第41話:ファミレス
「それじゃあ、同期がいたことを祝って、乾杯と行こうじゃないか」
「よろしくお願いします……」
「よろしゅうな~」
「よろしく」
かちゃんっと、冬にとっては見慣れた四つのコップが触れ合い音をたてる。
なぜ、こうなったのでしょうか……
冬は楽しそうにはしゃぐ松と瑠璃、表情があまり変わらない樹を見ながら苦悩する。
四人は授与式終了後、これから一緒に仕事をする機会もあることもありそうだと言うことで、どこかで親睦を深めあおうと話をしていた。
そんななか、なぜか冬がアルバイトをしていることがばれてしまい、興味を持った瑠璃と松の尋問に負け。
雪崩れ込むように冬のバイト先のファミレスへと突入されてしまっていた。
「いらっしゃいま――あれ? 冬ちゃん、今日はシフト入ってなかったよね?」
「ええ。入ってはないです……」
「なになに? 私に会いに来てくれたと――あー、残念。違うかぁ」
そんな冬たちを出迎えたのは、ファミレス内人気トップの
和美は冬の傍にいる三人の少年達を見ると残念そうな声をあげたが、周りのファミレス仲間の少女達は歓声をあげている。
「冬ちゃんのお友達かな?」
「ええ……みたいなもので……」
「? 歯切れ悪いけど何かあったのかな?」
スタイリッシュに決める瑠璃も松も去ることながら、三人より頭一つ分身長も高く、すっきりしたモデル体型の樹が従業員の目を釘付けにしていた。
「あ。お兄ちゃん――っと、そばかすのお兄ちゃんだっ!」
そんな中、にこにこ笑顔で人気ナンバー2の
「おぅ。ちっこいのやん。ここで働いとったんか」
冬に飛び付いた頭をがしがしと乱暴に撫でながら松と美菜が久しぶりの会話をし、
「あの試験で会ったのかな? そばかす君」
「おう。大変やったで――ってそばかす言うなや」
「あれ? この子はいいのに僕は駄目なのかい?」
「当たり前や!」
「つれないなぁそばかす君」
松が噛みつき、瑠璃が笑いながら言葉を返す。
そんな二人を見る女性従業員だけで構成されたその目が、違うものを見てそうで怖い。
「おい」
「え? はい?」
「お前もここで働いている、で合っているか?」
「合ってますよ?」
「……あれを、着て、か」
樹が和美の制服を指差し、冬を見て目を細める。
樹のなかで、『糸の男』から、『女子ものの制服が似合いそうな男』と印象が変わった。
「なわけないでしょう!」
「あら。それいいわね。今度冬君に着させましょう」
店内奥から騒ぎを気にして現れた店長こと
どうやら、次のイベントで冬が女装することが決まったようだ。
従業員のなかで、冬の女装した姿の想像と、それを冷たく見つめる樹の姿に鼻息は荒く。
「まあ……今日はお客さんなんだから、和美さん、席案内してあげて」
「あ、はーい」
ぞろぞろと、和美に案内される中に、なぜか松におんぶされた美菜もついていく。
「……すいません。店長」
「あら。期待の新人と顔合わせできたんだから、気にならないわよ」
ぽんっと冬の肩を叩きながら、耳元で香月店長が囁く。
「後でしっかり紹介なさい。情報屋としてもいいお客になってもらうわ」
商魂逞しい店長に、苦笑いしか浮かべられず。
――そして、冒頭に戻る。
「んんんんーーっ! 仕事の後の一杯はめっちゃ美味いぃぃぃっ!」
「……仕事って……何かやりました?」
「そう言うことは気にすんなやっ!」
「そうそうっ! ほら、冬君もちびちびと行かないで、ぐいっと行こうっ!」
瑠璃が冬の肩をバンバンッと叩いてコップの中身を飲み干すが、それはオレンジジュースだ。
「ジョッキ、四人分っ!」
「おおっ! 気前いいなぁっ! 瑠璃!」
ジュースをジョッキで頼もうとする瑠璃だが、ここはファミレスだ。
そんなものあるわけないのだが、なぜかどすんっと、なみなみとオレンジ色の液体が注がれた生ビール用のジョッキが席に人数分置かれ。
「初めてやってみたけど、ちょっと面白いね」
ひらひらと手を振りながら「ごゆっくりー」と和美が去っていく。
「そう言えば瑠璃君。最初からB級とは凄いですね」
流石に従業員の友達だからと融通利かせすぎではないかと思いながら、授与式で驚嘆した話題を振った。
瑠璃は取得と同時に冬の担当試験官であったシグマと同じく、上位の所持者だ。
上位許可証最短昇格記録保持者として、以後抜かれることのない殿堂入りを果たしていた。
ちなみに、B級昇格までの昇格最短記録保持者は今までシグマであり、一年かけての昇格だった。
それを聞かされた時、冬は、シグマと言う人物がどれだけ色んな記録を持っているのかと驚いたが、それを塗り替えた瑠璃にもまた驚きを隠せなかった。
「うん。上位の資格を有していたから、みたいだね。制度が変わったらしいから、昔ならそこまで難しくない昇格条件みたいだよ」
「ほ~。まあ、すぐに追い付いたるわ」
「あはは。楽しみだね、それ」
二人がぐいっとジョッキの中身を飲み干すと、冬の前にどんっと、置いた。
「「おかわり」」
「流石に何度もはダメじゃないですかね……」
明らかに従業員のコネで注いでこいと言っているかのようで――
「コーラでやってみたい」
「いいわよ。許可証所持者としてこれからも贔屓にしてもらえるなら、ね」
どんっと、空のジョッキの代わりに、追加のジョッキが置かれた。
「……あの店長さん」
「情報屋やってるそうです」
「僕のアドバイスで見つけたのかな? 嬉しいね」
「店長はん、色々知ってそうやな」
明らかに興味をもった二人に店長を紹介するいい機会ではないかとやり取りをしていると、入り口から妙な気配を感じた。
「いらっしゃいま――」
客はさほど多くはない日であるが、それでも客の出入りはある。
そこに現れたのは。
このファミレスの従業員の制服とは一線を画する服に身を包んだ女性だ。
「あら、あなたは……」
ちらりとこちらを見た女性は、メイド服に身を包む、冬の顔見知りだった。
「……永遠名冬様。二次試験、並びに取得おめでとうございます」
優雅な物腰のカーテシーに、コスプレや遊びではないその女性の身のこなし、佇まいに、
本物のメイドがいると辺りがざわつき、視線の的だ。
そしてその視線は自然と。
「姫、知り合いか?」
「はい。……御主人様はお先にどうぞ。御二人が待っておりますので」
「お兄ちゃん、席ここだってー」
「お兄たんも姫も早く来るの。初めてのふぁみれすなの」
「お前ら元気だな……」
そのハーレムを形成する男へと向けられ――
「御主人様に色目使ったら、男でも許しませんよ」
何に警戒しているのかと思える発言と共に。
あの時言っていた御主人様がどんな人なのか、見てみたくはあったが、殺気が半端なくて目を反らすことしかできず。
「では。今度はお仕事で会えるといいですね」
そんな一言と祝いの言葉を残し、香月店長とすれ違い様に軽く挨拶し合う二人を見た後、席に座るときにとんでも乙女な表情を浮かべ、席に座る御主人様であろう場所にふるふる震えてからダイブした、二次試験のバスガイド――水原姫のギャップに声も出せず。
「……あれ、鎖姫、やんな」
「本物……だよね……」
「仲良く話してる香月店長は何者なんでしょうか……」
「冬君……やっぱり君、凄いね。いや、君は逆に危ないけど」
「あの店長はんなら信用できそうやな」
なぜか、これからもこのファミレスは皆の溜まり場となりそうになる予感もしつつ。
「ぐー」
気づいたら寝ている樹に呆れはしたが、それでも、自分の周りにはいい仲間がいてくれると感じた冬は、
「皆さん、これからよろしくお願いします」
「おぅ。よろしゅうな」
「仲間が出来て心強いよ」
やっと自分の目的への第一歩を。
ゆっくりと、歩み始めれた気がした。
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