第74話:紅蓮浄土 3
冬の真上には、周りに糸の結界を張り巡らされて逃げ場のない弓がいた。
逃げようと動くだけでその鋭利な糸によって切り裂かれる状態でも、弓は笑顔を絶やすことはなく。
冬も、それだけでは安心出来なかった。
作り出した技を完封したB級殺人許可証所持者を見ているから。そして、この所持者は、強さを別としてもその
現に、冬は武器を使用しているが、弓は武器を全く使っていない。相手からしてみればこれはまさに遊びなのである。
体術のみで遊ばれているからこそ、油断している余裕なんてない。全力で冬は挑む。
全力で挑むには。
弓が見せてくれた型を使えないだろうかと冬は瞬時に閃いた。
特に、先程から見ている、弓の高速機動の『疾』の型だ。
この型を使って武器を強化することもできるのではないか、と。
人によって感じ方は変わるが、『疾』の型のイメージは、冬のなかでは『風』だった。
自身が作った糸の槍に風が纏うイメージ。
そして、その風を纏って素早く動く糸の槍をイメージする。
イメージを受けた糸の槍は、隙間なく結界を外側から破るかのように全方位から弓に襲いかかる。
心なしか、投げ入れたスピードは早かった。
それが『疾』の型が使えたことによるものかと感じた瞬間。
「『焔』の型」
弓が、言葉を紡いだ。
まるでフィギュアスケートのアクセルターンのように、弓はくるりと宙で回る。
ただ回ったわけではない。
溢れ出る炎と共に、だ。
その炎は冬の糸をすべて焼き払う。
弓へと迫っていた、冬の『疾』の型を乗せた糸の槍さえも触れては溶けるように、炎の中へと消えていく。
いとも簡単に。『糸』と形容しているが、その糸は鋼線だ。
鋼さえも溶かす炎に覆われ、糸は跡形もなく消え去り辺りに火種となって舞い落ち。明らかに不必要なまでに多いその炎が、弓の姿さえも隠していく。
「チェックメイト」
その炎に気をとられている間に、『疾』の型で地に降りていた弓が、着地と同時に残心で動けない冬の腹部に、こつんっ、と拳を当てた。
「まいりました……」
「御馳走様でした」
これで、遊びは終わりだ。
もしこの最後の一撃が『焔』の型が乗せられた一撃だったとしたら、冬はこの時点で終わっていた。
遊びであったと本当によかったと思える。
「君は……本当に接近戦に弱いねー」
冬がこのあまりにも殺傷能力の低い武器を使っていることには理由がある。
なぜなら冬は。――接近戦に弱い。
弱いからこそ、遠距離や中距離での攻撃を主とし、近づかれる前に罠を張っていたのだ。
この弱さは致命的ではあるが、冬は近接戦闘において、『人を殺す』という感触を直に味わうことをよしとしなかったからである。
この心の弱さのままに進もうとしていたが、これから先、上位ランカーと戦ってきた中で、そのうち限界がくることは冬にも理解できていた。
例えば――
水原姫。B級殺人許可証所持者、『鎖姫』という御主人様大好きなメイド。
目の前の、A級殺人許可証所持者、『紅蓮』。炎を自在に操る青柳弓。
更に言えば、一次試験から自分を助けてくれている、同期の中の稼ぎ頭。A級殺人許可証所持者へと昇格した、『ガンマ』こと、A級殺人許可証所持者、遥瑠璃。
他にも、戦っているところはみたことがないが、A級殺人許可証所持者『シグマ』やS級殺人許可証所持者『ピュア』
敵として考えれば、脅威度Bランクの殺し屋。殺し屋組織『
これらと戦って、冬は勝てるとは思えなかった。
この数日間で、負け続けて翻弄されたことで、限界があることも感じていた。
瑠璃が型式を使えるのかといわれると不明だが、姫から聞いた上位への昇格条件として、型式を会得していることが必要であれば、瑠璃も使えるはずである。
一次試験で瑠璃に感じていた不思議な気配は型式だったのかと思えばこそ理解もでき、このような力をあの時から使えていたのであれば、最初から上位所持者となるのも頷ける。
常に一歩先に進んでいた瑠璃。
だが、自分もその力を会得することができた。
姫と出会って型式を知り。弓に出会って会得することができた力に。
その力に、限界を感じていた自分も、まだまだ強くなれる要素がある。自覚しているこの弱さのまま強くなることが実現できる。それを使うことで補えることができるかもしれないと、冬はこの力に希望を持った。
この力を極めていけば、冬の唯一の技であり、不名誉な称号を得た『流星群』も進化できるのではないか。
他にも技を作れるかもしれない。
冬の頭の中で、型式を使っての構想がどんどんと溢れていく。
名付けを行えば、その時点で姫からまた中二病と言われてしまうであろう、新たな技が。中二病と揶揄された流星群の進化も、浮かんで構築され、こうではない、ああではないと浮かんでは消えていく。
何の型式が必要なのか。どの型式を使えばいいのか。
流星群をベースに。例えば、『疾』の型で自身を強化しながら糸の展開速度をあげ、『縛』の型で槍そのものを強化し、『焔』の型で鋭さを増す。
型式を複合させれば、そのようなことも出来るかもしれないと思うと、構想はどんどんと溢れていく。
型式でいかに自分を強くしていけばいいか分かりだしてきた。
そんな冬の頭に、弓がぽんっと手を乗せる。
「久しぶりに沢山動いたから疲れちゃったね」
相変わらずの、瑠璃と同じようににこにこと絶やさぬ笑顔で、声をかけてくる弓。
弓にとっては所詮はその程度の遊びである。
上位ランカーからしてみれば遊びなその行動は、教えを請う冬からしてみれば、学ぶことの多い授業であり、弓には感謝しかない。
……体は痛いですけど、ね……。
「わかってきたみたいだね」
「ええ……なんとなく、ですが……」
「これを極めていくとどうなるか、見てみたいかい?」
あのように、言葉を紡ぐだけで炎を自在に扱う弓。
あれよりも更に上があるということに驚いた。
あのような力がどう作用していくのか、冬は弓の質問にごくりと喉を鳴らし答えた。
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