第59話:別れ
冬が自宅へと辿り着いた時。
すでに、待ってくれていたスズの前には、液晶画面が三つ並んでいた。
「
『話しましたよ。後は如何様にでも』
そう言うと、パソコンは駆動音を消し。
静かになった部屋に、二人だけが残った。
「おかえりなさい」
「スズ……」
冬には、背中を向けて俯くスズの表情は分からず。
「……話したいこと、あるんだよね?」
聞こえてくる声は、少し聞き取りづらく。
「……はい」
「じゃあ、話して」
すでに枢機卿から聞いたと思われることを、なぜもう一度聞きたいのか。
「……冬から、聞きたい」
枢機卿は確実に話している。
自分から先に話せなかった。
だけど、自分から話していても、誰かが話しても。
……結果は、一緒なのかもしれない。
違うことと言えば。
枢機卿を見てしまったことで、スズが狙われることになった。
それが、他との違いだ。
ならば、今すぐ。
スズを安全な場所へ。
でないと、スズが……
――安全な場所?
それは、どこに?
裏世界から逃げられる?
どうやって。
「……話せないの?」
なら。それなら――
スズと。
一緒に逃げ続けるのも悪くないですね。
「僕は――」
「殺人許可証所持者?」
「はい」
「そう……」
スズへと近づき、パソコンのディスプレイを持ち上げた。
今は枢機卿も話をしてこない。
さっきまでスズが見たであろう画面が立ち上がり、脱け殻のように情報だけを表示させた画面が現れると、スズがぴくっと体を震わせた。
ゆっくりと顔をあげたスズの顔を見る。
目に、今にも零れそうなほど涙を溜めたスズに。
自分がスズを悲しませた。
悲しませるやつを殺したいと思っていたからこそ、自分を殺してやりたい。
そう思った。
「……これが、僕です」
そう言うと、冬は液晶画面をスライドさせ、
「今出ているのは、殺人許可証所持者本人しか見ることのできない情報です」
「……」
半透明の液晶画面の真ん中に、ラムダという人物の全てが表示されていた。
「この住所……」
「この家の住所です」
「この顔、この名前……」
「もちろん僕です」
まだ仕事の回数は少ないが、その仕事内容にはレポートがついている。
自分がどのような仕事をし、何をしたか。
枢機卿への報告結果と、それによる報奨金授与等、様々な情報を、冬はスズへとゆっくりと見せていく。
「何でこんなもの……持ってるの?」
「姉さんが、裏世界にいることを知りました」
「雪さん……そのため……」
スズはじっと液晶画面に出ている情報を見ながら肩を震わせている。声も、どことなく震えを帯びている。
怖いのかもしれない。
そこに書いてあるのは、ただの文字の羅列だ。
だけども、そこにはしっかりと。
人を殺している履歴も残っている。
「……未保の手術代を出したのは……冬なの?」
「僕が、ラムダですから」
「……」
画面から目を離して俯いたスズから、涙が落ちていく。
「スズ――」
……無理、だ。
スズは、やっぱり……
もう一人である
「……僕に関わらないほうがいいです」
そのほうが。
……そのほうが、スズは危険にさらされない。
枢機卿だって伝えたくて伝えた訳じゃないはず。
スズが見てしまったことは、なんとかしてみせる。
スズが、幸せに暮らせるように、きっと。
「スズ。……忘れてください……」
冬は玄関のほうへと歩いていき、そのドアを開け、出ていけと、意思を現した。
このまま出ていって、全てを忘れて――
しばらくその行動を見ていたスズが、下を向いたまま、玄関へと歩いていく。
玄関へと続く狭い廊下でスズとすれ違う。
――離れていく。
ここで離れないと。
きっと後悔することになる。
「……」
冬はスズを見ないように、リビングのほうを向いて俯き、目を閉じてスズが出ていくのを待った。
するすると、玄関前で座って靴を履く音が聞こえ、ゆっくりとスズが立ち上がる気配がする。
ずきっと、心が痛んだ。
まだ、間に合う。
今すぐにでも昨日のように掴めば届く。
――でも、掴んだらきっと。
きっと。スズは不幸になる。
かちゃり。と。
ドアの閉まる音が聞こえた。
小さい頃から一緒にいた、二人の別れの音だ。
――終わりました。
でも。
スズを狙わせはしない。
ずっと、護ってみせます。
たとえ裏世界を相手どってても。今すぐにでも。
枢機卿が起こした結果でもあるのだから、幾らでも理由をつけて処分を取り消してみせる。
自分のせいで人生が狂ってしまう最愛の人なんて、見たくもない。
後悔はない。
きっと、これで。
スズは幸せになれる。
「後悔なんて……」
……あるに決まってます。
ずっと、スズと……スズと一緒にいたかった。
冬は、後悔のため息をつきながらその場で立ち尽くす。
……こんなことになるなんて……
もし、枢機卿より先に。
まだ二人で家にいたときに話してしまっていれば……変わっていたでしょうか。
もしもの世界は存在しない。
冬はそう思う。
例えば、今日。
枢機卿が起動しないようにしていても。
自分が伝えていたらこうなったはず。
結局。
自分が裏世界へ。
目的のために突き進んで殺人許可証なんてとったときからこうなることは決まっていた。
――さよなら。スズ。
ぽとりと、廊下に涙が落ちた。
「……そんなの、そんなのやだ……」
「……」
ぎゅっと、背中の服を引っ張られた。
「私は、ずっと冬の傍にいたい」
続いて、背後から抱きしめてくるその腕はか弱く震え。
「……後悔しても知りませんよ」
「後悔なんてしないよ」
先程までか弱く震えていた腕は、今は力強く冬を抱きしめ続ける。
「何年想い続けたと思ってるの? ずっと……ずぅ~っと! いつだったか忘れるくらい、ずっと想い続けてたんだからっ! やっと気持ちを伝え――あれ?」
吐き出すように想いを告げるスズの言葉が、途中で止まった。
そんな、後ろから回ったスズの手にそっと触れながら、今は傍にいてくれることに嬉しくて涙が出そうに――
「――私達、付き合ってるの……?」
「あ」
そう言えば。
お互いが告白さえも中途半端に。
その先へと当たり前かのように進んでいたことを思い出す。
悲しいことなんて一気に吹っ飛んで、そんなことを、今のこの状況で言う愛しい人に笑ってしまう。
これから先、どんなことがあっても離さない大切な人だと、冬は再認識した。
――離すわけがない。
誰にも、奪わせたりしない。
「ずっと、僕の傍で一緒にいてください」
「……はい。きっと、死ぬまで一緒だよ?」
振り返って、冬は、最愛の人を抱きしめた。
もう、離れていかないように。
離さないように。
ただただ、今は。
目の前の愛しい温もりを感じていたかった。
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