第11話:追跡者
審査員から離れて数時間が経ち。
冬は森の中で隠れていた。
あの審査員の気配は元から感じられないが、どうせすぐ傍にいるのだろうと、彼のことを考えることを止めた辺り。
「……やっぱり、あの殺気は、彼等のものではなかったようですね」
冬は再度、試験開始時に感じていた気配に襲われていた。
追跡者が、傍にいる。
審査員と話した時に気配は感じられなかったのは、彼と冬には圧倒的な力の差があったから。
彼の殺気を見ずに、冬などあっさりと気づかぬうちに殺すことができる程の力の差があるのだから、彼から向けられるものではないと、冬は判断していた。
それであれば、幾つかの選択肢が現れる。
受験者を減らすためにこの場に放たれた殺人許可証所持者か、冬と同じく、この場で受験者を狩り続ける受験者か。
冬は後者と考え、動くことは危険と感じ、近くの大木を背後に辺りの気配を探る。
「……違いますが、これは……」
追跡者とは別の気配が近づいてくることに気づき、冬は寄り掛かっていた大木から離れてこの場から去ろうと、奥深くへと。
「……事前に、調べておけばよかったですね」
冬が進んだ先には、崖があった。
向こう岸には流石に降りて向かえないほどに深く、先は周りの木々に遮られた暗闇のためか、暗くてよく見えないほどに深い。
飛び移ろうと向こう岸をみると、勢いをつけて飛び移れないほどの、丁度よい距離。
冬の武器を使えば渡れそうではあるが、向こう岸につかなければその準備も出来ないので意味もない。
戦うか、身を隠してやりすごすか。
すぐに判断しなければならない状態ではあったが、冬はすぐに身を隠すために近くの木の上へと避難した。
一人であれば何とかできそうではあった。
だが、相手は――
「……彼等、殺し屋だよ」
「!」
背後から声がし、冬の姿は避難した木の枝から消え、別の大木の枝の上に現れる。
だが、先程まで冬がいた場所の近くに人の姿は見えない。
「早いね」
「っ……!」
冬のすぐ傍の木の枝に、人の姿があった。
冬と同じく、高校生くらいの外見の少年だ。
ここまで近づかれるまで気づけなかったのだ。今更隠れても仕方ないと思いながらも、息を殺し、両手を交差させ自身の顔の前に持っていく。
いつでも武器を発動させる準備は出来ていた。
「警戒しないで欲しいなぁ」
少年が敵意がないという意志を現すように両手を挙げる。
互いに見つめ合うこと数秒。
にこにこと出会ったら殺しあうようなこの場には場違いのように笑顔を絶やさない少年に、冬は警戒を解くことは出来なかった。
確かに殺気はない。
だが、その挙げた両手に、冬と同じように武器を仕込んでいたなら話は別だ。
この場では、油断をすればすぐに死が近づく。
「時間はないけど。少し、話をしないかい?」
少年は細められて開いているのか分からない目を、ほんの少しだけ開けた。
紫の。紫の両の瞳が冬を見つめる。
彼に見つめられた時、冬は気づく。
彼が、先ほどから自分に向けて殺気を放っていた人物だと。
間違いない。冬は確信していた。
目の前の少年は、自分より強い。
事前の準備があれば勝てるかもしれない。
でも、今は事前準備もしていなければ、例え勝てたとしても、その後が続かない。
「……僕に、何か用ですか?」
ならば、その話というものを聞きながら、体力温存し、機会を伺うべき。
冬が目の前の少年へと近づくと、「ありがとう」と少年はお礼を言った。
「……ずっと見てましたよね」
「……試験が始まってから、僕は君を見ていたのはばれてたのかな」
「……見て、隙があれば殺そうと? 流石にあれだけ殺意を向けられていれば敵だと思うかと」
冬は然り気無く辺りに罠を張るため、指をほんの少し動かしながら聞いてみる。
「あの殺し屋達を二人相手にするのは少し骨が折れそうだから。近くで戦えそうな人を探していたんだ」
「先程も殺し屋と言っていましたが、殺し屋がなぜ、殺人許可証の試験に?」
冬の罠は、少しずつ少年へと。
包囲網のように全方位から狭まっていく。
「目的があるようだけど、知らないよ?……ただ、彼等が紛れ込んだから、こんなにもやりづらい試験になったんだと思う」
少年が言った内容に、冬は思案した。
試験開始前にいた、一回り以上年上の受験者二人の会話を盗み聞きしたときのことを思い出す。
『裏の人間が来ていないなら俺達にもチャンスはありそうだ』
殺し屋が紛れ込んでいた。
だから、殺人許可証所持者が森に放たれた?
ついでに、受験生を減らすため?
あの二人が、まさか、殺し屋だった?
だから、自分達にチャンスがある、と?
まるでそう言っているかのような少年の言葉に、納得ができた。
殺人許可証取得試験に、先輩達である殺人許可証所持者が出てくるのがおかしいのではないか、と。
「彼等のせいで格上に追われているんだ。痛い目見せたいじゃないか」
少年が目を細めながら、何もない場所に指を添えた。
「なんで、僕を?」
その何もない場所は、冬が先程、罠を張った場所だ。
「歳が近そうな人、あの場に少なくて。……君がどうやって戦っているのか興味も湧いてさ。生き残るなら、互いに組んでみたらどうかなって。そんなこと考えてたら睨むように見ちゃってね」
ぴんっと音を立てる、冬が話の合間に張った罠を、見えているかのように、いとも簡単に解く少年。
僕の武器がすでに知られている。
その行動に、冬は愕然とした。
冬の武器は、気づかれてしまうと殺傷力が半減する類いのもので、暗殺や強襲に向く武器だ。
それらが、全て無駄と言われたかのような少年の何気ない行為。
見ていた。
その意味が、よく分かった。
「……組む?」
「そう。……僕と、コンビを組まないかい?」
ほんの少し切れた指先を「切れ味いいなぁこれ。どこで手に入れたの?」と笑顔で驚く言葉を冬に伝えながら紫の瞳がまた冬を見つめ出す。
ここで選択肢を誤れば、死ぬ。
紫の瞳に射止められた冬の背中に、冷たい汗が流れていく。
……勝てる気が、しない。
この少年と、組むしかない。
正面には、頭の天辺に書道の筆のような癖っ毛を束ねた髪が特徴的な死神。
背後には、その少年が骨が折れそうという、殺人許可証所持者がこの受験に投入される切っ掛けとなった殺し屋。
選択は、一択しかなかった。
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