End Route00:『春』

第132話:出生


 華名家別邸。

 そこで三人の男女が、今起きている状況について話をしていた。


「お前は今の状況をどこまで理解できているのかは分からんが――」

『春。永遠名冬はそういう情報はほとんど持ち合わせていませんよ』

「……だろうな」


 人型ボディに宿った枢機卿と、元A級殺人許可証所持者の常立春は、目の前で今にも裏世界へと向かいそうな、黒い中国服に、帽体に『Λ』と書かれたつばの長い帽子を深く被って顔を隠す男性――今はA級許可証所持者『シグマ』を春から受け継いだ永遠名冬を見てため息をついた。


「だろうなって……」


 そんな言い方酷い。

 なんて思いながらも、冬自身も、自分があまりにも知らなさ過ぎることを後悔していた。

 とはいっても、たかが一年程裏世界に関わっただけの元表世界の住人が、事前に知れる情報も少なければいざ裏世界に入ってから所持者としての仕事を行ったりしていて裏世界について知る時間がなかったことも確かではある。


 だが、知ろうとしなかったのと、知ろうとして動かなかったでは、やはり情報量も違っていたのだろう。

 冬が今後悔しているのは、知ろうとしなかった自分にである。


「さて。今までの話で、水無月スズが、確実に世界樹のなかにいる。それは間違っていないことは理解したと思うが」


 しゅっと、指先に灯した炎で煙草に火をつけると、春は一息吸って話しだした。


「……ええ。スズが『縛の主』の研究成果である『苗床の成功体』だってことは理解しました。でも、なぜ今……?」

「さあな。まあ、大方予想はつく」

「姉さんもお義兄さんも……皆さん、粗方把握されてるんですね」

「そりゃあな。長いこと裏世界にいるからな。……俺達が水無月を隠し通してたから、今まで行動に移せなかった、が正しい」


 春の回答に、冬は自身が考えたことが正しかったと理解する。


 外は春達が守り、内は冬がスズを守る。

 そうまでしてスズを守らなければ理由も、


「水無月は、『縛の主』に偶然創り出された。それが何の研究かはしらんが、産み出されたのは間違いない。ただ、言えることは、水無月がいれば、主は人を創り出す事ができる」


 それが理由だとしても。

 冬にはスズのような女性を何人も創り出しても意味がない気もした。


「俺達――というか、雪が、『縛の主』からかっさらってきたからなんだが」

「……え」

「昔――雪がまだスノーって殺人許可証所持者だった頃の話だ。雪も犠牲者の一人でな。雪の髪が白いのもそれが理由だ。彼女も遺伝子を弄られ強くなっている。例えば、水無月をベースに創り出された素体に彼女と同じような遺伝子構造を持たせれば、雪と同じような強さを持った兵士が作れるとしたらどう思う?」

「姉さん、と……?」


 冬は、姉の強さと言われてもぴんと来ない。

 一度も戦っている姿を見たことがないためでもあるが、義兄の強さはある程度理解している。なぜなら、許可証取得試験でその強さに怯え、助けられ、憧れたのだから。

 そんな義兄と同じA級であり、強さを目の前で見たことのあるもう一人のA級許可証所持者――師匠である『紅蓮』より姉はランクが高く、許可証トップだということを考えてみれば、二人より強いのだろうと考えると――


「……それは……世界を潰せますね。そんな遺伝子が世界樹で研究されていたってことですか。それをスズの体から生まれた素体に埋め込んで作り出す兵士……姉さんは、『縛の主』と因縁があったのですね」

『貴方も、ですよ。永遠名冬』


 枢機卿が冬を見つめてそう言った。

 冬はその意味をすぐに理解できなかったが、しばらくして、姉がそうであれば自分もそこにいたのだと、そこで、液体しか入っていない、『鈴』という試験管に声をかけている小さい頃の自分を思い出す。


「……僕も、なら……僕の産まれた場所は……」



 <あの試験管と話している自分は、世界樹にいた頃の自分。その記憶なら――>



 そう思った冬は、どれだけ自分は記憶を弄られ、消されているのかと思う。


「雪もお前も。あの場所で作られた、生命体だよ」


 その答えに、体が強張る。

 次に答えるべき言葉も出て来なかった。

 だが、その意味は、すとんっと、冬の中で落ち着き、すぐに納まった気がした。


『春……いいのですか?』

「本当は、言うべき話ではなかった。だが、もう言わざるを得ないだろ?」

「僕も……ですか」

「……あまり、驚かないんだな」

「ええ……」


 なぜ自分が驚かず冷静でいられるかは、冬も理由は分かっていた。


 それは先に見た、試験管と話す光景がフラッシュバックしたからであるが、その光景も嘘ではなく、事実だと思っている自分もいるからこそ、すんなりと受け入れることができた。


「……『B』室・遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体・身体複合型被験体とは、僕を指す識別名ですか?」

「……ああ。よく覚えてたな。正しくは、『B』室・遺伝子配合組み換え強化研究実験準成功体・身体複合型被験体へい種、通称『冬』だ。雪は、その上位種でおつ種だな」


 枢機卿が『『B』はBoostedMANブーステットマン、つまりは身体強化、精神感応支配による身体能力向上の研究を主とした実験ですね』と付け加える。


「……丙種……」

「その下にもてい種とか、他にも被験体はいたが丙種以降は廃棄処分対象だ。水無月も、その破棄処分対象として弄って破棄して逃がした。そうでもしないと、逃がせなかったからな。……その廃棄処分だが、世界樹で生まれて廃棄処分されてそこで腐り、土地を汚染、またはそこで生まれた人が裏世界に溢れてしまうことが危険視されてな。実際、かなりの数が廃棄されていたことで、裏世界に人が溢れかえった時期がある」


 世界樹には実験施設『月読機関』があるとは聞いていた。

 人の遺伝子を弄り、また身体的な部分にも手をかけて、自分にとって都合のいい駒を作り上げようとしているのかと思うと、スズの素体は時間をかけずに創り出せるのだから研究のためにも必須な存在だったから手元に戻したのかと思えた。


「一瞬だったからすぐに気づかれて防衛体制を敷かれたことが原因で、少しだけしか逃がすことができなかったんだがな……他は、殺した」


 春が煙草から立ち昇っていく煙を見ながら当時のことを思い出したようで、辛そうな表情を浮かべた。


「……でも、そのおかげで、僕達は表世界にいた……」

『私のほうで色々経歴等を弄りまして。一人の人として生活できるようにしました。とは言っても、順番がかなりぐちゃぐちゃに話をされていますね』

「?」

「……まあ、な……」

『そこまで話していて、自分のことを隠そうとするから話がめちゃくちゃになるんですよ、春』


 順番がぐちゃぐちゃと言われるが、話した内容を整理してみても、そこまでおかしくなかったと思った。


 時間はない。

 すぐにでもスズを助けに世界樹へと向かいたい。

 だが、知らないことを知ることで、スズを助ける為の役に立つかもしれない。


 そう思えてしまうほどに。

 春と枢機卿の話す内容は、冬が知りたい内容を的確に捉えていた。


 気づけば、食堂に残る人は冬の知り合い達だけとなり。

 貸切にでもなったかのように、食堂の中で話は続く。

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