第24話:救出



「おい。聞いたか? 今日から始めるって」

「あー、らしいな。夜のお供に。みたいにスナック感覚で摘まんで楽しんで壊しちゃうんだろうなぁ」

「おこぼれに預かりたいもんだわ」

「それ、分かるぜ」


 首謀者の部屋に向かっている途中で、サングラスの男達の声が聞こえて近場の部屋に隠れた時に聞こえたのがそんな会話だった。


「あー。でも、なんであんなちっちゃい子から選んだのかね」

「そりゃあ、なあ?」

「ああ、だな」

「「ロリコンだからだろ」」

「あー、確かに。高校生にもなって、あれは希少だよな」


 かちゃりと部屋のドアが開く男が聞こえて、会話は聞こえなくなった。


 一人は、頭部がことりと。

 一人は、胴体が二つに斬れ。


 その部屋に入った瞬間。二人は数歩歩いてから気づいたように倒れこみ。まるでまだ生きているかのような表情を浮かべながら部屋のなかで倒れた。


「……動いたら、殺します」


 もう一人は宙に体を浮かせ。

 腕を背中に、親指を糸で結ばれ、首回りにも銀糸を巻き付けられてエビ反りのような体勢で捕らわれていた。


「ぐ……な、なんだお前は」


 部屋には一人。帽子を被った中国服の男がいた。


「少しずつ、刻みますので。今から、聞いたことに答えてください」


 刻む?


 男が聞き慣れない言葉を耳に捉えたとき、「ではまずは一つ」と、帽子の少年の声が続け様に聞こえ、指先に激痛が走った。










 かちゃっ、と部屋の鍵が開けられた。

 牢屋の様相を呈した、ほぼ吹き抜けの部屋のなかで、部屋の前に逃げ出さないように備え付けられた檻の中で、一ヶ所に固まり恐怖に震える少女――桐生女子の生徒は、その音に体を震わし、その牢屋の入口を凝視する。


 先程、この部屋を警備するサングラスの黒服が言っていた。

 今日から何人かが連れていかれると。

 何が起きるかなんて、この屋敷の主人であろうあの男を見ていればすぐに分かった。


 誰が連れていかれるのか。




 部屋の鍵を開けて入ってきたのは、この屋敷を警備する男のようであった。



「……お迎えに上がりましたよ。お嬢様方」



 黒のスーツを着た男はそのスーツを脱ぎ捨てる。その下には黒い中国風の服。何処にでも売っているような帽子。それを深く被った男が入口に立ち、そう言う。


 迎えに来た。

 その言葉にこの中の誰かが最初の犠牲者になる。

 更に女生徒達は友達の体を強く抱きしめ合った。



「……だ、誰?」


 一人の少女が、睨みつけるように勇気を出して男に問いかける。


 見覚えがあります。確か、バスの中に乗っていたはず。


 それであれば名乗ったほうが話が早いと男は思った。


「……遠名えんなですよ」

「え、遠名さん?」


 遠名――冬がそう言うと、檻の中にいた少女達の一部が驚きの声を上げた。

 声を上げずいまだ怯える少女達は、以前ニュースで取り上げられた最初の誘拐者なのだろう。



 予定が、ずれた。


 冬の予定では、首謀者を暗殺し、その後に少女達を逃がすつもりであった。

 それが、あの男が「一日待つ」と言っていたことからすぐに計画を立てた。

 まだ、手を出されるわけでないなら余裕があると思っていたのだ。


 だが、あの男は今日から少女達に手を出すことを決めた。

 そして、その最初の犠牲者が『知り合い』でなければ。



 冬は腕を背後に引き、そこから一気に自分を抱くように腕を目の前で交差させた。

 あまりの速さのため細い光が檻に走り、全ての檻の鉄格子が地面に金属音を立てて落ちていき、大きな音が響く。


「よしっと……どうぞ出てきて下さい」


 酷く音が出たことに冬自身も驚きながら、これはすぐに逃がさないとだめだろうと思った。


「……信じてもらえないみたいですね」


 このような状況だ。

 ほんの少しだけ交流しただけの男を、信じるわけがない。

 なまじ助からなかった時に彼女達が相手をさせられるのも男だからということもあるのだろう。


 冬は残念そうに呟き、ため息をつく。


「な、何だ今の音は!」


 そう叫びながら黒服の男が牢屋に駆け込んできた。


「貴様っ!」


 男が銃を取り出し冬に向ける。しかし、その銃は見事に輪切りにされ、彼の頭部も一瞬にして地面に転がる。

 その頭部は、階段を毬のように転々と跳ね落ち、ころころと転がり、震える少女達の手前で止まった。


「ひっ……!」

「き、きゃあああぁぁぁっ!」


 あちこちから叫び声が上がる。


 当たり前だ。

 表世界で人の死に免疫がないのだから。

 冬でさえ先日の一次試験で、初めて人を殺した時に狼狽えたのだから。


 だが、これから救うという時に、このように叫ばれては、自分達の身を危険に晒すだけの行為だった。


 冬はため息をつき、すうっと息を吸い込む。


「うぅるさぁぁぁぁぁいっっっっっっ!」


 いきなりの大声を聞き、辺りが、さっきまでの叫び声が嘘のようにしんっ、と静まり返る。


「……こんなことはしたくないですけど、そんな風になりたくなかったら、さっさと立ち上がってください」


 辺りにきらりと光る細い煌めきが揺らめき、声を出すと死ぬという恐怖が彼女達の心を支配した。

 冬の脅しは覿面てきめんに聞いた。


 ぞろぞろと少女達が立ち上がりだしたのを確認すると、冬は転がった生首の髪の毛を掴み、それと頭部のなくなった体を彼女達の目から離れた場所へと投げ捨てた。


 びちゃっ、と生々しく血が飛び散るような音がして、少女達が身を震わせ必死に悲鳴を堪えている。


「……ほ、本当に、運転手さんの遠名さんなんですか?」


 バスの乗客であった少女が聞いてきた。


「信じて下さい。……もっとも、その名前は偽名ですけど……確かに、あなた達の運転手をしていました、遠名雪ですよ」

「だ、だって……」

「え、遠名さんは頭を撃たれて……」

「帽子に特殊な鉄を仕込んで、銃弾が頭に食い込むのを防いだんです。見てみます?」


 見てみるかと言ったところで、自分がその帽子を持ってきていないことに気づいて「あ」と思わず声を上げてしまう。


「……さて、彼等が気づく頃です。そろそろ逃げないといけないので、僕の後についてきて下さい」


 自分を遠名と証明できない状況を説明する時間も惜しくなってきた冬は、地上へ上がるドアを開けて彼女達を誘導しようとする。

 しかし、彼女達はいまだに警戒心を解かない。立ち上がったまではよかったが、体を震わせ、疑惑の目で見つめていた。


「……別についてこなくても構いませんよ。僕の目的はあなた達を助けることじゃないですし、あなた達が強姦されようが、輪姦されようが暴行されようが凌辱されようが構いませんし、僕には関係ありません」


 そう言い、冬はドアから出ていこうとする。

 ある一種の脅しで、冬にとって、最後の賭けだ。


 もし誰もついてこなければそれでも構わない。標的を暗殺すればそれでいいのだから。誰も、そんなことはされることはないわけだ。


 ただ、冬はどこか今の状況に違和感を感じ始めていた。


 ……他に人が来ませんね。いくら地下とはいえ、先程のように音が気になって様子を見に来る警備がくるはずですが……。


 何かが起きた?

 そうであれば、試験を優先しないと、僕の命が危ないかもしれませんね。


「……うう、ひっく……」


 そんなことを考えながら、いまだ動かない少女達にため息をつき出ていこうとすると、急にすすり泣きが鮮明に聞こえてきた。


「……?」


 彼女達のほうを見つめるが、泣いているような人はいない。後ろのほうで泣いているのかと思い、一歩足を踏み出す。


「ひっく。……美菜、もうお兄ちゃんに会えないの?……ぐすっ……ひぐぅ。……う、うわぁぁぁぁーーーーーんっ!」



 踏み出した足がずるっと滑り、尻もちをつく。帽子がずれ、目の前が真っ暗になった。窓があればガラスが割れていそうなほどの叫び声に、少女達も耳を塞いで騒ぎ出す。


「……み、美菜……さん?」


 思わず、何度も聞いたことのある泣き声を上げる張本人の名前を呼んでしまう。

 その一言がミスだったと、この計画が破綻していたことに、冬は呟いた後に気づいた。


 そもそもが矛盾しているのだ。


 冬は、試験を受けに来ている。

 その試験の目的は、誘拐犯の暗殺。

 その誘拐された女生徒の中に知り合いがいるから救出したいと考えた。

 では、救出するにあたって、彼女達の中にいて、最初の犠牲者となる知り合いに会わないように救出はできるのか。


 答えは――出来るわけがない。


 こんなところで、冬の天然が発揮されてしまった。


 冬自身も考えていなかったわけではない。ただ、知り合いが不幸な目にあっていることに。内心かなり焦っていたことに。

 冬自身気づけていなかった。



「……ひくっ……今の声……?」



 美菜と呼ばれた少女は、少女達をかき分け、冬の目の前に現れた。

 ずっと泣いていたのか、目を擦りすぎ、目は真っ赤に腫れていた。


「……お兄……ちゃん……?」

「ち、違いますよ。僕はあなたのお兄ちゃんではありません」


 冬は帽子を上げ、目の前を見えるようにする。目の前に、今にも泣きそうな美菜の顔がくんくんっと辺りの匂いを嗅いでいる。


「ううん。その匂い。絶対にお兄ちゃん!」

「ど、どう言う識別の仕方ですか」

「帽子、取ってみて!」

「な、何で――」

「いいから、取るの!」


 美菜が帽子を取ろうと飛びつく。それを反射的によけると、勢いよく床に顔からぶつかってしまった。


「あっ、なぜ顔から……」

「いったぁぁぁぁ~いぃ~……うううう、うわぁぁぁぁぁーーーっ!」


 美菜は、さらに大きな泣き声を上げた。


 こうなると、もう手はつけられない。泣き止ませるには、彼女の願望を満たすか、ここに、同じファミレスで働く杯波和美か、店長である香月美保を連れてきてなだめてもらうしか冬は方法を知らない。


「うわわわっ! 耳いたいーっ!」

「あっ、美菜ちゃん泣かした!」

「な、ななな!」


 美菜との会話が、緊張感や恐怖感を取り除いたのか、何の抵抗もなく一人の少女が勢いで言う。


「うわぁぁぁーーーっ!」


 さらに大きくなっていく美菜の鳴き声。

 頭に響くある種の殺人兵器にくらくらとしてきて、冬はその声の発生源を止めることしか考えられなくなった。


「……ぐすっ……」


 美菜の頭の上に、ぽすっと帽子が被せられる。それは、冬の被っていた帽子だ。

 帽子に触れながら、冬の姿を確認する。


「……これで満足ですか? 美菜さん」

「うん。……やっぱりお兄ちゃんだ!」


 嬉しそうに言い、美菜はまるで発射台から発射されたロケットのように冬に突撃してきた。


 ごんっ!


「お、おうう……」


 鈍い音がして、冬の後頭部が冷たいコンクリートにぶつかり、思わず呻き、気を失いそうになる冬であった。


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