第75話:紅蓮浄土 4

「さ、戦うよ」

「戦うってっ! いきなりすぎやしませんかっ!」


 辺りは人の群れ。

 囲まれたドーナツ型のその中心部には、ラムダと紅蓮の姿があった。


 ここは裏世界。


 殺し屋組合。その一つ。

 数だけは多い下位組織『神竜ナーガ』の拠点、そのど真ん中に二人はいた。


 紅蓮が、極めたらどうなるかを見せるためと、連れてきた場所だ。


 それは、裏世界のとある廃墟のなか。


 普通に歩いて普通に侵入し、普通に自拠点でたむろしていた彼等に、「じゃ、君達全員潰すから」と普通に声をかけ。


 怒り狂った総勢百名の殺し屋に、囲まれてしまったのがつい先程の叫びに繋がる。


「……ラムダ君。ちょっと型式を試してみるかい?」


 数十人の殺し屋の攻撃を、ポケットの中に手を突っ込み余所見しながら避ける紅蓮。

 その動きに型式の力は感じられず、体術だけで避けているようだった。

 このような敵には型式や武器さえ使う必要もないと言うことなのだろう。


「針と型式だけで戦ってみるといいよ」


 下位とはいえ、周りを囲む人数に対して、糸と針では捌ききれないと思っていた矢先の、紅蓮からの縛りプレイ。


 そのプレイに感じ入ったわけではないが、型式を使うという高揚感と、型式を使わなければこの人の輪から逃れられないと感じたラムダは、『疾』の型をイメージした。


 自身が速く動けるようなイメージを。


 糸が使えない状況で、紅蓮とは違って殺傷能力の低い針で群がる殺し屋達の攻撃を捌き、時には体術を駆使して避けながらイメージを確立させていくと、辺りに漂う気配が、少しずつラムダの体に集まってくる。

 その不可視の気配は、ラムダが避け、かわすその度に動く大気。つまりは、風だ。


 その風を、体全体に纏うように脳内でイメージしていきながら避け続けていく。


「しねやぁっ!」


 手も出さずに避け続けるラムダに、業を煮やした殺し屋の一人が気合いの声をあげると、辺りを囲む殺し屋が一斉に飛びかかってきた。


 そのタイミングに、ラムダのイメージもまた固まると、



「『疾』の型」



 自然と、ラムダは型の名を声に出した。




 その声をキーとして、ラムダを中心に、風が吹く。


 その風はラムダを護るように荒れ狂う。

 体を覆うように薄い膜を作りだすと、ラムダの命を奪おうとする武器が膜に接触すると弾かれて吹き飛ばされた。


 それは、ラムダが自分を護るようにイメージして作り出した風であり、型式を使えれば見ることが出来る、会得者しか可視化できない風だ。


 だからこそ、数だけの力を持たず、型式を使うことのできない殺し屋達には、何が起きたのか分からない。

 狙い定めて一斉に仕掛けた己の武器が、目の前の敵に触れたときには何かに弾かれ、自身の腕から離れて地面に叩きつけられていたのだから。


 そんな驚愕の表情を浮かべる殺し屋達は、失態を犯していることにも気づいていない。


 彼等の目の前にいるのは、殺人許可証所持者で、彼等の敵であり、新たな力を得た、自分達の天敵なのだ。


 ラムダは、頭のなかに思い描いたイメージのままに、新たに思い付いたわざを放った。




       『舞踊針ぶようしん




 ラムダが言の葉を紡ぎ、自身の纏う風を針に纏わせ、ふよふよと風がそよぐかのように動くイメージを与えると、針がラムダの周りで浮きだした。


 触れてもいないのに敵の周りで浮き出した細い針に、ラムダの周りにいた殺し屋達は近くに落ちた武器を拾い始める。


 その殺し屋達の動きはすでに遅く。


はじけ」


 ラムダが、針とその針が纏う風を、自身に襲いかかってきた殺し屋達に狙い定めて撃ち出す。


 纏う風で勢いを増し、元から細く見えにくいその針は、大気を切り裂くにつれて鋭敏さを更に高め。

 すっと、四方に放たれた針は、音もなく殺し屋達の喉を貫通していき、それぞれに小さな穴をぽこりと開けた。


「はっ……はっ――」


 息が出来なくなって声を出すことも出来なくなった殺し屋が数人、その場で喘ぎながら倒れていく。


 手品を見させられたかのようで、動きを一斉に止めた殺し屋達。だが、流石は裏世界で人の死を見続けていた猛者である。フリーズ状態からすぐに立ち直ると、仲間が死んだことを意に返さず押し寄せてくる。


 動きを止めたままだと、また囲まれる。


 ラムダは、自身から離れてもいまだ針に残る風を操り周りに待機させながら、突破口が開いた今だからこそ、距離を取るためにイメージする。


 今度は自身の足に、火を纏うようなイメージをし、地を蹴った。



 ラムダの耳に。辺りに。

 雷鳴のような爆発音が轟く。


「――へっ?」


 燃え盛るような火を足に纏い、弾けるように蹴った地面は抉れ。爆発したかのように急加速。


 不必要なまでに、ラムダは空高く舞い上がった。


 屋根がない廃墟とはいえ、屋根があれば即死であったほどの速度で舞い上がったラムダ。

 ラムダ自身も、まさかここまで飛び上がるとは思っておらず。

 衝撃に驚き、くるくると体を制御できないままに地面に叩きつけられ――


「イメージが強いね、君は」


 ――る前に、紅蓮がラムダをキャッチし、ダメージを軽減してくれた。

 そのまま紅蓮は、ラムダを抱えて殺し屋達から距離をとる。


「うん。合格だよ、ラムダ君」

「は……ははっ」


 紅蓮がいなければ死んでいたと思い、ぺたりとその場で尻餅をついたラムダに、紅蓮は笑顔で、型式の使い方を会得した弟子を称賛した。


「後は、出力を考えないと、長時間戦闘ができなくなるからね?」


 ラムダは、紅蓮の言った『出力』について考えながら立ち上がろうとした。

 その体は妙に重く。立ち上がれはしたが、がくがくと震え、力が入らなくなっていた。


「型式はね、疲れるのさ」

「そのよう……ですね……」


 使ってみてわかる。

 この型式という力は、無制限で使えるものではないことを。


 戦いながら、いかに自分が今有効な型式を使うか。その型式をどのように扱うことをイメージするか。


 並列思考を常に行うことで頭はずきずきと痛み。邪念――例えば、自分が吹き飛ぶようなイメージ――を払わなければ、それがそのまま型式に反映されてしまう。


 現に、ラムダの足首辺りまでの衣服や足を護っていた靴は、ぶすぶすと音をたてて黒炭と化して健康的な肌を露出させていた。


 これが――型式。

 意識して出力しないと、身を滅ぼしかねない諸刃の力だとラムダは思い知った。


「あ~あ。燃えちゃったね。……流石に『流』の型でも無機物は治せないよ? 怪我でもしてたら治してあげたけどね」


 これほど扱いが難しいとは思ってもおらず。それを自然体で複数使いこなす紅蓮に驚嘆するしかない。


「さて。約束通りのご褒美だ」


 そう言うと、紅蓮はゆっくりと、紫の瞳を開眼する。


「『焔』の型と『疾』の型を極めて複合するとどうなるか、その一端をみせてあげるよ」



 紅蓮はにこやかに。

 二人を殺すために列を成して向かってくる殺し屋達に向かって、語りかけるように言葉を紡いだ。









      『紅蓮浄土ぐれんじょうど










 その瞬間。


 辺りに、ぱっと、舞い散る赤と共に、華が咲いた。


 花弁のように開く様は、まるで蓮の花を思い起こさせるように。


 がくりと、許しを請うかのように膝を地面につけて一斉に座りだした殺し屋達。


 その殺し屋達の、胸の辺りから頭にかけて咲いた、内部から食い破るように現れた白い骨と、突き破られて弾け飛んだ、赤い肉のコントラスト――



  ――人で作られた、『華』だ。



「電子レンジに、生物を入れるとどうなるかわかるかい?」


 その華を、弓は変わらぬ笑みで見つめながら、話し出した。

 それは有名な話だ。だからこそ、そんな恐ろしいことを、行おうとは思えない話だ。


 なぜなら――


「ぱんって、弾けるらしいよ。ポップコーンの原理ってのが分かりやすいのかな。それを型式で引き起こした結果が、これだよ」


 ――なぜなら、身体を水で構成された生物には脅威であるからだ。

 電磁波によって、体内にある水分が急激に加熱・沸騰させられ、全身の皮膚を突き破って爆発してしまう。


 まさか。と、冬は目の前で起きた光景に。それをあっさりと実現し、人を使って再現された光景に。


 恐怖を、感じた。


「極めていくと、簡単にこんなこともできるのさ。君は、これを受けて、生き残れると思うかい?」



 避けようのないその力。



 型式。

 その、極めた終着点の一つ。




      『紅蓮浄土』




 あまりの型式の恐ろしさに。

 あまりの型式の残酷さに。



 ラムダは、体の内部からせり上がってきた内容物を抑えきれずに。

 これから相手にする上位の敵が、このような恐ろしい力を使って襲ってくるのかと思うと、吐き出すことしかできなかった。

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