隠すそれを、聞くこともなく
第62話:『僕』の想い
スズが僕に隠し事をしていることを、僕は知っている。
スズと僕はどうやって知り合ったのかさえ思い出せないことや、スズには、家族がいないこと。
少し考えてみたら、おかしいってすぐに気づくんです。
でも、そこに至ったのは、あの日。
一年前に、同棲しようと提案した時――
「同棲?」
「はい。一緒に住みましょう」
僕はあの日。
スズとこれからも一緒に生きていきたいと考えて、スズも一緒の気持ちだと疑わずに一緒に住みたいことを切り出した。
「……いい、の……?」
「いいもなにも。スズは嫌ですか?」
だから。
スズが、悲しそうな顔をするのが、なぜかわからなかった。
本当は僕のことなんて、何とも思ってなくて。
感情のままに一緒になったことを後悔しているのかも、なんてことさえ思ってしまった。
「嫌じゃない! 嫌じゃないの……嫌じゃない……けど……」
でも、そんな猜疑心なんてすぐに払って。
スズだって、僕のことを好きでいてくれていると、疑ってしまった自分を恥ながら、スズが断ることなんて考えもせずに、スズとの同棲生活にスズの家に荷物を取りに行かなきゃとか考えて。
「……スズの家って、どこでしたっけ?」
そこで、気づいた。
スズという、最愛の人の家族構成さえも分かっていなかったことに。
驚きと焦り、不安感や、自身の記憶に疑いを持ちながら、スズに怒られることを覚悟して言った。
「……」
「……スズ?」
無言で立ち上がったスズが、のそりと緩慢な動作で動いて玄関へと向かい出す。
「ワタシノ……イエ」
いくら呼んでも、こちらの声が聞こえていないように玄関から外へ歩き始めたスズはいつもの喜怒哀楽が激しいスズではなくて。
能面のように瞳の輝きさえも失い、表情さえも抜け落ちて歩くスズを見て、心配を通り越して不安になって後をついていく。
――かちゃり。
お隣さんの家の玄関を開けると、無言で中へと入っていくスズ。
内部は明かりもなく。
窓もない真っ暗な家の、僕の住む自宅と間取りもさほど変わらない部屋。
その暗いリビングのソファーに、スズは無言で座って動かなくなった。
「ココガ、ワタシノイエ」
そう言うと、スズは目を閉じてソファーに寝転んで眠りだした。
あんなスズを見たのは初めてで――
……いいえ。
あんなスズ、というより。人はあんな風になれるのかって。
スズに何が起きているのか。
スズさえ分かっていないのではないか。
隣にスズは住んでいた?
確かに。隣は同年代が住んでいるとは聞いていた。
だけど、今にして思えば。
誰が住んでいるかなんて、考えたこともなかった。
でも。一人でいつもこんな暗い場所で寝泊まりしていたなんて、普段のスズからは考えられなくて。
家族は?
この家は誰が?
自分の記憶が本当に正しいのかさえ、疑ってしまう。
それが、一年程前の話。
あの時。
すっぽりと記憶が抜けたように、何事もなく僕と同棲生活を始めたスズ。
あれから、一緒に暮らし始めたスズは、あんな風になることは一度もなく。
そんな風にスズがなっていたのを、スズが覚えているかは別として。
なぜ、スズがあんな風になったのか。
枢機卿なら知っている可能性もあるから、そちらに探りを入れてみようとも考えている所ではあります。
でも。
枢機卿から聞くのではなく。
もし、スズが知っているのなら。
自分から言ってもらえることを――
「――ラムダっ!」
背後に迫る黒い影に気づいた同僚が、考え事をしていた僕の名前を呼んだ。
「なにやっとんねんっ!」
「あ、すいません」
「すいませんちゃうねん。こんなとこでぼーっとしてたら死ぬで?」
そんな、どこの方言か分からない言葉で話す同僚――立花松こと、
今はとある遺跡の中。
表世界に点々と存在する太古の遺跡調査に出向いているところだったことを思い出して、フレックルズが言うように、油断したらあっさりと死んでしまうような場所にいたことを思い出した。
一年の間。
がむしゃらに仕事して、C級になってやっとフレックルズに追い付いて、二人で同格初の仕事の真っ最中。
不必要なまでな罠満載の遺跡の調査に赴いていた。
以前は何もなかった地帯に、急にあちこちに現れた遺跡郡。
最近の地殻変動に呼応するかのように現れたそれらは、調査の結果、現代では実現不能とも言われるオーパーツの宝庫だった。
見たこともない、起動さえできない武器郡や、太古に作製されたと思われる、機械仕掛けの兵士。
中には、一昔前の武将が持っていそうな槍や、何の素材で出来ているか分からない赤い棍型の武器等も発見されている。
何の切っ掛けで現れたかさえ分からないそれらに、ここ一年、裏世界は表世界に見つからないように調査・封印してきた。
明らかに現代の文明の域を超えたそれらの解明に、文明がまた一つ進化するとさえ言われている。
そんな中。
フレックルズが選んだこの遺跡。
太古の昔にあったと言われているが真意が疑わしい遺跡の一つに、僕らは調査に赴いていた。
先程から、土を固めたような古めかしい苔の生えた壁に触れる度に発動する罠以外はまったく収穫もない遺跡のなかで、考え事をしていて、フレックルズに助けられたものの。
「ここに太古の武器とかあったら高く売れそうやで」
なんて言いながら、不用意に辺りの壁に手を付くフレックルズに学習能力がないのかと呆れてしまう。
「いえ。フレックルズ……そうやって不用意にさっきから壁に触ったりするから危険に陥る――」
――がこんっ。
フレックルズの手が、壁にほんの少しめり込み、「あ……」と声をあげてしまった。
天井が開くと、暗闇のその先に見える、灰色の丸い大きな物体。
ごとごとと、くるくると。
回って落ちてくる――
「なんやなー。これぞトレジャーハンターって感じやなー」
「いいから走りますよっ、そ『ばか』すっ!」
「おまっ。そばかす言うなや!」
何度言っても罠を発動させる幸運の持ち主に悪態つきつつ、丸い石に追いかけられながら、遺跡を回り続ける。
「結局。なんもないってありえへんわー」
最奥についても何もない遺跡に、こんなことなら家でスズとイチャついていればよかったと。
後悔しながら、今日『も』自宅へ帰路する。
「ただいま。スズ」
間もなく外も暗くなる時間。
僕はスズが待つ自宅へと戻ってきた。
玄関を開けてリビングを見ると、相変わらず魂が抜けたように、どこを見ているのか、ぼーっと呆けているスズが見える。
スズが何を考えているのかは分からないけれど、隠し事をしていることについて、いつ話そうと考えているのであれば。
<僕は知っていますよ。だから、話してすっきりしてください>
なんてことを、スズの悩みようを見ていると軽々しく言えることでもない。と、理解できます。
だから、スズが考え、それを僕に自ら話してくれるのを、僕は待っている。
ゆっくりと玄関から短い廊下を歩いて、キッチンの横を通りすぎて、リビングへと向かいながら、少し遠めにスズの横顔を見る。
「スズ?」
僕の声に、僕が帰ってきたことにやっと気づいたのか、スズがやっとこちらに向いてくれた。
「おかえりなさい」
大好きな笑顔を向ける、僕のことを好きでいてくれる、大切な人。
一人で暮らしてきて……今はここに最愛の、待ってくれている人がいる。
いつ聞いても、その彼女から伝えられるその言葉は、僕の心を癒してくれる。
「はい。ただいまです。スズ」
だから。
スズが僕と別れるなんてこととかで悩んでいたとしても。
僕は、自分から聞こうとはしない。
スズが、いつか話してくれることを願って。
僕は今日も、スズを毎日を過ごす。
……。
そういう、話じゃないことを祈ります。
そんな話だったら、僕は、立ち直れないから。
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