第135話:裏世界の成り立ち
三人の会話だけが響くその食堂。
すでにこの食堂の所有者である関係者は席をいつの間にか外しており、この場には、冬の関係者だけが残っていた。
冬は生い立ちを聞き、いかに自分も裏世界――強いては、世界樹、そしてスズと『縛の主』と関わりがあるのか、そして自身の父親が何者なのかを知った。
だが、いくつかの疑問は残る。
父親――
話を聞く限りでは、春が小さい頃にはいたと考えられる。
冬の知る限り、現年齢的にも、四十代、五十代といったところではないかとも思われるが、代替わりしていないということに引っかかりを覚えた。
しかも、冬の記憶にある、思い出したくもない彼のその姿は――
「若いんです。代替わりしないしていないというのは考えられないのでは。確実に義兄さんより若々しかったですよ」
それ以上に、若々しかったことを、覚えている。
彼を見なくなったのは十年にも満たない時間である。だが、その時間から想定してみても、やはり、若すぎるような気もする。
特に、それが春と枢機卿から聞いたその話と矛盾する。
代替わりをしていない。
代替わりというのは、いつからなのか。
その弐つ名は、いつから名乗られているのか。
それと共に。
冬は自分が若々しかったと自分の父親に対して言った事に、違和感を感じていた。
若い、という一点は覚えている。
だけども、そこから先――姿の輪郭は分かるのだが、しっかりとどのような顔だったか、どんな喋り方だったのか、思い出せなかったのだ。
自分がとにかく毛嫌いところではなく、殺そうとしていた人物である。
それこそ、どんな相手だったか覚えていなければならないのに、覚えていないことに違和感さえ今まで感じていなかったことは、違和感以外のなにものでもなかった。
「……」
では、自分は。
どうやって見つけ出そうとしていたのか、陥れようとしていたのか。
報復相手の何も思い出せないことに、何かしらの攻撃を受けて記憶を消されているかのようでもあり。
そのように珍しく父親について考える冬。
そんな冬と、その冬をぬいぐるみを抱くかのように背後から抱きしめ、冬に見えないようににやにやと頭を撫でる枢機卿を見る春。
「……」
春もまた、無言で考え事をしていた。
春は、冬から聞かれた質問、その質問の中にあった一言――自身より若いと言われたその一言に若干傷つきつつも。
それよりも……自分の体が自分の恋人から生まれた体だってこととかに気づいたほうがいいんじゃないか? 母親みたいなもんだぞ。
なぜ雪や姫がスズのことを心配し守ろうとするのかという理由の一端はそこにあるのに、ここまで話してそう思わないずれた思考の冬に、少しだけ呆れた。
とは言っても、自分で気づいて欲しいので言えるわけもなく。
この質問を答えることで、自分の話もうやむやにできそうだと、自身の事を話さなくてよくなりそうな状況に、どこかほっとしている自分も感じていた。
冬と話すと毎回話がずれてしまうために、そろそろ義弟にも裏世界へ向かって欲しいと思いながら、自分のこれからの役割を考える。
まだ、この場には脅威は残っているからこそ、そろそろ自分よりまだ弱い枢機卿と冬にこの場からのご退場をお願いしたいと思う、春ではある。
なぜなら。
まだ、ここには春と枢機卿以外にも、人がいるのだから。
「……裏世界が出来たのは何年前か、知ってるか?」
「……そういえば。そういうことは、知りませんね」
ちらりと。二人が気にならない、意識しない程度に自分の背後に意識を向けた。
春が見た場所は、食堂の壁だ。
他となんの変わりもないその壁を見ながら、まだ双方に気づかれていないと安堵する。
「まあ……普通は知らないよな――」
さりげなく視線を戻すと、春は裏世界について話し出した。
――裏世界。
それは誰かが作り上げた地下にある広大な世界だ。
いつの間にかぽっかりと穴が開いたように出来た新世界に、隠れ住むように、逃げるように集まった人々が形成した、自由な世界。
秩序のない世界。秩序を一から作り出さなければならない世界を、自由と履き違えた彼等が作り上げたその混沌の世界。
この世界が創られたのは、そのように簡単なきっかけからだ。
殺しさえも当たり前の世界。
それが根本にあるからこそ、殺人許可証という証明書で抑制・断罪しなければならないほどに、自由なのだ。
その世界を、恐怖で縛る存在が現れた。
それが、裏世界でも最強といわれる、殺し屋達。
『
彼等が恐怖で混沌を沈め、力で全てを従えた時代。
彼等の統率により、世界は、混沌から脱することはできた。
裏世界は少しずつ、構築されていく。
だが、全てが全て、そのまま進むわけではない。
進退もあれば衰退もある。
五柱の君臨と、その繁栄は、長くは続かない。
そして、その名は形骸化されていき、やがて、殺し屋組織の中で、最強の名を持つ存在達として継承されていく。
■
裏世界を創りだした造化の化身として。
圧倒的力を持って混沌を退けた至高の存在として。
■
裏世界を創りだした造化の化身として。
天之御中主に従い、生産を引き受け、混沌を退けるためのあらゆる兵器を生み出し、今に通ずる新たなる混沌を創りだした創造の存在として。
■
裏世界を創りだした造化の化身として。
天之御中主に従い、混沌去りし後の生産を引き受け、今の裏世界の土台を創りだした創造の存在として。
そして、その三柱が創った裏世界を、更に繁栄させていくために彼等にとって都合よく動く一族が創り出された。
■
彼等が残した世界を更に活性化させる者として。
創造と生産を引き受け、今の<鍛冶屋組合>を組織化し、裏世界最高機密組織<高天原>を創った次世代の創造者達。
■
彼等を語り継ぐ者として。
この世界を導く者として。
情報を操作し、よりよい世界へ導く<情報組合>と、いまだ混沌の残る裏世界を監視・探訪し、表世界へ害を為そうとする殺し屋組織を牽制、抑圧、撲滅する為組織化された<許可証協会>を創った創造者達。
二百年経った今も。
その歴史を、今も裏世界でその名を、『弐つ名』として語り継いでいく。
「――これがざっくりとした別天津と裏世界の成り立ちだ」
「……つまり、代替わりしていないということは……」
裏世界を創りだしたさえ言われる、五つの柱。神の名を与えられた、別天津。
その歴史、二百年の間語り続けられ、受け継いできた名。
一度も代替わりしていないとなれば、それは――
「二百年。な。ずっと、そいつなんだわ」
「化け物……ですか」
「化け物なんだよ。実際。だから……本当は、な」
春は疲れたようにため息をつくと、冬の目をしっかりと見つめた。
「本当は、な。手を出してほしくはないんだが……」
「……無理、ですよ」
冬には、目的がある。
親への報復。
それは母親は関与していないことがわかったが、姉を売った張本人である父親はまだ生きている。
そしてその父親が、裏世界の中でもビッグネームであった。
その『運送屋』を作り出し、表世界にも影響を与えるほどに自由を履き違えて自由に生きる存在を。
冬は、許せるわけが、なかった。
冬は昔――美保がまだ目が不自由だった際に、枢機卿にこう言われたことがある。
『偽善者になれそうですか?』
と。
それは、今回のような、世界を救うと同義になりかねないことを為そうとするその考えに対してのものだった。
知り合いの裏世界の犠牲者を『救う』
裏世界の悪意の犠牲者となりつつある表世界。その根本から『救う』
規模が変わっただけである。
世界を救うのは、義理や人情と篤い情熱を持ち、特別な力を遥か高みの存在からもらって理由もなく旅に出て勝手に人の家のタンスを漁りながら虐殺の限りを尽くす
許可証所持者としての責務でもなんでもない。
ただの自己満足である。
許可証所持者だからではなく、世界を救うとかではなく、ただ、冬自身が、それを止めなければならないと思った。
それは、仮にも父親だから。が理由なのかもしれない。
だから冬は、あの時と同じく、受け入れ、答えた。
「僕は、偽善者ですから」
偽善者となってでも、父親を倒す。
それが、今の冬の目的に。
自身の進む道を、改めて冬が決めた瞬間であった。
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