第136話:家族

 春から聞いた父親の正体。

 そして、冬がこれからの自身の目標を改めたこの時。


「まあ、それはそうだとして。まずは自分の恋人を助けに行かないとな。ハーレム要員の二人もついでに」

「それはもちろんです」


 今最重要なのは、自身の最愛の恋人――水無月スズの救出と、一緒に連れ去られた和美と美保の救出が優先であると、春は冬に再認識させた。


『二人を一夫多妻制の相手として認めましたね。これでハーレム計画が実りました』

「ち、違いますよっ!?」


 枢機卿にとんでもないことを言われ、なぜ味方に罠を仕掛けられなければならないのかと必死に抵抗する。


 だが、周りからすれば、その抵抗は今更感がありすぎた。


 事情はあるとはいえ、傍から見れば三人と同棲していたようにも見えており、そう言う風に枢機卿や和美や美保がスズの牙城を崩すために仕向けたのだから、アフターケアもばっちりなのだ。


 後は既成事実だけ。冬が認めれば晴れて計画は成る。

 枢機卿はその事実を手に入れ、嬉しくて冬の頭を撫で続ける。


 そんな二人を、


「はぁ……」


 春は、今日何度目か分からないほどのため息をつきながら見ていた。


 その二人は生きていて欲しいと思うが、すでに死亡しているだろうと諦めている春。


 緊張感なく、生きていると信じている二人。

 まだ、裏世界で生きるには幼い一人の殺人許可証所持者と、情報だけはあるがまだ生まればかりとも言える機械兵器ギアの人工知能が、嘘でも自分の言葉で少しでも元気が出たのなら、嘘を付いた甲斐もあるとも思えた。


 そんな二人を、これから、この世界を揺がすこの世界の命運を決めかねない戦いへと送り込まなければならない程に人の足りない状況に。


 これが、裏世界で『最悪』と『禁忌』とされるあいつ等二人の計画なのだろうと。


 冬が父親を倒すことを決めようが決めなかろうが、この先に待ち構える冬の敵はこの二人なのだと思うと。


 「面倒事に巻き込まれた」と、が元々巻き込まれることが確定していることを棚に上げながら、春は二人のじゃれ合いを微笑ましく見つめる。



 せめて。

 この先の未来が、義弟が望む結果になれば。



 そう願いながら、そういえば、と。同じことを言っていた自分の最愛について思い出す。


「……雪にも、そう言われたな」

「姉さんも?」

「雪の最終目標は、お前と同じく父親の討伐だからな。裏世界をこのままにするのか、この先良くしていくかは、あいつがいるかいないかによるところが強い。ずっと、裏で支配してきているからな」


 家族で同じ目標へと動く。

 それは、冬が今までできなかったことの一つであった。

 これからそうやって家族を作っていけると思うと、春のその言葉は、冬に嬉しいという感情を与えた。


 その目標が、親への報復という、歪んだものだとしても。


「……ま、だからこそ、仲間も多いほうがいいだろう?」

「え……?」

「俺も一応家族だからな。手伝って――」

「えー……?」


 恥ずかしそうにそう言った春。

 その言葉を最後まで言う前に、義弟から嫌そうな声があがり、春は怪訝な表情を浮かべる。


「……なんだ、その声と目は」

「いや……お義兄さんが家族って言われても、そんなに……」

「お前が嫌がろうが、今更だがな」


 口では嫌そうな口ぶりであった冬ではあるが、春のことは実の兄のようだとも思っていた。それが本当に義兄となっていることを知ったのはつい先程だ。

 姉と出会ってすぐに実は義兄が出来ましたといわれても、今すぐ受け入れろと言われても受け入れられるかといえば難しい。


「心強いですよ」

「……そうか」


 だが、春であったからこそ、冬はそれでいいと――春が家族であって嬉しい気持ちがあった。

 受け入れることもできた。


「これから、よろしくお願いします。お義兄さん」

「ああ……まあ、よろしく」


 お互いが少し恥ずかしそうな表情を浮かべて挨拶する様に、枢機卿の冬の頭を撫でる手はもう止まらない。


 家族を失った少年が、やっと探し求めた姉と家族を手に入れることが出来た。

 傍で見てきた危なかっかしい弟のように気の抜けない彼。

 そんな彼の為に、複数の女性を囲い込んで幸せな家庭を築かせようと画策していた想いも――枢機卿自身が安らぎを得ようとして囲おうとしていたのは棚に上げながら――報われる瞬間を見たのだ。

 勿論、共有のためにも、その一瞬は高画質動画で録画済みだ。


『頑張りましたね』

「ぐ。カーディ――ぐぅぅ」


 だからこその、彼を後ろから抱き締める力――ギアの力は人類を遥かに凌駕――も強く。撫でる――ギアである。焦げかねないそのハゲしい摩擦の早さは圧倒的――仕草も止まらない。


 だが、枢機卿はそんな嬉しさの中にも。


『……私は、家族には成り得ませんから、少し羨ましいですね』


 枢機卿からしてみると。

 傍にいた三人が、一気に離れてしまったような気がして。寂しい感情もあったことは確かだった。

 先の呟きは、そんな機械の自分がふと思った、感情と呼べるか分からない内蔵チップが作り出した気持ちを、思わず吐露してしまった結果であった。


『あ……失礼。私としたことが』


 枢機卿も、『機械がなにを……』と、自身から出た思いがけないその言葉に、驚きを隠せず。

 その驚きは、冬を撫でる動作も止めてしまうほどだった。


「お前も、その家族の一員なんだが?」


 そんな、「何を当たり前なことを」と、呆れる春の声と、それに賛同の頷きをする冬が、枢機卿の視界に映る。


『え……』

「お義兄さんが枢機卿を作られたのならそうなりますし、ここ一年は一緒に過ごしていたわけですから、今更違うと言われても困りますよ。……スズだってきっと」


 今はこの場にいない家族になるであろう恋人の考えも合わせて代弁する。


 枢機卿は、その、返ってくるとは思っていなかった回答に、


『私は……』


 心が、熱くなった。

 その表現がぴったり合いそうな機構に、戸惑った。

 自分は人工知能として意識は持たせられているが、所詮は機械である。

 だから、家族というものはもてないものと思っていた。


 こうまで交流があり、深く関わってしまった一つの家族を見続ける情報媒体のままであろうと、ずっと思っていた。


『では――』


 そんな、羨ましく一家を構成していく一員として迎えられたことに。


 家族という言葉だけでなく、その温かさを知る機会に恵まれたことに感謝し、その想いを、


『では、私は姉ということで』


 思わず、冬の姉宣言をすることで伝えてしまった。


「……」


 春は、なぜこの義弟の周りの女性は、この義弟の姉になりたがるのだろうかと、呆れてしまう。


 春からしてみれば、枢機卿を作ったのは自分であり、以前、自分の娘のようだとも雪と共に伝えていたのに、まったく伝わっておらず、且つ悩んでいたような発言に、呆れるしかなかった。


 ……まあ、まだまだ学習は必要だろう。


 そう思うことにし、自分の作り上げた傑作品の一部のこれからを、義弟共々楽しみにしようと、口角を軽く吊り上げると、


「まあ、そんな話も切り上げて。なんにせよ、だ」


 ぱんっと、春が自身の気持ちも切り替えるかのように手を叩き、二人の意識を自分に向けさせた。


 冬と枢機卿もその音に気持ちを改め、


「お前の敵は定まった。だが、今やるべき事は別だろ?」


 春が、二人を導く、を、話し出す。


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