第144話:その一手を担う
友人の妹――ギアさえ作り出すことのできる天才科学者である水原ナオから渡され、枢機卿の手により装着された『布』。
それはまるで天女の羽衣のように薄く、ふよふよと宙に浮くその四個の布は、攻撃と判断されたときに対象者を箱から飛び出し守る、自動迎撃システムであった。
本来であれば布のような細長い武器となりえないものでさえ武器にするという人類の発想は素晴らしい。
人類が創り出した何でもであれ、人類は殺傷しうることができると言うが、シグマが行っている事はその中でも最たるもので特異なものであろう。
例えばタオルなどを水に濡らして護身するといった技術は存在するが、まさに、布を意のままに操るかのように見えるそれは、羽衣のような見た目から、
まさに、命の危機に瀕したときに編み出された、急拵えの護身のための武器――布で相手を翻弄する技術であった。
ただし、元の技術が無手から派生し生まれた技術であれ、今シグマが使っているそれは、ギアの猛攻を自律して防ぐことからも、素材もシステムも特殊であり、一つの完成された能力や武術でもあると言える。
それが、シグマの意のままに動くのであれば、であるが。
実際は、自動迎撃システムとして、シグマを動かしている、が正しい。
激しい攻防が続く中、シグマは布の一つ一つを戦いの中で注意深く見ていく。
右の二個の布は、癒やしと防衛を。
左の二個の布は、迎撃と防衛を。
シグマの腰から、腰帯のように絡み、大きなリボンの房のように
シグマに襲いかかる、圧倒的な暴力を
二通りの仕組みを持つ、四つの房が、防衛すべき対象を守るために自立して動くその布。
だが、あくまで、自動迎撃であり、迎撃といえど、四個の布は暴力に手一杯でそれ以上踏み出せない。
この自動迎撃システムは優秀であったが、それ以上にギアの猛攻が激しかったのが原因である。
ただ触れるだけの一発。
それこそ、それだけで人を死に至らしめる事ができるスペックを持った、人を遥かに凌駕する機械兵器が相手なのだ。
後一手――相手へダメージを与える、攻撃の一手が、足りなかった。
ギアの暴力に布が捌く動きに釣られ、自分の意志とは関係なく左右に翻弄される。舞のように優雅ささえ感じられるその動きの中で、ゆらゆらとはためく羽衣を利用し、死角からシグマは打開のための『針』を投擲した。
『糸』では『布』の防御を阻害してしまう可能性があった。シグマの『糸』はそれ単体で戦うものではない。あくまで罠を張る等の、相手に気づかれず虚をつく線である。今は常に振るわれる暴虐に対して勝手に動かされている体を阻害すると致命傷を受けてしまう可能性もあり、自由が効きづらいからこそ罠を張るだけの余裕がない。だからこその『針』という、一つの点の攻撃だった。
右目を失い平衡感覚が著しく変わってしまった今のシグマでは確実に相手を捉える投擲を行うことはできず。
当たるように投げたはずの針は幾つかがあらぬ方向に飛んでは落ち。一部はギアの真っ黒なボディに当たるが、かつんっと、軽い接触の音をたてて刺さることもなく当たらなかった針と同じように地面に落ちた。
「やはり駄目ですかっ!」
その針が刺さるはずがないと確信していたのか、ギアは避けることもせずに常にフルスイングの暴力を向けてくる。
「……必要なのは、一手」
『糸』は罠を張るだけの余裕がなく。
『針』はダメージを与えられず。
『布』は躱すためだけに使われ続け。
布が勝手に躱し続けるため体も勝手に動かされるこの状況に、冷静に分析できるからこそ、この今の拮抗に焦りを感じることが出来た。
『何を言うのですか。貴方がこれから行うべきことは時間との勝負ですよ。貴方は力を温存すべきであり、疲れを知らない私が運ぶのは体力温存には効果的です。後、私が運んだほうが早いでしょう?』
「……すう姉が言っていた通りなら……」
このままであれば、負ける。
ギアは無尽蔵の体力を持つ。機械であるからこそ、疲れを知らない。
逆に、いくらシグマがギアの攻撃を自動迎撃システムで捌いているとはいえ、その迎撃自体は単調な攻撃に対しては有効であり、躱し続けることも出来そうではあるが、その恩恵にあずかる人の体力に限りがある。
だからこそ、焦る。
いつかは、負ける。
ギアと戦うと言うことは、そういう事なのだと痛感し、これ以上この場に同等のギアがいないことを祈るなんてフラグさえ立てしまいそうなまでに焦る。
ギアと人間が相対するならば、短時間戦闘に限る。それこそ、相手を御する程の力を持って。
長時間戦闘をするなら、交代しながら耐え抜くことが出来るだけの数を持って相対すべき相手だ。
今は、そのどちらも、シグマには足りないし、仲間も数がない。負傷者ばかりで、ダメージがないのは枢機卿くらいであり、その枢機卿は負傷者を救護しているからこそ動けない。
特に、シグマの実姉であるピュアは、致命傷とも言える負傷している。
だからこそ今。
逃走するか。
戦い抜くか。
短時間とも長時間とも言いづらい、丁度、二択をシグマが判断せざるを得ない、時間であった。
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