第22話:屋敷

 少し離れた森のなかに、大きな洋館があった。


 その洋館の前には何もないエントランスがあり、見覚えのある車が停まっている。


 その中から、ぞろぞろと黒服の男達に連れられ、女生徒達が現れた。中には抵抗し無理やり外へと出される少女もいる。


 よかった。まだ、何も起きていない。


 そう思うが、彼女達の状況が好転したわけではなかった。


 やがて、その場は静かになる。少女達が一人残らず、洋館の中へと連れて行かれたのだ。


 その一部始終を隠れて見ていた男――冬は、その場から姿を消す。






 次に冬が姿を現したのは、三階建ての洋館の、二階にある一室。


「はっ!? お前どこからっ!」

「何者だっ!」

「窓からですが」


 その部屋内には、三人の男がいた。

 男達は冬の姿を見ると同時に、ポケットの中に手を突っ込み、サイレンサー付きの銃を取り出し冬に向ける。


 しかし、銃を向けたその先には、冬はもうすでにいない。

 そんな隙だらけの予備動作を呑気に待つほど愚かでなければ、殺傷する武器を取り出すのを指を咥えて見ているようなことはしない。


 一人の男の背後に現れると、他の二人は慌てたようにその男に銃を向ける。


「や、やめ――!」


 そう、冬の前にいる男は言うが、言葉が言い終わる前に、男達の引き金は引かれていた。


 銃声は二発。いずれも音としては微弱。


 二発の弾は男の体に吸い込まれるように消えていき、同時に、両手を前に突きだし制止を求めた男の体をびくっびくっ、と立て続けに痙攣させる。


「あっ……」


 撃たれた男がふらりと揺れ、ゆっくりと崩れ落ちるように地面に倒れていく。その後ろにいる侵入者に再度銃を向けるが、そこに人はいない。


「ど、どこ――ひゅぐっ」


 隠れる場所もないこの小さな個室のなかで侵入者を探していた一人が、首になにかが触れる違和感を感じた時にはすでに体は床から浮き上がり。


 冬の『糸』は男の首に輪になって絡まり、締め上げ、ぐきりと小さく音を鳴らし、一瞬にして男の意識を刈り取った。


「ひっ!」


 しゅるりと音を立てて、男の首から銀色の光が一点へと戻っていく。


 宙に浮いていた男が、ごとりと何の受け身も取らずに床に力なく倒れていく光景に、残った黒服の男は恐怖に声をあげた。


「静かにして頂けるなら、優しくしますよ」


 何を。

 何を優しくされるのか。


 いきなり現れて、仲間を殺しては消える目の前の中国服の少年の、口元の笑みに、どうせ殺されるのだと理解した。



 自分の手には引き金を引くだけで人を殺傷できる銃がある。

 だが、その人を殺すことが容易であるはずの銃はかたかたと震え、こんなにも弱々しいと思えることはなかった。


 恐怖に顔を引きつらせ、一瞬で絶命し、泡を吹き出し倒れる男と目が合い、男は銃の引き金を引いた。


 銃弾は目の前の少年を貫き殺そうと、目で追えないスピードで進んでいく。


「……へ?」


 銃弾は二つに割れ、少年の左右を通りすぎて壁に二つの跡を残す。


 糸を全面に出し、目に見えない早さの銃弾を切り裂いたのだ。


「後始末が大変なんですから、もう少し何とか血を出させずに倒したいですね……」


 冬が腕を振るうと、赤い花が咲いた。








 すぐに死んだ男達の死体の服を脱がせ、裸になった男達を窓から投げ捨てると、どさりと、周りに気づかれない程度の音が鳴る。


 血が付着していないかどうかを念入りに確かめ、付いてない衣服を今着ている服の上から着ると、バスジャックした黒服と同じ姿になった。


「ワイシャツは……無理ですか……」

 

 血が付着したワイシャツを最後に窓から捨てサングラスをかける。どこから見ても黒服の男達の仲間と変わらない姿に。


「……行きま――」


 そう冬が呟いた瞬間、こんこんっ、とドアがノックされる。


 思わず身構えるが、警戒されては困ると思い、すぐに構えを解いた。

 ドアを開け、同じ格好をした男が現れる。


「どうした?」

「い、いや、何でも……」

「今すぐホールに集合だそうだ。どうやら、貢ぎ物が到着したらしい」

「……ああ、わかりま……わかった」

「早くしろよ」


 そう言うと、男はドアを閉めて去っていく。


「……はぁ……」


 生まれた頃からの言葉使いを変える事が少し難しかった。元々、冬は偉そうな言葉では喋るのが苦手なのだ。


 冷汗を拭う仕種をしようとすると、再度ドアが不意に開く。


 びくっ、と見れば分かるような驚きかたをして、冬は一歩後ずさった。

 辺りに『糸』を撒き散らし、迎撃の体制を。


「言い忘れたことがある」


 男がドアの隙間から顔を出し、訝しげに冬を見た。


 慌てていることに気づかれた。

 失態だ。


 冬はこの場をどう切り抜けるのかを考える。


「な、なんだ」


 どくんどくん、と心臓の音が高鳴る。

 いつでも目の前の男を倒せるよう、糸は緩やかに辺りに流れ、発動準備が整っていく。


 だが、男は部屋の外で、ドアも顔を出す程度に開いているだけ。

 もし、この男を殺そうと考えた場合、外の通路に血が流れる。


 それは、すぐに侵入者がいることを知らせ、冬が今から行う行動の難易度が跳ね上がることを意味していた。


 殺すなら、血が流れないように、この部屋に誘き寄せるしかない。


 ぐっと、手を握りしめて糸を集束させていく。


 狙うは、男の首。

 絡めて、引き寄せ、折り殺――




「チャック、開いてるぞ」




 男はにこやかに冬の股間を指すと、笑いながら去っていった。


 冬はシーンとした空気の中、自分の股間を見る。


 チャックが、全開だった。


「……ありがとうございます……」


 思わず、冬の目から涙が溢れ、部屋内に散らばる糸が、ひゅるひゅると力なく床へと落ちていった。

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