第21話:試験の始まり


「……んっ……」


 辺りは暗い。

 目を開けると、彼は妙に堅い椅子に座っていることに気づいた。

 周りは細長いギアチェンジ用のシフトや、サイドブレーキであろう鉄の棒に囲まれており、コックピットのようだと意識を覚醒させながら思う。


 意識をはっきりさせる為、頭を左右に振ると、被っていた帽子が目の前の大きなハンドルの上に落ちた。


「おお~……」


 自身のこめかみの辺りに触れる。

 傷はない。

 落ちた帽子を拾って内部に仕込まれた特殊な鉄を取り出してみる。

 その鉄には、実弾がめり込んでいた。


 別に始めて見たというわけではない。しかし、いつ見ても驚きの声が出る。もし、この特殊な鉄が普通の何処にでもある鉄だとしたら、この実弾は彼のこめかみにめり込み、彼は絶命とまでは行かないかもしれないが、苦しみながら死んでいただろう。


「……さて、と……」


 辺りは静か。一人しかいない。


 先ほどまではあんなに楽しそうにしていた乗客はおらず。その後に訪れた悲鳴も聞こえない。

 彼は壊れた出口から乗り物を降り、空を見上げる。


「……僕の住む所では、見れないような光景ですね」


 そう言えば彼女達も明るい時に辺りの光景を楽しそうに見ていたと思い出し、誰もいない場所で呟いてみる。



 彼女達ももし無事であれば、この光景を一緒にみていたのでしょうか。



 彼が見上げた先にあったもの――それは夜空。

 その夜空に、宝石のように散りばめられた星。あまりの多さに、周りの暗ささえ明るく見えてしまうほどのその数に、まだ本調子ではない体を冷たい地面に横たわらせ、じっと見つめてみる。


 このような光景は、これから先見れるのだろうか。


「水原さん、先程言ったことは本当ですか?」


 誰もいないはずの近くの森の中へ。彼は声をかけた。


「……驚きました。気づいていたのですね」


 その森の中から、ふわりと羽毛が落ちるように、女性が現れる。


 頭にはメイドの象徴ホワイトブリム。

 黒を基調としたエプロンドレス。

 その上に、フリルの着いた穢れを知らない純白のエプロン。


 その瞳はカラーコンタクトでもしているのか、赤く輝く妖艶な美女がそこにいた。



 間違いない。

 冬はその姿を見て思う。


 その美女のその服装――洋風のクラシカルタイプのロングのメイド服を着る美女は。


 どうみても、メイドだ。



「すごい格好ですね」

「これが本来の私です。おかしくはないでしょう? 御主人様のお気に入りですので、この姿を馬鹿にするなら、御主人様を馬鹿にするのと同義です。……次言ったら、殺しますよ」


 かちゃりと、右腕の肘辺りに添えた左腕が、音を鳴らした。

 そこに武器があるとしても、殺すと宣言されて、その御主人様という存在を知らないし、そんなことで殺されても困ると彼は焦る。


「お名前も、偽名ですか?」

「いえ。本名ですよ。やっと御主人様のお名前を頂けたのに、それ以外を名乗る必要がありません」 


 御主人様って、誰……?

 御主人様って呼ばせているその人の趣味なのでしょうか。


 近くに姫がいることには気づいたが、その姿と謎の主人を語る姫に、彼は困惑することしか出来なかった。


「あなたは、裏世界の関係者ですか?」

「ええ。あなたが死亡した時の、後任として。後は、あなたが生きていた後の後始末をする役目を担っております」

「後始末?」

「誘拐犯の暗殺が後任任務。私とあなたの乗っていたバスの運営会社の殲滅が後始末です」


 姫の言葉に、やはり先程耳打ちしてきたことは嘘ではなかったと思う。


 この襲撃に、裏世界は――殺人許可証試験関係者は関わっていない。

 表世界の有力な権力者が起こした暴走。

 大規模な誘拐を起こして裏世界のせいにして、自身の欲のために女生徒達を誘拐した。


 たった、それだけの目的のために、このような大掛かりなことを行ったその権力者に、いい迷惑だと思わずにはいられない。


 とはいえ、その迷惑に、すでに知り合いが巻き込まれている。

 助ける気は最初は彼にはなかったが、助けてあげたい。と、そう思ったのは本心だった。

 それだけの力があり、これから関わらなくなるのであれば、よくしてくれた人達には最後の恩返しだけはしておきたい。


 これからの自分の進む先。その先では、彼女達と会うことはもうないのだから。


 彼はそう思いながら、自分のこれから行う目的を確認する。


 首謀者の暗殺。

 そして――彼女達の救出。


 試験官からは救出はしなくてもいいとは言われていたが、それでもその中に知り合いがいるのであれば救出はしたい。


 逆に、取得のプラスになることもあるだろう。


 甘い考えかもしれないが、それでも、彼は助けることを決意していた。


 数多の人を殺し、血に汚れても。彼はまだ、裏世界の住人ではなく、死が隣り合う裏世界に染まってはいなかった。



「さて。あなたがこれから生き抜いた場合には後輩になるのですから、名乗っておきましょう」


 姫がそう言うと、ゆらりと残影を残してゆっくりと消えていく。


「私の名前は、水原姫。B級殺人許可証所持者、弐つ名は『鎖姫』。また、会いましょう」


 これから後始末と言っていたバスの運営会社を殲滅に向かったのだろう。

 自身を殺人許可証所持者と名乗る姫の残影は、消えていく。



「先輩……でしたか」



 自身が死んだときの事件の後処理の為に来ていた姫がいた場所をじっと見つめながら、


「……そろそろ行動を開始しますか」


 ゆっくりと立ち上がる。


 彼は立ち上がり、荷台を開ける。中には女生徒の荷物の入ったボストンバッグが入っていたはずだがそれはない。

 その荷台の中に隠してあった彼の荷物が一つあるだけだ。


 ごそごそっとその荷物の中から必要なものを取り出す。

 中国風の黒い衣服を身に纏い、最後に帽子を取り出し、深く被ると準備は完了する。


「永遠名冬。試験開始します」


 彼――冬は隠れているもう一人の殺人許可証所持者にそう伝え、闇の中へと消えていった。

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