第105話:『三』つの攻防 参


 裏世界。

 地上へと上がるエレベーター前。



「――で。まだやる? 殺さない方が難しいんだけど」



 ため息をつきながら呆れるように、頭頂部の筆のように結んだぴょこぴょこと髪を揺らす殺人許可証所持者は言った。


「あ~。そろそろ勘弁してほしいかも~」

「一応、同じ所持者やし。そこまでにしときーや、ガンマ」


 そばかすの似合う男と仲睦まじく腕を組んでいる白衣姿の女性が、『ガンマ』と呼ばれた許可証所持者に声をかける。


「……いや、あのね。君達はあんなに戦う気配を見せておきながら、何でイチャついているのかな?」

「嫁と戦うわけないやん」

「裏世界から逃げきっちゃった彼を追う気ないし~。これ以上旦那様を怒らせたくないから~」

「……もう、いいけどね……」


 脱力感を感じながらも、何よりも二人に怒りを覚えているのは死屍累々と化した新人許可証所持者達ではないかと思いながら、ガンマはその彼等を見た。


 ガンマの目の前の、それなりに広い通路。

 そこには息も絶え絶えの二十人ほどの若者が座り込んでいる。


「……君達さ。ほんとに許可証所持者なのかな?」

「「お前が化け物なんだよ」」


 思わず問われた質問に、一斉に反論した新人許可証所持者達。


 最初は、例え一年前のトップ合格の先輩なんぞ、この数でかかれば容易く倒せると思っていた新人所持者達であったが、それが間違いだったとすぐに気づく。


 自分達と同じ領域で戦ってあげると、明らかに上の実力・異能があることを匂わせた上位殺人許可証所持者は、本当に二十人程をなんの力も使わずに相手にし簡単にあしらった。


「ガンマ、型式使わへんかったな」

「使うまでもないよね」

「……使うやろ、普通……」


 普通の殺し屋を相手にするわけでもない。同業者である、あの試験を潜り抜けてきたはずの許可証所持者だ。


「それにさ、さっきも言ったけど。殺してもよかったのなら使うんだけどね。同業者だし――」


 そこで一度言葉を切ったガンマは、フレックルズと共に座る敵であるはずの白衣の女性――戦乙女を見る。


「――一応、全部が全部敵ってわけでもないみたいだしね」

「あはは~、ばれてた~?」


 戦乙女は悪びれもなくガンマが辿り着いた答えが正解だと言っているかのように言葉を返す。


「ん? どゆことや?」

「多分、鎖姫かな。何か言われて、本当はある程度から冬君を捕まえることを考えてはなかったと思うよ」

「ん~、姫ちゃんがねぇ~……「冤罪で逃げる相手を捕まえて殺したとなったら、許可証所持者として名が変な方向に売れますよ。こちらに味方しておきなさい」って意味深なこと言うもんだから気になっちゃって~」

「ほ~。なら、ある程度はこちらの事情も知ってるやつらの集まりでここに来たってことかいな」


 だとしたら、尚更新人許可証所持者達は骨折り損ではある。


「そうなの~。下で凄い騒ぎが起きてるみたいだし~。捕獲したほうが話もしやすいからね~」


 下――鍛冶屋組合では、まだ『焔』の戦いが続いているようで、遠く離れた天井に位置するこの場でも、揺れや音が聞こえてくる程の激しい戦いが繰り広げられているようで、それに巻き込まれるわけにもいかないし、その音を出している存在に今は敵対するわけにもいかなかった。


「それに、やっぱり今回の話はおかしい点もあるのよね~」


 戦乙女も、よくよく考えてみると、B級許可証所持者となった『ラムダ』の経歴を急に暴露し、悪に仕立て上げたようにしか見えないことに違和感を感じ始めていた。


 だが、一度枢機卿から流れた情報でもあり、正しいと思い動いた後でもあるため後にも引けず。

 状況証拠が確立されるまでのらりくらりと追いかける振りをしながら適当にやり過ごそうと考えていた。


「うん。そこを今調査中ってところかな。だから今冬君に捕まってもらうわけにはいかないんだけどね……」


 だからこその、冬を追いかけるというカモフラージュ。

 場合によっては共に逃げる為にも、このエレベーターに辿り着けたのは僥倖でもあった。

 ここなら、例え最悪の事態――下で戦う化け物が追い付いてきて、こちらに敵対行為をしてきても、すぐに逃げ出すことが可能だ。


「なんや。だったら、わいも仮想敵的に戦って、覚えたての型式を複数使いまくったり、二人に手本見せてもらえばよかったわ。『焔』と『縛』と『疾』とか合わせたらさぞかし凄いのできそうやんなー」


 ついでとばかりに、隣の恋人に「あ、そいや後で型式教えたってなー」と型式の使い方を教わる気満々で声をかけた。


「型式は、同一箇所に同時発動は二つまで、だよ?」

「お? 制限あるんかい」


 何気なく言った言葉に思いのほか食いついてきたガンマにフレックルズは更に食いつく。フレックルズとしても、上位に至るための型式は、早く覚えて力の行使を行いたかったし、何より、今は冬を助けるにあたっても必要な力でもあったのは確かだった。


「各部に対して分けてならできなくはないけど、例えば、同じ箇所に力の行使をする場合、二つ以上掛け合わせようとすると扱いきれなくなったはずだよ。というか、二つの掛け合わせが難しいのに三つや四つを掛け合わせるなんて、思考してる脳が処理しきれないと思うけどね」

「ほ~……意外と条件ありそうやな」

「でも、二つまでなら掛け合わせが可能ってことはわかっているし、そこまで掛け合わせる必要性もないからね」

「お~? じゃあ、そこの新人さん達に型式使って覚えさせてあげて~」

「嫌だよ。さっきも言った通り、僕の型式は相手を殺すためにあるんだから」

「なんや、残念やな」


 心底残念そうにフレックルズががくりと肩を落とした。

 ガンマも、流石に適度に手を抜いて型式を相手にぶつけて覚えさせるなんていう芸当が出来る程に型式の扱いに慣れているわけでもないので、味方であろう彼らに型式を振るうのは流石に勘弁してほしかった。


「ま。そういうことなら、こいつ等も仲間ってことでいいんかいな」


 話に付いてこれていない新人許可証所持者達は、いまだ息を整えながら警戒を解かず。


「でも……おかしいところと言えば、彼らの存在もおかしいんだよね」


 そう言うと、ガンマの狐目がうっすらと開き、新人所持者達を威圧した。


「そもそも、二年に一回開催の殺人許可証取得試験のはずなのに、僕等が受けた一年後には試験を行ってたわけでしょ。試験も甘くして、急に許可証所持者を増やそうとしている意味も何かありそうだけどね」


 だから、その結果許可証所持者となった彼等も信じられない。

 そう言いたげに、新人たちを更に威圧するガンマの肩をフレックルズが「考えすぎやで」と叩くと、ガンマは威圧を止めた。


「まあ、なんにせよ。心強い仲間も増えたってところで、追いつこうや」

「……そうだね。彼より先に辿り着いて驚かすのもありかもね」


 ガンマがフレックルズと仲良さげに笑い合う。


「……ん~?」


 その姿に、何か怪しい雰囲気を感じ取り、戦乙女は「?」と疑問符を浮かべながら首を傾げるが、気のせいだと思うことにし、彼らと共に冬を追いかける。


 敵としてではなく、味方として。彼を助けるために。


 少しずつ、彼の仲間は、増えていく。

 嬉しいことではあるのだが、それは、許可証協会に亀裂を起こすかのような動きにも思え。

 ガンマは、この一連の騒動に何か大きな思惑が動いているのではないかと一抹の不安を覚えていた。







「……で。冬君の行き先は分かるのかな?」

「ガンマが知っとるちゃうん?」

「……誰かに連絡して聞いてみる……」


 三人と新人所持者達が冬達と合流するにはまだまだ時間がかかりそうで。

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