第107話:財閥屋敷前


「さ。着きましたよ」


 町中を走り回った冬たち。

 あまりにも走りすぎて、どこをどう走ったか分からないまま、たどり着いた先。


 姫がやっと降ろした先は、明らかに人が群れる町中のような場所ではなく。


 ひっそりと。

 しかし、巨大で。


「お……おっきい――」


 その着いた先にあったそれを見て、驚きの声を上げようとしたチヨが動きを止め。


「――なんでこんなとこに? なにこれ」


 首を傾げる。


「門ですが?」


 門。


 そう言われても、そこにあるそれは、この先の何を守っているのかと、見上げる。


「……にしては……」

「でかいな……」


 見上げながらその異様さに、隣で同じ行動をしていた樹と共に呟く。


『この管理地の方は、表でも裏でも。重役ですからね』

「重役……」


 明らかに不必要なほどに巨大な門。

 両開きの古風な門構えである。


 その城壁の二倍はあろうかといった巨大な門以外にも、ぐるりと中を遮蔽しているのは漆喰の白い壁であり、左右に続くその壁の先は見えず。

 隣接する一般住宅がないから問題はないが、もしあれば確実に問題になりかねないほどに巨大な外壁の建造物である。


「……中、広そうですね……」

「広いですよ」


 そう言うと、姫は両開きの門に手を添えながら、その門に唖然とする冬達に振り返る。


「一年前ほどですか、事情があってこの場所に乗り込んだ時は。……広すぎて、中の屋敷に着いて面会を断られたときは、いらっとしたので二階の壁をぶち破って入りましたね」

「「どうなったら二階の壁をっ!?」」

「ああ、そういえばあの時も。二人抱えてこの場に来てましたね」


 仲良く驚く樹とチヨに、冬は「水原さんならやりかねない」と、苦笑いした。


『鎖姫。本当にここに入ってもよいのですか? セキュリティ的にアポ等必要では……』

「ええ。話はつけてありますので気になさらずに。それに――」


 姫がほんの少し力を込めて引き寄せると、重厚な音を立てて観音開きに開く門。


「セキュリティもしっかりしております」

「……どこが?」


 樹が、姫の柔腕で簡単に開いた門の扉を見ながら言う。


「この扉は関係者のみしか開くことはできませんよ。この門も、見た目に違わぬ重さですし」


 だとしたら、一年前に入ったときはどうやって入ったのだろうか。とか、見た目に違わぬならなぜ今そんなあっさりと開いたのだろうかとか。


 姫が言ったことに、色々疑問を感じる。


 見た目に違わないという重厚なその門が、妙に新しいから、作り直したような印象をもったことも疑問の一つではあるが、

 もし、この話題に触れたとしたら。


「こんなの、足で蹴れば壊れますよ。両手が塞がっていましたので何度か蹴る必要がありましたが」


 なんて。セキュリティ関係ないじゃんみたいな回答が来るに決まっているのだろうと、冬はぐっと出かけた問いを飲み込んだ。



「それと。壁をよじ登ろうと思えば上れますが」


 姫がそう言うと、漆喰の壁の上へ、近くに落ちていた石を拾うと投げる。

 投げた石は壁を越えようとして、ぴゅんっと音をたてた赤い一本の線によって破砕され、砕けて消えた。


「このように。赤外線の見えないレーザーが中から狙っております」

「なるほど。厳重ではあるな」


 実演付きで演じられたそれは、確かに脅威ではあった。

 だが、裏世界を経験した者からすればそれほど脅威でもないようにも思える。

 表世界にあるからこそ、これくらいで済んでいるのかもしれないと樹は思う。


「さて――」


 姫がその開ききった門の中へ一歩入り、改めて冬達と正面に向き合う。


 門の向こう側。姫の背後には、一本の直線の綺麗な石畳が見え。

 その左右には整えられた緑地が見える。

 その先はまだまだ遠く。この向こうには何があるのだろうかと思える長さの道。


「――この先よりは、失礼のないようお気をつけください」

「み……水原さん……?」


 姫が発する気配に、先程まで話しかけていた話しやすい気配が消えたことに、冬は戸惑う。


「ここから先は、世界の『財』を支配していると言っても過言ではない方――華名財閥当主『華名貴美子かな きみこ』様の居住区となります」


 その姿が本来の彼女であるかのような、その場所に対してであろう侍従の姿を現した姫が、いつも以上の丁寧さで、スカートの裾を摘まんで会釈する。


「ご案内は、私。華名財閥当主『華名貴美子』様使用人兼、財閥後継者であり、私の旦那様で崇高で偉大なる御主人様――『水原凪みずはら なぎ』様の愛人である、水原姫がご案内させていただきます」


 その丁寧な名乗りに。


「愛人って……」


 丁寧なのにどこかツッコミ所のある名乗り。


「ここに、彼が?」


 そして、学生時代に比較的仲の良かった同級生の、さらっとした正体の暴露に。


 その、彼がここにいるのであれば。

 冬は、ここから先に何があるのかと、尚更よく分からなくなった。














 門を潜り、門の先にある丁寧に舗装された石畳を歩く。


「……改めて言うが、確かに厳重だな」


 門を潜る前。

 先程樹は、


 『裏世界を経験した者からすればそれほど脅威でもない』


 と。その門の簡単な警備に、そう感じていた。


 門だから、あれだけの警備だったのかと。


 門の先に進むにつれてそんな考えは消え失せ、歩きながらも油断は出来ず。


「……なんて化け物を飼っているんだ……」

「ん? いっくん、なにか言った?」

「いや、何も……気づかないというのもまたいいものだな」

「それはどーいう意味かっ!?」


 なんてやり取りをしている二人の横で。


「ここは、地獄でしょうか……」


 冬もまた、そう思いながら、姫の後に続く。


『鎖姫。ここにはこのような方々がどれだけ放し飼いされているのですか?』


 枢機卿も、その気配に警戒しながら姫に追従する。


 それはあらゆる方面から。


 数歩進めば、その進んできた道に気づけば現れる視線。

 数歩進めば、その綺麗に整地された緑地の木々の隙間や頭上から、突き刺さるように向けられる視線。


 なのに、どこにも姿は見えず。


 だが、その視線の一つ一つが、値踏みするように叩きつけられる殺気を纏わなければ、気にすることはなかったのだろう。


「重役だからこその、警備ですか」


 辺りに撒き散らされる殺気に、冬は気が気ではなかった。自然と頬に汗が垂れるが、動けばその瞬間に襲いかかられそうで、拭うという行動でさえ憚れる。


「何のはな……ああ。ですか」


 姫は数十分、道なりに歩いた後、冬達の会話に立ち止まる。

 姫からしてみれば、珍しく周りの視線は気にならなかったようで、周りの会話にやっと気づいたようだった。


「これは、警備ですが、当主様の警備ではありませんね。当主様の警備はついでです」

「え……」

「正しくは、御主人様の警備ですね。御主人様は要らないと仰りますが」


 きょとんと。

 その回答に、明らかに辺りの殺気を放つ相手に見せてはならないほどの隙を見せてしまう樹と冬。


からすると、当主様より、御主人様のほうが優先ですし、それは当主様もご存知ですので気にしておりません」


 後継者と言われているのだから重要なのは分かるが、現当主より大事に扱われているというのもまた不思議で。


「……少し、あちらで休憩しましょうか」


 裏世界で鍛えられた冬や樹、姫とそっくりな姿となったアンドロイドの枢機卿とは違い、疲れを見せ始めたチヨを見て、ゆっくりと綺麗な所作で姫が先を指し示す。


 そこは、一本の石畳の道の終着点。

 拓けた場所。



 和の、庭園だ。



 主要通路の周りに敷き詰められた丸石や砂利は、人の手が入り模様が描かれ。

 辺りを囲む自然を利用した樹木に合わせて複数の川が流れ、澄んだ池上には和風の赤作りの橋がかかり、池の真ん中に東屋が置かれて風景を楽しむような造りがされている。


「走り続けておりますからね。少し休んでいきましょう」


 そう言うと東屋へと慣れた動作で進んでいく姫。


「金持ちって、庭も凄いんですね……」

「いっくん、こんな生活できそ?」

「やりたくはないが……庭は欲しいな。この規模はいらないが」


 互いにこの庭から受けた印象は違いつつも、そんな心境と、いまだ降り注ぐ殺気の視線を受けながら、このような庭園にあまり縁のなかった三人は恐る恐る姫の後を付いていく。

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