第133話:親の真相


「聞いたところで、なにもいいことないと思うがな」

『この問題が終わった後も貴方達は義兄弟なわけですから。話しておくべきですよ』


 枢機卿に『自分のことを話す』よう言われた春は、ため息を一つついてから煙草を捨てると、冬を見つめた。

 その行動に、冬は自分がずっと隠されていたことを知ることができるのかと、スズを早く助けたくて世界樹へ急ぎたい気持ちを抑えつつ、春の言葉を待つ。


「まず、お前が裏世界に来るきっかけとなったのは、雪が裏世界に売られたからだな?」

「はい」


 その春からの再確認に、「何を当たり前なことを」と、以前春には目的を話していたことを思い出す。


 今にして思えば、あの頃――許可証試験の時にはすでに知っていたのかと思うと、目の前の義兄に恨みさえ覚えてしまう。


「お前と雪は、世界樹で産まれた」

「はい、さっき知り――あれ?」


 そこですぐに気づく。


「……では、いつ、助けられたのですか?……あれ? そうなるとあいつ等――両親は……」


 春は冬が自分の両親のことを両親と呼ぶ表情に嫌悪感を現す姿を見て、そこも話す必要がでてきてしまった、と、色々説明する必要があることに、枢機卿をじろりと睨む。


「……まだ、お前が小さい頃だ」


 睨まれた枢機卿は、春に呆れたようなため息を付き、冬の背後へと移動する。後ろから冬を包むように抱き、冬の頭を撫でながら話の続きを促した。


「えっと……?」

『じっとしていなさい』


 枢機卿の行動に冬自身も困惑しつつ、改めて話の続きを聞こうとする。

 ただ、その枢機卿の行動に、ほっとしたのは確かだった。

 どうやら、思った以上に混乱し、焦っていたようだと冬は気づき、枢機卿のその行動に心の中で感謝しながら話を続ける。


『ふむ……』


 枢機卿としては、弟のように可愛がりたい冬を独り占め出来て役得であったりするが、にやける顔を抑えながら、話の続きを待つ。


「……姉さんは、僕が小学生高学年頃に裏世界へ売られています」


 春が言い淀むため、冬が質問をした。

 春も、どこから話すべきか迷っていたため、助け舟に助かったと内心思う。

 だが、自分にとって言い難い部分なのは変わらない。


「……んまぁ……。要は、お前らを世界樹から逃がした研究者がいたって話だ」


 なぜか言いにくそうな義兄に、「?」と疑問符を浮かべてしまう。

 逃がした研究者という人も誰なのか冬は気になるが、すぐに答えは出た。


『……貴方の母親です』

「っ!?」


 枢機卿がため息をつきながら春が濁した部分を教えてくれる。

 だが、その答えは、冬には到底理解できるような話ではない。

 なぜならその答えは、冬にとって、自分の目的を揺るがすような答えだったからだ。


「……僕らを、逃がし……た?」


 姉を裏世界へと売り。

 自分さえもそのうち売ろうとしていた『運送屋プレゼンター』の二人のうち一人が、実は自分達を裏世界から連れ出していたなんて、信じられるはずもない。


「……彼女は、『B』室の元研究員だ。……細かい話もすると、お前らの実の母親でもある」

「それは……それはないですよっ!? 僕だって調べました。僕らは孤児で関係がないはずですっ! 『運送屋』に僕らを。僕らだけでなく、色んな孤児を養って売って、お金を貯めていたはずです! だから、だから僕は自分が調べた結果を疑わず――」

「孤児だよ。間違っていない」

「じゃあどういう意味ですか!?」

「……遺伝子上って意味だ。お前ら試験管ベイビーだぞ。実験体で、お前らは出生記録もないから孤児に該当する」

「あ……」


 月読機関つくよみきかん


 そこは人体実験施設だ。

 先程の話からすると、そこで創られた素体の遺伝子情報はばらばらに、どこかから手に入れられ使われている。

 姉と自分が同じ遺伝子を使って創られているから姉弟なのであり、その遺伝子の片割れが――


「……あの、母親が、ですか……」

「ついでに言うと、母親のほうは『運送屋』に関してはまったく関与していない」


 煙草を吸おうとして、はっと我に返るように箱を胸ポケットへとしまいなおすと、若干イライラしているかのように腕組をして指で自分の腕をとんとんと叩きながら春は続ける。


 姫が言っていた、未成年の前で煙草を吸うなという話を、しっかりと守っているようだった。


「情が湧いたのかどうかは知らん。知らんが、多分、そうなんだろう。雪から聞いている話では、母親のほうが逃げてきた理由も、見ていられなかった、と言うことらしいからな」


 言われてみれば、と。

 冬は嫌々、まだ小さかった頃の、姉が売られた日のことを思い出す。


「……なんで、それが分かるのですか」


 確かに、あの時。

 母親は、泣いていた。

 あの涙は嘘だと思った。そう思わないと恨めなかった。


 だから――


「……俺が、殺したからだ」

「っ!」

「……前に話しただろ。俺が許可証試験を受けているときの話」

「あ……あの時の、殺した相手っていうのは……」

「お前の母親だ」


 冬の標的である二人のうち一人が、すでに死んでいる。

 義兄から伝えられ言葉を失う。


 だがそれは。

 自身の母親が死んでいたことに対してではなかった。


 自分の標的がすでに死亡していることについて。

 それさえも考えていなかったことにショックを受けてしまった。


 自分は復讐をしたかったのか。それとも、本当はする気がなかったのではないかとさえ、自分が探す上で死亡しているということを考えていなかった自分に疑問を持つ。

 そこまで至らないほどに怒っていたなら理解はできるが、そうではなさそうであった。


 今にして思えば、スズと一緒に住むようになってから、自分では口に出したことはあるが、全くといっていいほど探してもいなかったことに、本当はどうしたかったのか、分からなくなってしまった。


「え……待ってください……なんで……?」


 そこに、自分と姉を実は月読機関から助け出していた等言われ、より分からなくなっていく。


「これは枢機卿と俺が調べた推測も入るので、実際どうだったかは知らんが、な」

『貴方は、親に愛されていたのですよ。人工生命体としては珍しい部類ですね』

「僕、は……」


 そう言われても、今更自身の考えを変えるわけにも行かない。

 自分の原動力であった、姉探しも無事終わり、これから先、義兄付きだが傍にいてくれるようになった。


 そして、親への報復も――


『あくまで、片割れですよ。貴方の父親は違いますよ』

「片割れ……あ……」

「そうだ、な。お前の父親を話すには、少しだけ、俺のことも話す必要があるんだが……まあ、ちょっとだけ話すとすると、だ」


 そう前置きすると、春は話し出す。


「俺は、殺人許可証所持者となる前は、殺し屋組合に所属していた殺し屋だった」

「……え」


 春は、冬の母親、引いては彼の目的の一つであったものを、彼が裏世界に辿り着いたときには失わせていたことに罪悪感があった。


 だからか。

 少しだけ、冬に自分のことを話すことにした。

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