第58話:明か『される』


「……」



 朝、目が覚めて時計を手に取り見ると、寝過ごしていたことに気づいて、冬はやっちまったと焦った。


 まだこれから皆で行う初仕事に間に合う時間とはいえ、依頼者兼実行者が遅刻と言うのも、安い金額で受けてくれた仲間達のことを思うと流石にダメな気がした。


 しかもその遅刻の理由が『アレ』なのも、何を言われるか分かったもんじゃない。


「今日は朝からバイト?」


 ベッドの傍で、スカートのファスナーを上げながらスズが聞いてきた。


「……そう、ですね」


 後悔はしていない。

 離したくない、大切な人だ。


 それは、自分が想い、選択したこと。


 でも。

 自分の正体を話さずにこうしてしまったのはまずい。



 いつ話すべき?

 今?



 今、話して……スズは理解してくれるでしょうか。

 話して、僕から離れないでしょうか――



「――ねぇ。冬」


 ぐいっと、スズの顔が目の前いっぱいに現れた。


「冬が話してくれるタイミングでいいよ?」

「……スズ?」

「悩んで、悲しくなって。で、私とこんなことしてるときも考えちゃうほど悩む話なんでしょ?」


 意地悪く話すスズに、冬は期待を持った。


「だから、いいよ? 待つから」


 スズなら受け入れてくれると、淡い期待をしたくなった。


「きっと、話します。だから、今日……待っていてください」


 だから今は。戻ってくるまでは、この嘘を。


「私もお母さんに電話で怒られながら待ってるね」


 いってらっしゃい。


 そう、笑顔で言うスズに、


「いってきます」


 何年も言わなかった言葉を、それを言うことのできる相手がいることに感謝をし。



 家を出て向かうは。


 自身が選んだ道の、仕事をするために。


 冬は、『ラムダ』となって、向かう。





「で? なにやってたねん」

「……すいません」

「僕達も時間になったからきっちり仕事しちゃったのも悪いんだけどね。……で?」


 皆で行う共同の初仕事はすでに終わり。

 実行に移された大きなその病院では、有名な医者や理事が殺害されたことに大騒ぎとなり、今ではマスコミも来てニュース沙汰となっている。


 ラムダも最後の一人を仕留めてはいるが、時間に遅れて、先に動いていたガンマとフレックルズが楽に終わらせるように手配をしてくれていて、あっさりと仕事が終わった。


 ニュースにまでなっているのは、もう一人の協力者のB級許可証所持者『戦乙女ヴァルキリー』と枢機卿の意向によるものだ。


 裏にいる組織からしてみても、そこまで手痛い出来事ではない。

 だが、この結果から、相手を炙り出し、より関係者の動きを表世界で抑制し、攻めやすくするためにわざと箝口令を敷かずにニュース沙汰としていた。


 これから更に、炙り出された関係者の殲滅任務が、下位所持者へ依頼となって枢機卿から発行されるということをラムダは二人から聞いた。


 二人はラムダが辿り着く前に、枢機卿から依頼を受けていた戦乙女と顔合わせを行い、戦乙女は潜入した結果と、表世界でニュースとなったこの結果を元に、裏世界での戦いに向かっていた。


 戦乙女と出会ったことのない――この総合病院で医者として潜伏し、以前傷を治してもらったことや、未保の目を治した医者が戦乙女とは知らない――ラムダとしては、どのような人物なのか興味があったが、遅刻の理由を女性に話すわけにもいかず。



 今日のこの仕事で出会わなくてよかった、と心底ほっとしていた。


 だが、そんな遅刻の理由を聞きたいガンマとフレックルズのにやにやといやらしい笑みは止まらず。


「「遅れた理由は?」」

「……イチャついてました」

「「知ってる」」


 知られている意味も分からない。

 分からないが、すぐにその原因にぴんときた。


「……あれ、おかしいですね」

「ん~? なんやねん。実は自分に彼女いなかったとか言うわけじゃないやろな」

「いえ……いま――あ、そこもおかしいんですけど」

「じゃあ、何かな? 僕達を放っておいて、自分だけ楽しんでたことがおかしいとか?」

「それもおかしいのですけど……」



 なぜ。情報を開示してくれたのか。

 あの時、なぜ。わざわざラムダの情報を調べたのか。

 なぜ、調べた結果を、あんな風に伝えてきたのか。



「なぜ、二人は、知っているのですか?」

「枢機卿から聞いたからやな?」

「『今日、ラムダは念願叶って女性とイチャついているので遅くなります』って言ってたね」

「ああ、あれなぁ……枢機卿があんな感じで話すなんてしらんかったわ。聞いた情報しかいつも言わへんからな」


 枢機卿の行動に不審な点があった。二人から聞いた内容から、枢機卿が絡んでいるのは確定だった。

 そう言えば、自室のパソコンはどうだったかと思い出す。



「……許可証を入れっぱなしでしたっ!」

「ん? わいも入れっぱなしやで?」

「……それ、まずくないかい?」


 フレックルズが「わざわざ抜くことないやろ」と笑うのとは正反対に、ガンマは真剣にラムダの驚きに返した。


「まだ家に、彼女さん、いるんでしょ?」

「あ。そらまずいなっ!」


 ――そう。

 このままだと、枢機卿をスズに見られるかもしれない。


 何でこんな時に限ってポカするのかと。

 ラムダは自分が今までの天然っぷりを帳消しにするほどのミスを犯したことに、焦りを感じた。


 ガンマとフレックルズに仕事のお礼を言うと、「いそげよー」「一般女性と付き合うのは大変だからねー」という声を背中に受けながら、数時間前に急いで向かってきた道を、また走る。



 自分の口からスズにしっかりと伝えないといけない。

 他から伝えられてはいけないのだ。

 しっかりと、責任を持って自分の口から。



 だけど、それとは別に。

 枢機卿がもし、ラムダの考えている通りだとしたら。


 枢機卿が、ラムダの情報を見て、姉のことだけでなく、身近にいるスズという存在にも気づいていたとしたら。




 これから裏世界へ身を落とすラムダの障害として、認識していたとしたら。




 ――スズにわざと自分を見せる。

 ニュースとしてマスコミを動かしたのも、見せるため?



 殺人許可証所持者としての自分の情報だけではない。

 裏世界の情報がランクによってはいくらでも見れるデータバンクだ。

 関わりのない一般人が見れば、それこそすぐに処分の対象となる。


「スズ……絶対に、僕が戻るまで、枢機卿と話さないでください……っ!」



 ラムダは走る。

 自分の失敗から訪れる、最悪の結果を防ぐ為に。













 ⇒ぴっ



 静かに。

 冬の家のリビングで、機械音がした。


「? あ。冬、パソコンつけっぱなし」


 その部屋で、お互いの想いを伝えあって結ばれ、幸せを噛みしめていた少女がソファーの前の机に置かれたノートパソコンに電源が入っていることに気づいた。


 相方の悩み事を聞くため、帰って来るのを一人待つ少女は、ノートパソコンの画面がゆっくりと起き上がってくる状況に、「時間になったら勝手に電源つくのかな」と目の前で持ち上がる液晶画面を見た。


 その液晶画面に表示された文字は――



「何……これ……」



 黒い背景に赤い文字で『許可証』と書かれて消え、少女の前に宙に浮く三つの画面が現れる。




『初めまして。水無月スズ様』



 枢機卿が、少女――スズへと話しかけた。



「え? え?」

『私は、裏世界最高機密組織『高天原たかまがはら』の組織、許可証ライセンス協会の裏データバンク。殺人許可証さつじんライセンス所持者専用ネットワークシステム、『枢機卿カーディナル』、と申します』

「ぱ、パソコンがしゃべ――え? これなに?」


 パソコンから投影されるように宙に浮く、目の前に現れた半透明に光る緑色した液晶画面から聞こえてくる声に、驚きを隠せない。


『これから、あなたに。永遠名冬こと、ラムダのことをお伝え致します』

「らむ……だ?」


 それはスズも聞いたことのある言葉であり、美保が冬に向かって言っていた名前だと、スズはあの時のことを思い出す。



『ええ、そうですね。まずは、テレビをお付けになってください。分かりやすいことが起きていますよ』



 本来であれば、冬が話すべきだった話を。


 スズは、言われるがままに、何の疑問ももたずにテレビのスイッチを押した。



『――ええ、つまりは、死亡時刻からほぼ同時に殺害されていることがわかり、複数人の犯行と思われます』

『怖いですねー。殺人者が辺りをうろついていると思うと』

『ええ。……まだ犯人は捕まっておりませんので、皆さんも外出するときに不審な人物がいましたらすぐに警察へ』



 <総合病院での無差別殺人?>と題のついたニュースが流れ――





『あなたのために、話しますよ』



 枢機卿が呟くように小さく放った言葉は、いまだ驚くスズには聞こえず。




 枢機卿が、スズへ。


 D級殺人許可証所持者『ラムダ』について、話し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る