第23話:もう一人の受験者


 冬は先程危機を救ってくれた男が言ったように、素直にホールへと向かった。


 貢ぎ物。

 それは間違いなく、冬の今の目標の一部のことだと感じていたからだ。



 広い玄関ホールに行くと、そこにはバスに乗車していた女生徒全員が男達に囲まれ、男達が少し動く度にびくっ、と震えている光景が目に飛び込んできた。


 冬はそれを無言で見つめ配置につく。


 配置と言っても、ただ単に、何が起きるのかと不安そうにする彼女達全員が見える位置に立つだけだ。


 しばらくすると、広い玄関ホールに何人かのサングラスに囲まれ、男が現れる。


 囲まれる。と言うよりは、物理的に担がれている。


 御輿の底辺のような台車に乗せられた男が、その上で息もするのも苦しそうに寝転ぶかのように座っていた。

 肥えた体は、動くこと自体面倒そうという印象を与え、その顔はお世辞にも綺麗とは言えず醜い。


 まるで、自分以外は自分を動かすためにいるとでも言っているかのような登場をした、醜い男が冬の暗殺する標的だ。


「……」


 冬はぱっとその男の顔を見ると、すぐに目をそらし、彼女達を見つめた。


 何となく、彼女達が何をされるのか、理解してしまった。



 標的は必要最低限の容姿を覚えるだけでいい。


 これから死ぬ人間の顔を深く覚えても、何の得にもならないし、それに、あの見た目は見たら忘れられそうもない。


「……さて……おお、どれもこれも、皆粒の揃った涎物ばかりじゃないか」


 醜い男は御輿から降りると、どすんと歩く度に床を揺らしながら、涎を吹くような仕種をし下劣な笑いを浮かべる。その笑いは、不安と恐怖に脅える彼女達を、一層不安と恐怖に陥れた。


「う~ん。ここまで揃うと迷うなぁ……」


 そう呟きながら、辺りをうろつき始める。



「……」


 冬は無言で彼女達を見つめる。

 確かに、バス内ではほとんど正面を見ていたため彼女達の姿をろくに確認できなかったが、改めて見ると彼女達は可愛い美しいを問わず奇麗だと思った。

 思い出してみれば、タレントの娘や、現役アイドルの生徒もいるのだから当たり前かとも思う。



 そして、そんな彼女達をみて、『貢ぎ物』と言い切った首謀者の言う言葉が正しければ。



 たったそれだけのことだとすれば、これ程大事になるほどの事件をよく起こせたものだと、呆れてしまう。



 それを裏世界に罪を擦り付けようとしたということも。


 恐らくこの男は。

 裏世界を、単なる国家としてしか考えていない。


 だからそんなことが平気でできるのだ。


 裏世界は、表世界の当たり前が通じない無差別な世界だ。

 だからこそ、独立国家として成り立っている。


 ただ、独立国家になるには理由がある。それをこの男はわかっていないのだ。


 人身売買なんて当たり前。人の尊厳なんてありえない。

 人の生き死になんぞ日常にあることは表世界とは変わりないが、その生き死には健康な体であれば何より喜ばれる。そんな世界だ。


 この男は、すべてを裏世界のせいにし、自身が楽しんだ後は裏世界にすべて売るのだろう。売って、裏世界で彼女たちは解体され、そして、裏世界に並べられる。

 人によっては幸運にも、裏世界で飼われてその時まで生き延びることもあるかもしれない。


 裏世界が独立国家の理由。


 それは、裏世界が、表世界にとって


 支配することができない自由な世界だから。

 表世界に管理できない世界だから。

 管理することで被害を被る世界だから。

 自由で無秩序な世界だから。


 そんな裏世界に罪を擦り付けた。

 それはつまり……そんな裏世界を、個人が敵に回したということだ。

 国を敵に回したということにもなる。



 これは。

 裏世界を舐めた表世界の個人のために、表世界すべてが報復対象となった、その一例だ。


 そう思うと――


「……う~ん。先に誘拐した彼女達もいるし~……うう、迷う……」


 妙に悲しそうな声を上げて、その場に座り込む。

 その悩む姿は、一種の嫌悪感を覚えた。


「……ふ~む、まあ時間はたっぷりある。さて、一人ずつ相手に楽しんでも十分時間もある。一日、じっくり検討しよう。おい、連れていけ」


 指示を与えられた黒服達はその指示とともに一斉に懐に手を入れ銃を取り出した。


 それを彼女達に向けると彼女達を無理やり立ち上がらせていき、ゆっくりと強制的に歩かせる。その彼女達の瞳には、絶望の色が宿りだしていた。


 頼れるバスの運転手は自分達の目の前で射殺されている。

 バスガイドは気づけばおらず。

 自分達を助けてくれる部外者は傍にはいない。


 このまま何が起きるのか分からないまま、彼女達は玄関ホールから歩かされていく。



 元々黒服の男達は大勢いるので、一人いなくなっても気づく者は誰もいない。

 冬は、彼女達が奴隷のように歩き始める頃には、その場から立ち去っていた。






 誰もいないトイレの個室で、冬は紙を取り出して、ペンで絵を描き始めた。


「……こんな所でしょうか……」


 適当に屋敷内を探り、簡単な見取り図を作ると、それを見ながら顎に手を当て、どう救出するかを考え始める。


 幸い、先日誘拐された女生徒と、今日誘拐された女生徒達は、一緒の場所で幽閉されている。それは男達に探りを入れて聞き、実際にその前を歩いてみたが、まるで牢屋のようだった。


 かなり広い部屋に窓のない鍵付きの部屋で、彼女達はそこで入れられている。

 地下一階。出入口の近くにある階段を下りると、すぐにその部屋につく。

 屋敷の地下全てがその部屋として作られていた。


 今までも何度もこのようなことを行っていたのか、広いその部屋には拷問道具も置いてあり、固まりこびり付いた血も所々に付着していた。


 彼女達の荷物は、他の場所に保管されている。その場所は洋館の二階、一番端の警備が厳しいところである。二階には洋館の持ち主である、冬の標的の男の部屋があり、一階の約三倍ほどの警備の厳しさだ。


 残りの部屋は黒服の男達の部屋らしく、一つの部屋には、それぞれ三人ずつ寝泊まりするらしい。

 だから今着ている服を頂戴した時、部屋に三人まとめていたのかと納得した。


 問題は、女生徒達の輸送の仕方だ。

 バスはすでに壊れて道路に放置してきている。あれに乗って帰るのは不可能だった。


「……大型トラックがありましたね」


 ふと、洋館の正面に停められた大型車が浮かぶ。さらに問題なのは、その中に少女達と荷物が入るのかということだった。


「……何とか、なりますか……」


 ぎゅうぎゅうに詰めれば何とかなりそうだと思い、考えを打ち消した。

 冬は個室から出、別に用を足したわけでもないのに手を洗う。


「……」


 洗面所の鏡に映る自分を見つめると、やはり自分にはサングラスは似合ってないなと思いながら、ポケットの中に詰め込んでいた帽子を取り出し、それを深く被る。

 サングラスを取ると、それをゴミ箱に投げ捨てた。


 サングラスが、ゴミ箱の底にぶつかった頃には、冬の姿はトイレにはなかった。








「……うっ!」


 二台の大型車の周りで警戒していた男達が一瞬呻き声を上げ、頭部を地面に転がし絶命した。


「……な~んや。ここが会場かいな」


 学生服を着た男が姿を現す。

 冬と同年代の、まだ顔に幼さの残る、頬にそばかすがある少年だ。


 男はため息をつき、その場に転がる男達の頭部を掴むと、茂みの中に投げ込んだ。

 同じく頭部の亡くなった体を、重そうにずりずりと引き摺り茂みへ隠していく。



 夜風が吹き、それが辺りの木々を揺らした。

 誰もが体を丸め、目を閉じる冷たさ。


 そこに人がいれば、その人は目を疑うだろう。

 目を閉じたその一瞬のうちに、風と一緒に、エントランスから少年は消えていた。





 次に男が姿を現したのは、洋館の大きな玄関ホール。


 大きな玄関ドアが開け放たれ、玄関ホールの中で警備をしていた黒服の男達は、すでに絶命していた。

 そこにまた、少年が一人立っていた。


「二次試験資格者。第二位。立花松。試験開始するで。……あ、もう始めてもうてるわ」


 ぼさぼさなのか整っているのかわからない黒髪を靡かせ、少年は玄関から入ってくる風とともに姿を消す。


 彼が姿を現し、消えたときには血の海と、同じような格好をして中腰で座り込む無言の黒服の男達が残るだけだった。



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