第134話:父親
「お義兄さんが、元殺し屋……?」
「別に驚くことでもないだろ。俺は裏世界の生まれだからな。生きるために、気づいたら殺し屋になっていただけだ」
ため息で、なんの事はない、と表現しているかのように春は大きく息を吐いた。
そのため息には、それ以外にも別の感情――これから自分について話すことにまだ抵抗もあるようで、そんな感情も含めてため息とともに吐き出したようでもあった。
「……殺し屋として、数多の人を殺し、その結果、色々問題が発生したのもあるが、つまらなくなった」
春が「そこからは少し話したことがあるが」と言葉を切ったところで、どれだけの人を殺してきたのだろうかと思いながら、冬は許可証取得試験後にあった面談の時に春が言っていたことを思い出す。
<……ちょっとした刺激を求めて、世界で一番入手困難な証明書と言われている許可証を取ろうと思った。それを悪用でもして、同業者に狙われ、殺されるのを人生の終わりとしよう。そう思ったのがきっかけだ>
「……そして、許可証を取ろうと……?」
「ああ。そしてその過程で、
<――まだ若いんだし。生きていればいいこともあるよ。
――今回は私の勝ちだけど。待ってる家族がいるから。もらっていくね>
眩しい程の笑顔を浮かべて先へ進もうと、背を向けた女性へ、春が抱きつくかのように重なる。
その重なった彼女の腹部から貫くかのように現れるは、銀色の刃と、そこに付着し、じわじわと溢れる赤い血。
<――な、なんで……――>
<――油断する、お前が悪い――>
刃が抜かれると、より一層激しく流れていく命に、女性の体もふらつき、地面へと倒れていく。
そこへ、春は何度も狂ったように刃を振りかざす。
<――あ、あと少しで……あの子の喜ぶ顔が見れるのに……あと、少しで……ふゆ――>
ずりずりと、下半身が千切れ飛びながらも、空に――
自身が犯したこの惨状に。
今までなにも思わず殺し続けて汚れきった心に、深く刻まれていく、その女性の、自分のためでなく生きたいと願うその姿が――
<――うああああぁぁぁーーっ!――>
――今も、心に残り続ける。
――今も、後悔する。
もし、あの時、そのまま彼女を送り出していれば。
この二人は――特に冬は、こんなことにならなかったんではないだろうかと。
思わずにはいられない。
だからこそ、二人の人生を変えてしまったのは、良くも悪くも、自分なのだろうと。
そう思うから、彼女の代わりに。
殺し屋として、裏世界で人を殺し続けることしかできずに育ち、名を馳せた春が好奇心で知った、
家族への、自分への、そして他人への、
<愛情>。
その愛情をくれた二人を――
見守り、傍にいたい。
自然と、春はそう思っていた。
「そん……な……」
そんなことを言われても、冬はその話を信用することはできなかった。
なぜなら、それを認めてしまうと、裏世界でのもう一つの目的を失ってしまうようにも思えたからだった。
『貴方の母親が表世界に姉弟を連れ出したとき、貴方の父親はそれを追いかけ、懐柔し、甘言を用いて貴方の母親を騙したようですね』
枢機卿が、冬を背後から包むように抱きしめ、慈しみをもって頭を優しく撫でながら話しだす。
『孤児院経営でしたか? 裏世界の住人だったのであれば、幾らでも人身売買の商売ができ隠せたのでしょうね。堕落といっても、貴方達を養うために表世界で普通に仕事をしていた彼女が育児を全て父親に任せてしまっただけですが。巧妙に隠し続けられた結果、気づいたときには、ピュアは売られてしまっていた。それが結果になりますね』
「型式でもかけられてたんだろうな。……お前と同じくピュアを探しに裏世界に向かい、お前の前から姿を消した。許可証所持者になってまた迎えに来るつもりだったんだろうけど。結局、俺が殺してしまったので迎えにもいけなかった」
春は「父親のほうはお前が自分をはめようとしていることに気づいて裏世界に逃げたんだろうがな」と付け加えた。
言われて見ればそう思えなくもない。
思い返してみると、二人が姿を消したのは、ずれていた気もすると冬は思う。
それは当時復讐に燃えていたことと、姉を探すことに躍起になっていて自分の行動をあまり思い出せなかったのでうろ覚えではあったが、二人の言っていることが正しいと感じ出していた。
なにより。
自分の裏世界へと向かう理由ともそっくりで。
親子だから、と言われれば、納得してしまいそうだった。
『いえ、春。父親は、逃げたわけではありませんよ』
「ん?……ああ、逃げた、というか。どちらかと言うと、嘲笑いながら、裏世界へ戻った、が正しいか?」
「笑いながら……」
「あいつが、諸悪みたいなもんだ」
春は、そこでため息をついて言葉を切る。
話すべきか。ここまで話したのだから話すしかないだろう。
そう考えながら、冬を見る。
「…… お前の父親は、『
「……は?」
諸悪。
『運送屋』の仕組みを作った。
そして、自身の親は、殺し屋だった。
何から理解していけばいいのか。冬は戸惑うしかできない。
「……お前、『
「……こと、あま……つ?」
冬は、春の言った単語は、聞いたことがなかった。
『遥か昔より、裏世界の殺し屋の頂点に君臨する、複数人で構成された集団ですよ』
「それが、何か……?」
『五柱の神の名を弐つ名とされた、圧倒的な強さを持つ存在ですが――』
「とは言うが、何度か代替わりしてる」
冬は、天地開闢の祖とされる神々を思い浮かべる。
確か、そのような神の名だったと思い出した。
「うち、宇摩志阿斯訶備比古遅と天之常立は、個人に当てたものではなく『家』に与えられた名だがな」
『そうでしたね』
「
「なぜ……それを今?」
その冬からの質問に、春はため息をついた。
……お前等に関係しているからこそ、これから俺もそこに入るために。助けるために話しているんだろうに。
と。
春は自身の義弟となる冬の物分りの悪さにため息をついた。
ため息をつく春の心の中を、冬は知ることができないが、呆れたようなため息ではあったが、冬も嫌な気持ちは感じなかった。
だが、そのため息は、「もう少し考えろ」と言っていそうな雰囲気を感じたので、少しだけ推測してみる。
「……つまりは……」
話をしだした理由は、一つしかない。
母親から『運送屋』の話へ。そして父親の話。
更に、裏世界で殺し屋の頂点に君臨する謎の存在をなぜ話しだしたのか。
この話の流れからして――
「その代替わりをしていない、天之御中主が、お前の父親だ」
「――どれかだとは思いましたが……」
「ある意味お前等姉弟はとんでもない存在だったりするんだぞ。素体は苗床。最高の殺し屋の遺伝子情報を引く
遺伝子は、どのような配列や構成によってかで優劣が決まるというが、その力――神の弐つ名を与えられる程の強さを持つその存在の力を十全に発揮しようとした場合に、どれだけの実験結果があっただろうか。
冬としては、その最高の殺し屋という存在の強さは、見たこともない。
だが、義兄がここまで言う強さを持つのであれば――敵であるからこそ、
と、冬は自然と自分の手を見つめ、自分を作り出すために犠牲となった素体達のことを思う。
甲種、乙種、丙種、丁種。
丙種以降は廃棄処分とされていたとも聞いた。
遺伝子を弄ればそれだけ人の形を成さないものもあったのだろうと思うと、自分と言う存在は、春が言ったような、『希少』ではなく、『奇跡』にも値するのではないかとさえ思う。
だが、そう思っていた時に。
「……ちょっと待ってください。枢機卿、遥か昔と言うのはいつからですか」
明らかな、疑問が浮かんだ。
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