに鮮やかな黒髪を靡かせながら縦横無尽に走るメイドに何かを求めている。


「枢機卿。貴方も疲れているでしょう? このまま私が運びますよ。お気になさらず」

『いえ、貴方のほうこそ。生身ですから疲れはするでしょう。その点、私はギアですから疲れることもありません。戦力として重要な貴方に冬を持たせておくのも疲労の元になるでしょうから、代わりますよ』

「羽毛のように軽い弟で疲れるほど私は弱い存在でもありませんよ」

『ですが、この先にどれだけ待ち構えているかさえ不明なのですから』


 全く引こうとしない妹分のメイドに、姫ははっきり言わなければならないのかとため息をついた。


「枢機卿。貴方、華名家別邸からここまで、運んだでしょう?」

『う……』

「都内を突っ切るほどの距離を堪能したわけですよね? では姉である私にも堪能する時間も必要だと思いませんか?」

『ですが……』

「正直に言えばすっきりしますよ?」

『……羨ましいです』

「素直でよろしい」


 渡す気のない姫に、枢機卿は肩を落としとぼとぼと音が出そうなほどにがっかり感を露にしながらも、前へと突き進む。


 その渡す渡さない口論の元である弟は、今は姫の胸の中だ。


「……なにか? 冬」

「いえ……」

「貴方も言いたいことあるなら言ったほうがすっきりしますよ?」

「……恥ずかしいです」

「でしょうね」



 ……なぜ、自力で走らせてもらえないでしょうか。


 二人のメイドが、中国風の服装をした男であるシグマこと永遠名冬の意見を無視しつつ、どちらが運ぶかで揉めながら軍配は常に片方に上がり続けるという混沌カオスと化した光景を引き起こす三人が進む場所。



 許可証協会から更に先にある樹海。

 その樹海は――

 先程から通り過ぎるは、真新しく、いまだ燻り焼け焦げる木々の匂いを立ち込めさせた樹海を、冬達は進み続ける。


「松君、瑠璃君……みんな、無事で……」


 燃え広がり、そして鎮火したであろうその木々が受けたのは『型式』による攻撃の余波だ。

 抉り取られたかのように消失したところもあれば、燃えていまだ燻る木々もあり、つい先程戦いが終息したとも思えば、まだ戦いが、遠い場所で続いているように思えるほどに、生々しく傷痕が残る。

 巨大な大きな炎の塊がその場を蹂躙し、それを何者かが鎮めたとも思える、広範囲に引き起こされた型式の現象と、その炎の塊という想像に、冬に一人の男を思い出させた。


『焔の主』。


 実際会ってすぐに冬は主に助けられて撤退をしていた時だったから、主がどれだけの恐ろしいのかは分からない。


 ただ、この光景が、もし、主と呼ばれるあの燕尾服の初老の男が起こした光景だとしたら――


 辺り構わずといった戦いがこの場で行われ、そしてすでに事が終わった場所なのだろうと考えると、更にこの先――そこで、どれだけの戦いが行われているのかと冬の脳裏に最悪な結末を思い起こさせる。


 間もなく焦げ臭いそのエリアから抜け出せそうな距離を進んだところで、更に先からかすかに喧騒が聞こえだした。

 その音は、まだ仲間達が戦っているということを思わせる剣戟の音。鍔競り合うかのような激しい戦闘音だ。


「ひめ姉……っ」

「ええ、まだ大丈夫そうですね。行きますよ、枢機卿」

『やっぱり私に冬を任せたほうが』

「却下です」

『がっかりです……本当に……ほんっっっとうにっ、がっかりです……』


 そんな、目の前のまだ遠くで起こっているであろう戦いに向かう緊張感より、二人のメイドにとっては、冬をどちらが抱えるかで争うほうが重要なようで。

 もう、慣れて諦めもついたお姫抱っこをされたまま、冬は木々をすり抜け、風を切って、進む。




 冬達が、燃え散る木々の中でもまだましな被害状況であった、丸い球体でその場を抉ったように木々が傾く広場を抜ける頃。








      <冬君。頑張ってね>







 駆け抜けるその風に乗って。


 冬の耳に、瑠璃の声が聞こえた気がした。

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