第42話:それぞれのコードネーム
冬のファミレスでの
「冬君……」
「はい?」
呼ばれて振り向くと、トレーにジョッキをびっしりと乗せた香月店長が、すばらしいバランス感覚で立っていた。
「た、頼んでいませんけど……」
嫌がらせの域を超えた量だった。
慌てて爆睡中の樹以外の三人が、ジョッキを席へと避難させる。
「あちらのお客様からなんだけど、知り合いかしら?」
トレーを受け取りながら、店長が指さす方向を見る。
「……なぜ、ここに……」
奥のファミリー席で座る男が、冬に向かって眩しいくらいの笑みを浮かべて手を振っていた。
茶色の細髪の男。つい先程までは上着を着ていたが、今はそれを脱ぎ、隣の席に置いている。
A級殺人許可証所持者。
トイレから無事生還した、シグマである。
「待ちなさい、シグマ」
にこやかな笑みと共に冬達に近づくシグマが、途中、姫達が座る席で腕を掴まれている。
「……うおっ!? 姫、こんなところにいたのか」
「いたのかはこちらの台詞です。……ピュアはいるのですか?」
「そこの席で寝てる」
「……相変わらずですね」
入れ替わり、姫がシグマの座っていた席へ行き、シグマは姫の連れ合いに軽い会釈をしてからまた爽やかな笑顔を見せて近づいてくる。
「知り合いみたいね」
「店長はん。あそこのメイド、鎖姫やで」
「くさり……っ!?」
口から出そうになった大声を抑えながら、冬に食って掛かるように乗り出してくる。
この時点でクールな印象を持たれていた香月の行動に周りの客は興味津々だった。
「まさかと思うけど、
『鎖と踊る』『包丁使い』
『
『終わりを告げる姫』
『死神の鎖』『不死の女神』
なんて『弐つ名』オンパレードの、あの鎖姫じゃないわよね」
冬には理解できない、矢継ぎ早の言葉が店長の口からどんどんと。
「なんですか、その仰々しい……」
「裏世界での功績や起こした事件で噂される、その人を表す名乗りだよ」
「わいもそのうち欲しいわぁ」
「そんなのあるんですね」
二人に「知らない方がおかしい」と言われて冬はしゅんっとする。
「……冬君。あなたとんでもないわね」
冬の人脈に呆れながら、これは基本的なことから教えないと駄目だと、瞬時に香月は理解した。
「よぅ。若人ども」
「店長。……A級殺人許可証所持者、シグマさんです」
「……はぁ!?」
冬としては席に辿り着いたシグマを紹介しただけだったのが、香月の叫びは今度は抑えきれず。
店長が珍しい驚きの声をあげるので周りがし~んと静かに。
こほんっと咳払いして辺りに謝罪のお辞儀をすると辺りにはまたざわざわと喧騒が戻ってきた。
中にはほっこりしている客もいることが人気ナンバー3の実力だろう。
「……あなた、本当に掘り出し物ね」
そんな言葉を残しながら、そそくさと恥ずかしそうに去っていく店長の背中を見て、そんなに凄いことなのかと疑問符を浮かべながらシグマを見る。
「ついでにあの情報屋に、ここに『ピュア』がいると言ったら泡吹いて倒れるかもな」
くくくっと笑いながら、シグマは席に置かれたジョッキを掴んで冬の隣に当たり前のように座った。
「とりあえず、先輩所持者として、おめでとうと言っておこう」
なぜか固まる瑠璃と松を無視して、シグマは冬のもつジョッキに自分のジョッキを、こつんっと合わせて勝手に乾杯する。
「さて、お前らは、まずは俺からの依頼で『仕事』をしてもらうわけだが」
「いきなりですね」
「入りたてには指導員がつく。お前らの指導員は俺だからな」
なぜそんな重要なことを授与式で言わなかったのかと三人は思うが、シグマもトイレに籠りたかったとは流石に言えず。
「ちゃんと準備をしておけよ? 死ぬときは死ぬぞ」
「準備と言っても何を……」
「……あるだろう。武器の手入れに<鍛冶屋組合>に顔だしたり、情報仕入れるために<情報組合>や<情報屋>から話聞いたり」
何を当たり前な、と、呟きながらシグマはため息をついたが、冬にはそれがなぜかがさっぱり理解できず。
「そんなことしなきゃいけないんですか?」
「……おい、こいつの保護者ども」
以前
「一応情報屋を探すようにはアドバイスしたけどね」
「その情報屋がまたレア物なんだが、な」
「まちい。その前に、裏世界最強の『ピュア』がおるんかい」
「そこで寝てるぞ」
「みにいこか」
「目標になるから挨拶くらいしておこうかな」
「俺の嫁だ。手を出すなよ」
シグマがさらっと言った内容に、瑠璃と松の椅子から浮いた腰と動きが止まり、冬も口につけていたジョッキの中身を溢し出す。
「「「嫁いたんかいっ!」」」
三人が揃って大声を出して立ち上がり、周りからくすくすと笑いが起きた。
「くっ。なんやねん。このファミレスは。殺人許可証所持者多すぎやろ」
「言われてみればそうだね」
「店長が情報屋だからですかね?」
「「「お前が原因だろ」」」
三人の揃った呆れ声に、理不尽を感じた。
「は~。……まあ、いい拠点になりそうやな、ここ」
「そうだね。情報交換しあおうよ」
「お前らはまだ裏世界に入ったばかりだからな。仲良く頑張れ」
冬は、ここを拠点に決めないで欲しいとは流石に言えず。
「で、だ。本題の仕事についてだが」
シグマは樹をちらっと見ると、言葉を切り、考え出した。
「ガンマ。お前はそこのそばかすと二人で一つ仕事を渡す」
「ガンマ?」
松がきょろきょろと辺りを見る。
「僕のコードネームだよ」
「はぁ?」
「で、ラムダ――」
「ちょいまてぃ。冬はラムダ言うんかい。二人揃って、なんや、いいネームやないか」
「え? 初めて知りましたけど」
シグマが大きなため息をつくと、「許可証に書いてあるだろ」と疲れたように言った。
冬が許可証を見ると、確かに許可証ナンバーの隣に『Λ』と記号が一つ。
これがコードネームとは、流石に分からなかった。
「……松君はなんて書いてありますか?」
「……いいたない」
「え?」
むすっと、拗ねるように許可証を隠す松にシグマが笑いだした。
「『フレックルズ』。お前にぴったりだろ」
「……そばかす?」
「待て。ちょい待て。なんで知ってるんや」
「俺がつけたから」
「あんさんが元凶かいっ!」
松の怒声が響くが、客は慣れたのか、もう気にしなくなっていた。
強いて言うなら、姫が座る席から「うるさい」と殺気が飛んでくる気配がするくらいだ。
「俺が枢機卿に
「ふざ――だったらもっとカッコいい名前とかあるやろ!」
「お前が提出してきた『
瑠璃と冬は、「
「僕は協会から、コードネームは決まっているって言われたから決めてないね。『シリーズ』って別枠で呼ばれるって聞いていたけど、冬君も『シリーズ』の一人なんだね」
瑠璃にそう言われて冬はふと気づいた。
「あれ? 僕はコードネームの申請なんてしてませんよ?」
「言ってないからな。俺が勝手に決めた」
「……シグマさん。なんでもありですね」
コードネームを自分でつけるのも楽しみの一つだったかも、と、少し残念に思いつつ。
自分でセンスある名前がつけれたか不安もあったので、人につけられたほうがよかったかもとも思う。
「で、だ。ラムダはそこの――『大樹』と共に俺と仕事だ」
「え」
「お前ら二人は危なっかしい。ちょっとレクチャー、してやるよ」
なぜか強制的に。
冬と樹はシグマと仕事をすることになった。
「さて、と。嫁も寝たし、帰るか。……ここの支払いは、誰だ?」
「わりか――」
「「よろしく」」
「へっ……?」
思わず、自分を指してみると、二人はこくんっと頷く。
「……どうやら、僕のようです」
「……お前は。……まあ、いい。払っておいてやるよ」
「払うなら私達の分もよろしくお願いします」
便乗するかのように、さらっと姫が女性をおんぶしながら話に加わってきた。
その背中にいる女性がピュアであるようだが、深々とフードを被され顔は見えず。長い髪がフードからさらりと溢れ落ちていることから、白い髪だと言うことだけは分かった。
「女性の寝顔をじろじろ見るのは失礼ですよ」
姫から睨まれ、はっと我にかえって三人揃ってそっぽ向く。
「……腐るほど金はあるからいいけど。悪いがそのままピュアを家まで頼む。俺は……こいつを送ってから帰る」
シグマはいまだ爆睡中の樹を抱えだす。
姫の背後で慌てる連れの少女がいるが、姫は「この男にはこれくらい払わせても問題ありません」と、シグマのことをよく知っていそうな口振りだった。
シグマはレジへと行き支払いを済ますと、慌てる姫の御主人様と少女に笑いかけながら二、三会話をかわし、最後に冬達に笑みを見せてファミレスから姫を連れ立ち去っていく。
冬達も一緒にファミレスから出ると、外は真っ暗だった。
すでに日付が変わるほどの時間になっている。
「どんな仕事ですかね」
「まあ……殺し関係だろうけどね」
これから裏世界で生きていく。
どのようなことが待ち受けているのか。
冬は自身の目的以外にも、未知の世界へ飛び込む高揚感を覚えながら、二人と別れて帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます