第12話:共闘
「君と戦うのも生き残る自信はないし、君と戦っている間には彼等が来ると思う。そうなると、二人とも生き残る確率は下がるだろうね」
さらりと、嘘をつかないで欲しい。
この目の前の少年から目を離すことも出来ず、冬は帽子に隠れた瞳で見つめ続ける。
この少年は、『骨が折れる』と言っているだけで、一人で倒せないとは言っていない。
実際、倒せてしまうだろう。
僕を倒せないなんてことも嘘。
裏世界を歩むというのは、こんなにも過酷なのかと、冬は自身が人を殺し、アドバンテージがあるかのように感じてしまっていた優越感をへし折られた気分だった。
審査員が冬の前に姿を現さなければ、人を殺すと言う禁忌の重圧に潰され。
この少年と会わなければ、自分がそこまで強くないことに気づけなかった。
こうやって、自分より強い存在に会えたことが幸運で。会って、戦わずに見逃してくれたことや、仲間に誘ってくれていることが奇跡に近く。
だけど二人から感じる強さに。
まだ、自分には強くなるための伸び代がある。
そう感じることが出来た。
ここを生き残れば、もっと強くなれる。もっと裏世界へ入り込める。
もっと、目的にも近づける。
冬は、先に自身の武器をあっさりと見破られたこともあってか、目の前の少年に敵意を向けることを止めた。
「……僕に、できますかね?」
少年の周りに張った罠を戻しながら、冬は少年に答えた。
少年の頭で筆のようにゴムで結ばれている髪が嬉しそうに揺れる。
「よかった。断られたらどうしようかと思った」
「断れるほど、生き残れる状況じゃないですよ」
この少年を、もし倒すとしたら。
近づいてきている殺し屋二人を味方につければ何とかなるかもしれない。
だけど。それは博打だ。
気配が見えない。それは、彼の強さを示している。
黒装束の審査員レベルとは言わないが、近しい技術を持っているなら、いくら三人で戦っても勝てない確率の方が高い。
ならば、仲間として、組む方がいい。
信頼できるかどうかは別にして、その力を借りて生き残る方が効率的だと冬は判断した。
だが、もう一つ、問題がある。
冬は無言で、少年を見据える。
それが、先程の、少年への問いかけだった。
冬自身が、今から来る殺し屋を、倒せるのかと言う問題だ。
「もちろん。君なら殺れる。もちろん僕も。……ただ、二人を相手にするのは辛い。だから一人、相手してほしい。頼めるかな?」
少年が笑みを見せる。
その笑みは、対峙してから常に絶やされない笑みとは違い、とても純粋な想いの籠った笑みだった。
「……わかりました。引き受けます。……ただ、僕が危ないときは助けて貰えますか?」
「それは、こっちの台詞かもね」
手を差し出しきた少年に、冬も手を差し出し、握手する。
「……でも、どうして僕を?」
「僕と歳が近いから、かな?」
「……本当に、それだけですか?」
「さっきも言ったけど、気になったんだよ。だって、こんな武器を使う人、初めてだったからね」
先程触って切れた指先を見せながら嬉しそうな少年に、少し呆れてしまう。
「面白い人ですね……」
「君もかなり面白いと思うけど?」
苦笑いを浮かべながら答え、共闘することになった少年と、殺し屋達が出てくるであろう木々が生い茂る隙間を見た。
「……俺達を、お捜しかな?」
自分達より上から。
降り下ろされる、鋭利な武器。
「くっ!」
二人は、堪らずその場から飛び、地面へと着地した。
話に夢中になっていたのは確か。
だが、まさか大木の中腹辺りにいる自分達より上に上がり、上から降り落ちてくるとは思ってもおらず。
冬からしてみれば、このように近くに来られることが致命的なので、痛恨の痛手だった。
「よく逃げたな。子供だから動きが早いのかね」
「おいおい、それだと俺達がおじさんみたいに聞こえるじゃないか」
「……いや、おじさんだろ?」
二人がそっと近づき、互いを守れるように隣り合うと、大木で会話をしていた二人が降りてきた。
降りてきたのは、先ほどまで近くを歩いていた受験生の二人。
やはり、冬が受験開始前に盗み聞ぎした、二人の高年齢の男性二人だった。
この少年が言うには、この二人は殺し屋だ。
すでにこの受験前から殺しを経験している実力者ということになる。
表で人を殺したことがある。というレベルではないようで、気配を悟ることも出来ずに近くに来られたことから、裏世界ですでに活躍している殺し屋なのではないかと脳裏をよぎった。
それでなければ、あの時周りを見て表と裏の人間を見分けることもできないのではないだろうか。
「……大丈夫かい?」
「ええ、何とか……」
隣の少年が冬を心配そうに声をかけてくる。
「……君は、どちらを相手にする?」
「そうですね……」
冬は先ほど襲ってきた際に使われた男達の武器を見る。
冬が惨殺した七人の男達と同じ剣を武器としているようで、片方の男は両腕から、片方は片腕からそれぞれ白銀の刃を現わしていた。
暗器。
簡単に言えば、隠し持つことができる武器のことをそう呼ぶ。
カタールと呼ばれるインドで使われていた刀剣を、手首に装着できるように改良・コンパクト化したものが男達が持っている武器であった。
付けているのか分からないほどの軽さと、手首から肘にかけて装着していても、服の上からでは分かりにくいため、裏世界では一般的に愛用されているものである。
だが、そんなことは冬は知らない。
基本、冬は裏世界の情報をほとんど知らないからだ。
少年の腕からも生えているそれを見ながら、自分も持っていたほうが接近戦も行えると考えながら、どちらの相手をすべきなのかを考える。
両腕と片腕に装着している違いがあるだけでどちらも強敵に思える。
そもそも、こうやって見ていると、どちらも強そうで、本当に冬が相手にできる敵なのかと不安でしょうがなかった。
「どちらを相手にしても、何ら変わりはありそうもないですね」
思わず、ぼそっと呟いた冬の言葉に、殺し屋二人は怒りの形相に。隣の少年は軽く笑い声をあげた。
なぜそのような表情を浮かべたのかは冬にはさっぱりわからなかった。
なぜなら、冬からしてみれば、『どちらも強そうで、どちらを相手にしても苦戦しそうだから変わらない』なのだが、この場でその言い方は反対の意味に捉えられると至らない相変わらずの冬が発動した。
「じゃあ、僕は左を相手にするよ」
理由は、冬の右に少年がいたからだ。
「……それでは、僕は右を」
冬達が互いの相手を見ながら一歩進むと、殺し屋達もにやつきながら同じく進む。
「お前はそっちを殺れ。俺はこっちを殺る」
片腕から刃を生やした体格のいい男が、自分とは正反対の、両腕から刃を生やすひ弱そうな男に指示を出す。
互いに自分達の死闘の邪魔にならないよう、少しずつ左右に分かれ。
その場に、四人はいなくなった。
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