――『刻』を超えた、関係ないお話――
きぃっと、一軒家のとある部屋の一室に隠されていた錆び付いた扉を開けると、暗闇のなか、地獄へと堕ちていくかのように続く階段が延びていた。
その階段を、こつこつと降りていく音が響く。
壁にかけられたランタンが足音が一歩ずつ降りていく度に内部に炎を灯し、足音を立てる人物をうっすらと照らし出す。
その姿は、黒い闇を髣髴とさせるメイド服を着た、無表情な女性だ。
メイドが地獄へとしばらく足を踏み入れていくと、階段が終わり広々とした空間に行き着く。
ぱちんっと、メイドが指を鳴らすと、天井から明るい光が辺りを照らし出した。
「随分と仰々しいこと」
その広い部屋にはぽつんと。
あまりにも広いその空間の真ん中だからこそ、ぽつんとあるように見える中央に。
ずらりと機械の塊が等間隔で並んでいた。
ただの機械ではない。
それは、数体で世界を滅ぼすことのできる存在――ギアだ。
「五十体。勢揃いですね」
黒いフォルムは、錆びることなく妖しく空から受ける光を反射させ。
黒いフレームの所々から細いケーブルを露出しているが、整い、綺麗に繋がりフレームの中へと消えていくその細かな色とりどりの線は、露出していることさえ芸術品かのような美しさを見せ。
人のような姿をしたその見た目は、黒く静かに動くことなく。今は黒く光ることのない黒真珠のように天井からの光にきらりと光るその瞳に意識は漂わせず、直立不動でその場に佇んでいる。
メイドからすると数年前には幾度となく見ていたその姿。
違和感なく見ていたが、ふと思い出した、それらを形容した言葉に、ふっと鼻で笑ってしまっていた。
「言い得て妙、ですね。御主人様にそう思われなくてよかったです」
そのメイドからしてみると、じっと立っている姿は、以前とある人が思い浮かべた『全身黒タイツの人』のようだと。
美しい曲線を描くその見た目が、人以上に滑らかに見えるという、いい意味での賞賛ではある。
「さて……懐かしの思いに浸るのは後ですね」
その機械の先頭に、一体。
飛び出すように、一体だけ明らかに他とは違う姿をしたギアがいた。
黒光りのギアと同じく直立不動で動くことのないその姿は、黒くはなく。
ただ、動くこともなく、その瞳は他と同じく意志も見えないことから、辛うじてギアだと思わせることができる。
それは、人とまったく同じ姿をした、ギアだ。
スーツがよく似合いそうなスリムな外見。
その皮膚は少し病弱さを感じる肌の色だが、肌とは正反対に、くせっ毛のあるワイルドなアップバングの髪型はキリッとした眉と共に男らしさを魅せる、人とまったく同じ外見をしたギアだ。
喋らなければこうもカッコいい姿だというのに……等と、今は静かに立ち尽くすそのギアに、呆れるようなため息をついたメイドは、
「とっとと目覚めなさい。ポンコツ」
ぽすっと。
『Λ』と書かれた帽子を、人と変わらないその姿をしたギアの頭に乗せて呟く。
そんな命令するかのように呟く声に。
ギアの瞳が反応し、一斉に光を放った。
機械音が反響し響き――
「跪け」
――機械音をたてて起動し、一斉に姫の言葉に合わせて跪いた。
一糸乱れぬその動き。
それはまさに、精錬された従者のよう。
「起きて早々にしては従順ですね」
ギア総勢五十体がかしずく姿を、満足げに見つめるメイドとは正反対に、ギア達は心なしか体を震わせていた。
「姫様。御主人様はこちらに?」
「黙れ駄犬」
「え。私、御主人様の犬になってもよろしいので?」
「……いいわけないでしょう」
そんな中、跪き、一人顔を上げてメイド――姫に声をかける人と変わらぬ姿をしたギア。
「ポンコツは所詮ポンコツ止まり。犬にもなれなければ――」
「姫様っ! この帽子はなんですか!? 御主人様のものですか!?」
人の話を聞かないそのポンコツギアは、くんくんと匂いを嗅ぎだすと、辺りをきょろきょろと忙しなく。
「御主人様がお前達にわざわざ会いにくるわけ――」
「御主人様ぁぁっ! 御主人様ぁぁっ! どぉぉこですかぁぁぁ! わたくし、ポンコツが参りまし――きゃいんっ!」
話を聞かずに叫びだしたポンコツと名乗ったギアの顔面に、無言で姫は蹴りを炸裂させた。
「な、何をするのですかっ! 姫様っ!」
「そもそも。貴方に姫と言われることを許可した覚えはありません」
地下の壁に突き刺さるそのポンコツに、残りの跪く黒いギアは「アーア」と、呆れたような声をあげる。
「さて。貴方達がこちらに来たことには意味があります」
ポンコツが元の位置に戻ってきたことを確認した姫は、仕切り直すかのようにそう告げた。
「貴方達に問いましょう」
姫が滑らかな動作で腕を持ち上げると、ギアは一斉に立ち上がった。
「お前達の御主人様は?」
「「ワレラノゴシュジンサマハ、トウトキオカタ!」」
地下に響く大合唱。
それは辺りを揺るがすほどに反響し、響き合う。
「お前達の使命は?」
「「ゴシュジンサマノタテトナリ、ツルギトナリ、ワレラガゴシュジンサマニ、アダナススベテヲメッスルヘイキトナリ!」」
「では、貴方達に。御主人様の名を発言する許可を与えましょう」
「「オオオッ!」」
「さあ、高らかに。歓喜を持って呼びなさい。……お前達の御主人様は?」
「「ミズハラナギサマ! トウトキオカタ! ワレラガアイスルシコウノオカタ!」」
ギアは名を呼べたことに敬愛する御主人様にまた一歩近づけたと歓喜し、その瞳から液体を流し出す。
だが。
「黙りなさいっ! 誰がお前達にあの御方の寵愛を渡すと!」
姫が地面に足を叩き下ろした音はギアが奏でた大合唱よりも遥かに大きく。
ぱらぱらと、高質化された壁や天井から粉埃が降り注ぐ。
その音に、ギア達の合唱は、静寂に「エー」というなんともやるせない想いを混じらせる。
「いい加減理解しなさい。御主人様の寵愛はこの姫が。代わりに思う存分頂きます」
ギアから一斉に「セッショウナ!」「オウホウダ」と悲痛な叫び声が上がるが、
「なにか、文句でも?」
姫が一睨みするとすぐに俯き姫から目を反らす。
起動してすぐに震えていたのは。
この目の前のメイドが、怖かったからである。
「さあ。行きますよ」
くるりと。先程歩いてきた階段に向かって、姫は歩きだす。
「御主人様のために、誰一人欠けることなく。御主人様のために働きましょう」
「「ソレガ、ワレラ、ギアノヒガン」」
「……御主人様も喜びますよ」
人類を滅ぼすことのできる機械兵器。その名は――ギア。
それらは妖艶なメイドに従い歩きだす。
この世界に滅びを起こすためではなく。
ただ、一人の御主人様のためだけに動き出す。
これは。
『鎖姫』という、一つの世界を滅ぼしかけた、元はギアだった存在が、御主人様の尖兵を目覚めさせた瞬間の物語――
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