第43話:D級の仕事
「だ、誰かっ!」
邸宅の一室に、叫び声が木霊する。
その邸宅は、裏世界にコネクションを持ち、裏世界で作られた違法薬物を
このような存在がいるからこそ、先の二次試験の誘拐犯のように、裏世界を軽く見る存在が出てくるのだが、表世界で裏世界に足を一歩踏み入れた程度の小物は他にも多々いるからこそ――
「誰もいませんよ」
「だ、誰だっ!」
――このように、ランクの低い殺人許可証所持者の格好の餌食となり、練習台にもなり得るのだ。
私邸の主である二十代後半位の男の叫びに呼応するかのように紡がれた声は、すぐ傍から。
辺りを見渡すと、窓際に帽子を深く被る中国風の服を着た男がそこにいた。
闇に紛れるため、それ等は黒で統一されているが、帽子の帽体の正面に白文字で『Λ』と書かれた文字がよく目立つ。
「誰でもいいでしょう?」
「ぐっ……まさか、許可証所持者かっ!」
「どうでもいいことでしょう?」
ゆっくりと近づいてくる許可証所持者から離れようと後ずさっていくが、簡単に背中はドアノブに接触し、逃げ場が失われた。
背中越しのドアノブの感触に、逃げれると思った男は、懐にしまっていた護身用の銃を取り出すと、狙いを定めることもなく射撃した。
素人が片手で撃ったために銃は男の手から衝撃を支えられずに床に落ちた。
逃げるための威嚇射撃の様相を呈したその銃撃の直後、男は許可証所持者の動きが止まったか確認することなくドアを開けて外に逃げ出した。
通路に出ると、すぐに出口へ走り出す。
天井の蛍光灯は光を発していなかったが、自分の邸宅なのだから出口は分かっている。しかし、男には出口がどこだと分からなかろうがどうでもいいことだ。
ただ、一心不乱に、外に出ようと。
生きるために逃げるだけ。
殺人許可証所持者と思われる存在に狙われるほどに悪事を働いたとは思っていない男は、なぜ自分が襲われたのか理解できなかった。
当たり前である。
これは、その殺人許可証所持者からしてみても、上位の所持者から受けたレクチャーの為の狩りだ。
小物であれば、誰でもよかったのだ。
暗闇の中、男は体をぶつけながら必死に逃げ回る。
やがて、男はまだ光が残る通路にたどり着いた。
「……なっ……」
そこには、人が座っていた。
それらは念のために自分の護衛として雇った許可証協会が定めた脅威度ランクにも載らないランク外の殺し屋達だ。
全て頭部がない状態で、廊下は血の海と化している。
その男達は、一瞬で首を切り落とされたのか、いまだ意思を持っているかのように動いているものもあり、誰かを指さしていたり、髪の毛を手で梳く様な動作等をしていた。
彼等の着ている服は、今では噴き出す血で染まり、濁った色へと変わっている。
「……ほら、皆さんが待っていますよ」
「ひっ……!」
背後からの声に、足ががくがくと見えるくらいに震え、その足に力が入らなくなると地面に座り込んだ。
振り向き、男の姿を確認した瞬間、じわっと、股間の辺りに染みが出来上がり、それは見る見る内に広がっていく。
黒き衣服に身を包んだ男。背後の暗闇から人の形が男に向かってゆっくりと歩いてきている。
その手からは、十本の妖美な光を放つ煌めきが溢れだす。
男は、自分の死を確信した。
「く、来るな……来るなぁぁぁっ!」
男は血の海を後ずさる。びちゃっと音がなる度、全身は赤く染まっていく。
背中が何かにぶつかり、降ってくる赤い液体が男の体をさらに濡らす。それが頭部のない男の首から噴き出た血だと気づいた時、顔が醜く歪んだ。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
「ひっ……」
男は咄嗟に殺し屋が手に持っていた銃を奪い取り、引き金を引く。
銃声と共に、また一つ。頭部のない死体が出来上がった。
「まあ、こんなもんか」
私邸から出てきた中国風の服を着た少年に、シグマは声をかけた。
「これが、お仕事、ですか?」
「D級ならこの辺りが妥当だな」
ランクが上がるに連れて難易度があがる許可証所持者の、仕事のなかでも最低ランクの仕事を終えた少年――ラムダを見ながらため息をついた。
「言っただろ。油断していると死ぬことになるって」
「そうです、ね……身に染みて感じました」
ラムダの黒い服に滲む染み。
標的が最後に撃った銃弾が腹部を貫通し、ラムダは負傷していたのだ。
所詮は素人。
そう考えていたが、やはり人を殺す為に作られた武器というものの恐ろしさを知った。
自身の持つ糸で切り裂けばよかった。
だが、あの状態で銃を撃つ前に殺せると思った冬は、守りを疎かにし、全ての糸を使って殺害しようとし、結果、避けることができなかったのだ。
「準備も怠るなとも言った」
「はい……」
「『大樹』が<鍛冶屋組合>の関係者らしいな。次回はしっかり怠るな」
「大樹……そういえば、彼は?」
『大樹』のコードネームを持つ同僚の樹は、先ほどまでこの私邸の殲滅任務を共に受けていた。
シグマからこの私邸の殲滅任務を受け、樹が事前に情報を仕入れ、この場に二人で来た後に、すでに到着していたシグマと合流。
標的がどこに潜伏しているか等の情報の得る方法に疎いラムダは、樹に情報を仕入れてもらい共有してもらっていた。
だがその情報も少なく、標的が多数の殺し屋を雇っているという情報がなかった。
「帰らせた。標的以外はすでに済んでいたからな」
「そう、ですか……」
到着後はラムダの出番となり、倒した数としては7:3の割合でラムダが多い。
ただ、彼の持つ武器が特殊すぎて、私邸の中でしか有効活用できなかったという部分が多かったので、外を大樹、中はラムダという振り分けをしていた為の結果だった。
協力し合う仲間とも意思の疎通が取れていなかったとも感じ、その結果が、邸宅内での単独行動、負傷にも繋がった。
初の仕事に手間取ったラムダは、仕事をする上で情報が必要不可欠だと感じ、これからは香月店長に相談しようと、情報のありがたみを知った。
「……これからも、『糸』だけで戦うつもりか?」
「それは……」
「まあ、自由だがな」
外での任務であれば、大樹のほうが殲滅していただろうと考えると、ラムダは糸だけではこの先戦えないだろうと痛感していた。
大樹に<鍛冶屋組合>を紹介してもらい、しっかりと準備を整えようとも思う。
殺人許可証試験を受かったからといってそこで終わりではない。
これからが本番なのだと、自身が生き残るためにも甘い考えを捨てるべきだと痛感した初仕事だった。
「では、僕もこれで……」
「永遠名冬」
じくじくと痛む腹部に、また病院にいかなくてはいけないと思いながらこの場を去ろうとしたラムダに、シグマはコードネームではなく、本名で声をかけた。
「お前、これからも樹と友好を築くつもりか?」
「……何か、ありましたか?」
「……いや。もし樹とこれからも付き合っていくつもりがないなら、俺の行きつけの<鍛冶屋組合>でも紹介しようと思ってな」
「はあ……。それも魅力的ですが、樹君に紹介してもらいますよ」
なぜ急にそのようなことを言われたのか疑問はあったが、初の仕事のこの体たらくを考えれば不安になったのかもしれないと、尚更気を引き締める必要があると冬は思いながらその場を去っていった。
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