第69話:メイドの教え 3
ラムダの指先に。
ぷつり、ぷつりと。微かに糸が離れていく感覚があった。
目の前にいた、数多の槍の雨を受けても。
まだ、メイドは生きていると、糸が伝えてくる。
微かに聞こえたその声が、生きていると理解させる。
「どうして、私が『鎖姫』と呼ばれているか、知っていますか?」
そんな、必殺の一撃を放ったラムダに聞こえた声。
そんなわけがないと思う自分の慢心と、正体不明で不気味な妖艶さを持つメイドが、あの程度で倒れるわけがないという一種の信頼の入り混じった感情が、その声によってラムダの心を侵食していく。
そんなラムダが、次に備えて、糸を戻し始めた瞬間――
「いつっ!?」
パンッという小さな炸裂音ともに、何かが、頬を掠めていった。
ラムダの頬を軽く焦がすかのように掠めていったそれは、背後の森林の一部に当たるとその木々を破壊し、ばきばきと音をたてて倒れさせる。
「私の主武装は、牛刀ではありませんよ」
次第に晴れていく土埃の先に。
穢れのない、白い光を体に纏ったメイドの姿が、そこにあった。
そのメイドの腕には、先ほどの牛刀はなく。
代わりにあるのは――
「『牛刀』は、御主人様から頂いた大切な宝物です。私の本来の武器はこちら」
腕から生えるは、機械の塊。
鎖のように、背後に繋がるかのように消える数珠繋ぎの銃弾の束。
「さて。先程の貴方の言葉を、お返しします」
からからからと、銃弾がセットされていない複数の銃口が回りだす。
「が……ガトリング……?」
「動くと、死にますよ?」
――かちり、と音をたて、支えるように添えられた腕の力で持ち上げ向けられたそれは、小型化された、ガトリング式の銃だ。
「舞い踊りなさい『鎖姫』」
その口から再度発せられた言葉をキーワードに。
辺りに機械式の音が響き出す。
それと共に複数の銃口から弾き出されるは、高速の――秒間百発と言われる、人が見ることのできない銃弾の嵐だ。
糸を張る準備も出来ず、立ち尽くすラムダの――
体の傍を。
足元を。
背後の木々を。
辺りの土を。枯れ葉を枯れ木を。
それらは器用にラムダだけを避けて。
破裂音にも似た轟音をラムダの傍に残しながら、次々と着弾点のすべてを破砕していく。
辺りに、先にラムダが起こしたそれとは比べ物にならないほどの土煙が立ち上ぼり。
ふわっと、視界がゼロとなったラムダの、目の前の土煙が渦を作り出した。
その渦の先から現れ、
「動こうともしないとは、愚かですよ」
見えた時には、すでに『牛刀』の切っ先がラムダの喉元に突きつけられてチェックメイト。
「これからも精進なさい」
「ありがとうございます……」
このメイド、なんなのさっ!
と、思わず叫びそうになったラムダだった。
「……及第点と言ったところですか」
辺りの景色が変わるまでに撃ち放たれたガトリングも、全てを切り裂くような白刃の牛刀も今は消え。
「上空に作り出した槍を気づかれないように、針と他の糸で攻勢を仕掛ける動きはよかったですよ」
一軒家の前で。
負けた上に正座をさせられてその戦い方を評価される苦行に立たされていた。
糸で作った数多の槍を褒められたのは純粋に嬉しかった。嬉しいが、「何でこの人生きてるの?」という感情の方がラムダには強く。
相手からしてみれば、こちらが殺し合いと感じた戦いは、本当に遊びだったと感じる。
流石に勝てるとは思ってはいなかったものの、いい形で戦えたと感じていたラムダの心を折る所業だった。
「下位所持者であれば、まず死にますね」
その説教に、正座させられながら話を聞くラムダは、下位所持者であれば、という部分が気になった。
「ですが、『型式』を習得した上位所持者には効きません」
「かた……しき……?」
その単語には、聞き覚えがあった。
「『焔』の型」
姫がおもむろに、人差し指を立てて言葉を紡ぐと、その指先に、炎が、音もなく灯り。
突如行われた目の前の光景は、以前にも見たことのある光景だった。
第二試験。
その時に出会った強敵。
許可証協会が定めた、殺し屋の脅威度ランク――脅威度Bランク。
殺し屋組織『
あれを、シグマや絆は、『型式』と呼んでいたことをラムダは思い出す。
「裏世界で生き抜くために必要な技術ですよ」
「技術……」
これは、人が起こせる技術?
ラムダは姫が指先から出す炎を凝視してしまった。
「この力を得れば、あなたのその能力も、格段に上がりますね」
「手に、入れられるのですか……?」
「ええ。むしろ、貴方達が上位に上がるために必要な条件ですね」
型式を覚えることが上位へと上がるために必要なこと。逆に、それがなければ、上位には上がれない。
だが、肝心の型式が何かはわからない。
目の前で燃える……炎を指先から出すのが型式?
手品ではなく、実際に燃えている?
今の姫の起こす現象は不可思議すぎて理解に苦しむ。
だが、その力を得ることができれば、更に強くなれる。
ラムダはその力が自分にとって必要なものだと少しずつ理解した。
理解と共に、
これは自分に、この技術を教えてくれる為だ。
この技術を会得させる為に。興味を持たせる為に。この先を生き抜く為に、姫がわざわざ力を見せ付けてくれたのだ。と、姫の行動も理解した。
「ガンマの話から、大規模な組織の壊滅任務に同行することが分かりましたからね。必要でしょう?」
「それと関係が……?」
「……上位所持者の任務ですよ?」
姫が告げた言葉に、はっと、顔をあげる。
型式という不思議な力を使えることが上位所持者だというなら。
「敵もまた、使いますよ」
敵もそれに伴う、力を有しているということを、理解した。
自分は、そんな圧倒的な力を使う猛者の中に、何も知らずに向かおうとしていたのかと思うとぞっとした。
姫は顔を上げて自分を見るラムダの帽子に触れると、その帽子を奪い、くるくると人差し指で回しだす。
「シグマから何も聞かされていなさそうでしたので。……型式とは何か。教えてくれる方でも紹介しましょうか」
「え……水原さんが教えてくれるわけでは……?」
……教えてくれるわけでは、ない?
あれ?
急にがしっと頭を鷲掴みされ。
「なぜ私が? 御主人様ならいざ知らず。貴方ごときに私が教えると? 私は貴方に、やるべき事を伝えただけですよ」
いやぁ。ここまで話をされたら、普通教えてくれませんかね?
なんて思いながら、ぎりぎりと痛む頭を離してくれないかと思う。
「そもそも。さっきの技はなんですか。『流星郡』とか名前つけて。中二病ですか」
「ち、ちゅ……」
「格好いいとでも思っているのですか? 御主人様がするならともかく」
そんな姫が、「御主人様も、
「まあ、いいでしょう。貴方の役目はここまでです。お疲れ様でした」
「え……?」
「それでは。また会える日を願い」
また心を折られそうなので、会いたくないです。
なんて思っていると、姫はラムダを置いて、一人で一軒家の中へ消えていった。
どうやらここから先は、ラムダが行ってはいけないようだ。
姫を見送り、とぼとぼと、折角考えた技を見事に潰され凹みながら来た道を、また戻っていく。
「型式……その力があれば……」
上位所持者が使うことのできる力。
その力があれば上位へと上がれ、また一歩、姉探しにも近づけるのではないか。
これから受ける予定であるガンマの依頼においても有効であるその力のことを考えながら、ラムダは自宅へと戻っていった。
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