第106話:『参』の攻防


 <鍛冶屋組合>


 その一角はいまや『焔の主初老の執事』によって燃え盛る業火に包まれていた。


 正しくは、『焔』の型を使う三人によって、ではあり、その中でも『焔の主ロリコン』はすでに二人が暴れて燃やし出したその場を、更に『炎の魔人イフリート』となり動き回り、燃やし尽くしたという状況が正しい。


 だが、その状況は。

 今は『焔の主イフリート』だけが立つだけの場所と化し、それを知るのは彼だけしかそこにいない。


 それを知るものはすでに黒い灰を地面に。壁に縫い付けられた黒い人の影を残してこの世から消えてしまっていた。


 このような状況を簡単に作り出すからこそ。常にその場に彼しかいないからこそ。

 だから、彼は『焔の主変態』として君臨しているのである。


「あー。また燃えちゃったなぁ」


 一人。

 燃え続ける周り。

 自分を取り囲むまでに拡がり燃え続ける町並みを見ながら、彼は呟いた。


「期待してたんだけど。俺を楽しませる奴はいなかった……か」


 その扱う力があまりにも強すぎて。

 あまりにも卑怯すぎて。

 その姿になった彼を倒せる存在はいない。



 爆発、爆流、爆炎さえも支配する『主』。



 彼が高速機動するために行う行為。

 それは、『焔』を、足を爆散させるまでに溜め込んだ力で地面を駆ける行為。


 足はその度に吹き飛び原形をなくし。その下半身がなくなるまでの爆発により、足がなくなり軽くなるからこそ、更に機動力を高めるという自傷行為による圧倒的なまでの速さを見せるのだが、普通に行えば、それこそ自身を吹き飛ばしているのだから次がないのは明らかである。


 だが、彼――刃渡焔はわたり ほむらは、『炎の魔人イフリート』という、『焔』の単一型を昇華した結果、彼自身が発動時に『焔』そのものとなるからこそ、その芸当を可能とした。


 流動的に動き、彼の意志で幾らでも燃え上がり姿形を変えることができ、尽きない限り、型を形作る限りは生き続けることのできる炎の化身。


 それが――


 裏世界最高機密組織『高天原』の頂点。

 最高評議会『四院』その一柱。


 兵器を愛してやまない無所属

 『焔の主』こと『刃渡焔』


 圧倒的な武の力をもって、裏世界を『個』の力だけで恐怖で抑制する存在。


 ――それが、彼の正体である。







 その荒れ狂う炎の中に佇む『焔の主』を。


「と、まあ……あれが彼の戦闘スタイルなわけだけど。どう思うかな?」


 炎の領域から離れた頭上。

 熱気が届きかねない場所ではあるが、主の意識外で安全地帯とも言える、大樹の根の一区画。


「ま~。実際に殺りあってたらあそこの黒焦げとおな~じになってたろ~なぁ」


 そこで。

 暴れ、辺りを焼き尽くす魔人を見る二人がいた。


「ま。事前に警鐘鳴らしてくれ~て、助かったわ、『』」

「どういたしまして、『血祭りカーニバル』。敵対組織にお礼を言われるのは少し複雑だけど?」


 先程、<鍛冶屋組合>の一画で、『主』によって倒されたはずの二人。


 A級殺人許可証所持者『紅蓮』こと、永遠名冬の型式の師匠、青柳弓と。

 殺し屋組織『血祭り』構成員、脅威度Bランク、不変絆。


 その二人であった。


「少し、賭けでもあったけどね」

「そ~だなぁ。もし、『主』があれを見破ってたらちょ~いと厳しかったかもな~」


 二人は、互いに少し距離を置きつつ。

 大樹の根に出来た大きな穴蔵の中から、その穴の輪郭の左右に陣取り、階下を見ていた。


「初見では見破れないでしょ。さっき見たとき、かなり性能よかったしね」

「いやぁ~、その初見を見破ってダメ出しされ~てっから~」


 『主』が倒し、焦げて灰となってそこにいるのは。

 『主』と戦い、体と頭を貫かれて地面に倒れたのは。杭打ちで壁に縫い付けられたまま焼き尽くされたのは。


 全て。



        『自己像幻視ドッペルゲンガー



 彼等が戦いの際に使った、『流』と『縛』の型式の複合型により生まれた土塊の人形である。


「あ~れと考えなしに戦えば、確かに死ねるわ」

「あれは、神出鬼没だからね。いきなり現れていきなり襲われれば、さっきそこで起きたみたいなことになってただろうね」


 高みで自分達が作り出した人形と戯れる『主』を見ていた二人だが、気づかれないように常に辺りに気配を配る。

 仮にも『主』を名乗る頂点だ。今は退避できているのでまだ余裕はあるものの、気づかれないと言う保証もなければ、気づかれればそれこそ戦場が変わりまた燃やし尽くされるだけである。


「ま~。助けてくれた~のはありがたいが」


 主の戦いとその光景に飽きたのか、絆は穴から離れ、奥へと。


「自分だけ助かれ~ばよかったのに、な~んで俺も助けたのかは知らんけども。馴れ合いはしね~よ?」


 軍用ナイフを一本。

 どこかから取り出し、ジャグリングしてから自身の手に納め、切っ先を紅蓮へ向ける。


「あはは。馴れ合いなんかじゃないよ。君は危険だ。これからもっと強くなるだろうね。だから今すぐにでも殺しておきたいところだよ」


 紅蓮もまた穴から離れ、絆と向かい合う。

 だが、その手には何も持たず。敵対の意志は今はないことを強調しているようだった。


「『焔の主』と本体が戦うようなことになれば、戦力、または肉の壁としてでも使えれば有利でしょ。数は多い方がいいからね」

「……はっ。いい性格だ~な」


 軍用ナイフをポケットに仕舞うと、くるりと背を向け、絆は更に奥へと歩き出す。


「ま。今は甘えさせ~てもらって退散するわ」


 手をひらひらと振りながら、更に奥へと消えていった。



「……まあ、君みたいな戦闘狂には、もう会いたくはないんだけどね……」


 去っていく絆の背中にぽそりと呟くと、紅蓮は穴の外へと近づいた。


 彼の戦闘センスに、戦ってみて分かる恐ろしさがあった。

 自身の必殺の技である『紅蓮浄土』を初見で避けられたのも初めてで。

 そこから切り替えて、まだ独自開発中とも言えた単一型式での『自己像幻視』を戦闘中の助言ですぐに理解。

 『焔の主』の登場に気付いて、炎で壁を作り、中を隠し、戦いを止めて身を隠すことを提案すると、瞬時に対応する、生存本能の高さ。

 その時には『自己像幻視』は実物と見紛うほどに完成していたことからも、表現力、創造力、そして戦闘センスに秀でていることが理解できた。


 自分の弟子となった永遠名冬も、空間認識、創造力や奇抜な戦闘スタイルは負けてはいないだろうと紅蓮は思う。だが、負ける姿もまた浮かばせてしまうほどのセンスの塊。


 敵でなければ。とも惜しむ考えも浮かんでしまい、その考えを払拭しながら、いまだ燃える戦場に立つ『主』を見る。


「……後は、彼をどうするか、だけど」



 敵でなければ。冬君と同じように弟子にでもして、更なる高みへと、なんて。


 戦えば戦うほどに、溢れてくる考え。留まることがない思考。その奥深い型式の真髄を垣間見れそうな錯覚さえ覚えそうな程のセンスの塊との邂逅を邪魔をした標的を。



「こんな圧倒的な力を使われたら」



 インスピレーションが浮かんでは消えるその悔しさの、怒りの矛先は。

 あの、戦いの邪魔をした、階下の魔人へと。



「魅せてくれたら、お礼は、必要、だよね」



 紅蓮の瞳が。

 紫の瞳が、魔人を見つめる。


「『焔』の型」


 紅蓮の目の前に炎の塊が現れ、滞空する。


「『縛』の型」


 土塊が現れ、炎の塊と重なり混ざる。


「『疾』の型」


 風が吹き、可視化された緑の塊が先の二つが混ざった塊を包み、混ざりあう。


みるのに、いい実験台になれそうだよ。だって」


 混ざりあったそれらが起こす眩い輝きが、大樹の根の穴蔵から。


「ん? なんだぁ?」

「君は炎の塊なんだから。死なないよね」


 その輝きは、炎に包まれ、自身さえも炎の魔人となった『焔の主』にも見えるほどに輝き。




        『参』の型





 紡いだ紅蓮の前。輝きを放つそれは、階下に向かって、放たれる。


 『焔』の応酬により、焼き尽くされた地域に降り注ぐは、



         『光』



 音さえ消し去るその光は。

 辺りを光で包み込み。



 静寂とともに。




 辺りを、消し去っていく。

















「こんなもの、かな。……さて。死なない化け物を相手にしても楽しくないから。合流でもしとこうかな」




 くるりと踵を返し、階下に広がる光景に満足そうに。

 いつもと変わらぬ細目の狐目で見つめ、その場から去っていく紅蓮。




 階下に広がる光景。




 なにもなくなった、平野がそこには広がっている。

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