B級所持者の誘い

第63話:ファミレスは今は


「ああ。そばかす君とついに仕事したんだね」


 今は客も引いて閉店時間。


 いつも通りのメンバーがいつも通りに席に座り。

 閉店後のこのファミレスは、とある許可証所持者達の意見交流の場と化していた。


 とある場所でひっそりと。太って疲れたウサギが目印な、美人ウエイトレスが多々勤めている個人経営のファミレスだ。


「瑠璃君が言っていた意味がよぉく分かりましたよ……」


 ぴこぴこと擬音が鳴りそうな頭頂部の筆を揺らしながら、相変わらずの笑顔を向ける同僚――ガンマこと遥瑠璃が、ファミリータイプの席で相対しながら笑っている。


「なんやねん二人して」

「いやぁ……そ『ばか』す君は相変わらずなんだなぁってね」

「そばかす言うなや、筆ペン」


 そんなやり取りを聞くのも久しぶりで。

 冬は目の前で仲良く座りながらお互いをけなし合う二人にほっこりする。


 今はこのファミレスで、立花松と遥瑠璃、そして永遠名冬が久しぶりに会って情報交換を行っていた。

 普段は枢機卿のシステムであるチャットでやり取りしているのだが、重要な話や枢機卿に聞かれないような話をする時は、このようにこのファミレスで話し合うようにしていた。


「まあ、久しぶりにまた会えて何よりだよ」

「死ななくてよかったな。大変なんやろ?」

「そうだね。死にそうになったことはあまりなかったかな」

「……相変わらず余裕ですね……」


 あれから一年。

 瑠璃は今はソロで活動している。

 それも、同期である冬と松、そして樹がいまだ上位所持者となっていないからではあるのだが。

 それよりも、瑠璃が――


「ああ、そう言えば。A級に昇格おめでとうございます」

「ありがとう」

「へっ。すぐに追いついたるからな」

「あはは。待ってるよ。上で」

「……いやぁな言い方やなぁ」


 瑠璃がA級へと昇格したことで、上位と下位の仕事にあまりにも差異が出来てしまったからともなる。

 瑠璃が下位の仕事に参加することは問題ないのだが、上位の仕事に下位が参加することは、あまりにも危険がありすぎる為であり、この一年で急激に変化した情勢にくっきりと区分けが出来てしまったことも要因である。


「冬君達は、最近は遺跡発掘ばかりかな?」


 目下、表世界や裏世界に突如現れた遺跡発掘と調査がメインとなってしまった比較的安全な仕事の多いC級許可証所持者と、


「そういうあんさんは、あいつ等の尻尾つかめたんかい」


 一年前に喧嘩を売った裏世界最大ともいえる殺し屋組織との闘争に明け暮れる上位ランカーとの違いは圧倒的で。


「う~ん……君達が上位に来たら話せる話も多々あるんだけど。まだ話せないことが多いからねぇ……」

「はっ。枢機卿の情報制限かいな」

「ああでも。君達も、今のうちに枢機卿に裏世界の情報を聞いていたほうがいいよ。多分、これから必要になってくるからね」

「……なんや。なんかでっかいことでも起きるんか?」

「う~ん……少し、ね」


 そう言うと、瑠璃は言葉を切った。


「また悪だくみ?」

「悪だくみとかしてませんよ?」

「そっかなぁ? 冬ちゃんは私達に隠してたから信用ないんだよ?」

「えー……」


 ファミレス人気ナンバー1の杯波和美はいなみかずみが瑠璃が頼んでいたオレンジジュースを持ってきたからでもあるが、ファミレスの経営者で、人気ナンバー3の香月店長の意向により、冬達が殺人許可証所持者としてこのファミレスを溜まり場として使っていることを従業員に伝えた後、いつもと変わらず接してくれる彼女達に情報を与えるのはまずいと判断したからかもしれない。


 なぜなら。


「何かあったら、この新米情報屋の和美お姉さんに任せちゃいなさい」


 一年間の間に香月店長から色々学び、情報屋として裏世界に関わるようになってしまった和美に、まだ新米の情報屋には早いからということもあった。


「新米な時点で情報与えられんがな」

「あーっそれひっどいよ、そばかすちゃん。そういう情報手に入れてかないと情報屋として先にいけないんだから」

「あんさんもそばかす言うなや」


 自分のコードネームをからかわれて、松が決まり文句のように言う一言に笑いながら和美は冬の隣に座りだす。


「ねぇ、冬ちゃんもそう思うでしょ?」

「え?」

「だ・か・らぁ……和美お姉さんに色々教えて、ね?」

「いえ、あの……?」


 冬の隣に座って腕に胸を押し付けながら耳元で話し出す和美に、冬はどうしたらいいのか分からない。


「教えてくれたら、お姉さんも色々教えちゃう、よ……? 教えてくれなくても、教えちゃうよ……?」

「和美先輩っ! それは私の役目ですっ!」


 何が役目なのかは分からないし、何を教えてくれるのか分からないが、それを遮るように、一年前から香月店長にスカウトされて従業員となった暁未保あかつきみほが慌てて駆け付けた。


 今では目が見えなかったことさえも嘘のように、機敏に動いて冬へと近づいてくる。

 今もB級殺人許可証所持者『戦乙女ヴァルキリー』の元で診断を受けているようだが、概ね問題ないという話だ。


「違う違う! そこは二人の役目じゃないってばぁ!」


 そう言えば一度も戦乙女に会ってないですね、とお世話になっている先輩所持者のことを考えていると、更に追い打ちをかけるように、一年前から一緒にファミレスで働くようになったスズが和美を引き剥がしにかかる。


 この、三者の睨み合いが起きるまでが――


「相変わらずの人気だね。冬君は」

「かっ。ハーレムかいな」


 ――セットのいつもの光景である。


「いえ……あの?」


 すでに一人を選んでいる冬としては、なぜこうも残り二人が絡んでくるのかがさっぱり分からない上に、三人が言う役目が何か理解できない。


「冬ちゃん、私まだ諦めてないからねっ!」

「先輩っ! 私も先輩の為にこれからも頑張りますからっ!」

「なんだったら私達も一緒にセットでどうかなっ!?」

「あ、それでいいです和美先輩っ! 水無月先輩、いかがですかっ!?」


 と、情報屋の道を歩み始めた二人に情報を渡せないのが、冬からしてみると申し訳ないし、何を一緒にセットなのかも理解ができない。


 スズはスズで、この二人に冬がかどわかされないのかと心配で一緒に働くようになったわけなのだが、相変わらずの鈍感な冬には伝わるわけもない。


「もう……諦めてほしいんだけど……」


 スズの受難は、一年前から、まだずっと続いていたのであった。


 冬からしてみると、スズしか見えていないというのが本音だったりはするのだが、そこは三人があずかり知らぬところではある。

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