第10話:許可証所持者
この男は、自分を殺しに来た殺人許可証所持者なのだろう。
自分が命を軽んじて簡単に仕留める為だけに執着していたことに、バチが当たったのだろうと、なぜかそう思ってしまっていた。
気配を感じ取ることに長けていると自負してる冬に、気配を悟られず近寄れる存在であれば、どこでだって、いくらでも殺すことができるのだ。
つい昨日まで一般人だった自分と、この男では――殺人許可証所持者だと仮定し――実力の差が、あまりにも開きすぎていた。
「油断してな、何度か見失った」
油断。
そのような物は冬には感じられなかった。
いや、感じられるほどの土俵にさえ、辿り着いていないのだと、すぐに察した。
座っていても油断していても、お前のような初心者は余裕で縊り殺せる。
まるでそう言っているかのように座って冬と会話をする黒装束の男。
どのようにして自分の命を守れるだろうか。
周りの噴水のように、自分も同じ道を辿るのではないだろうか。
実力の違いに、自分が一般人となんら変わらないという現実を知り、裏世界ではこのような実力者がごろごろいるのかと、生き残れた後のことを考えながら、冬は両手の武器を動かす準備をする。
まだ、死ぬわけにはいかない。
だけど、この男と戦えば、死ぬことは変わりない。
逃げることさえできないだろう。
せめて。一矢報いたい。
自身が裏世界に行く目的さえも忘れてしまうほど、この男と相対し、ただ戦う。
冬はそのことだけしか考えていなかった。
「……まあ、そう怖がるな」
怖がる。
かけられた言葉に、冬は自分の体が震えていることに気づいた。
死にたくない。
死にたくないのに。死にたくないから、そう思っていたはずの人を殺し続けた。
先程まで感じていなかった命の重みを、少しずつ、理解していく。
自分と同じく、殺してきた彼等も、同じように思っていたはずだ。
ここに来て、死ぬなんて思ってもいなかったはずだ。
なぜそんなことを、忘れてしまっていたのか。
なぜ今、この男を相手にし、死のうとしていたのか。
男の言葉に、自分が何を思っていたのか自問する。
「麻痺、するのさ。人を殺し続けると。それが作業になる。だけど、我に帰ったとき、人を殺したことに心が苛まれる。それをこの試験で感じ取れればいい」
この試験で人を殺す意味。
誰もが通る道。
そう、黒装束の男は言った。
なぜ、このようなことを伝えてくるのか。
ただの圧倒的実力者の戯れに付き合わされているのであれば話は別だが、冬はこの男が敵ではないと少しずつ思い始めていた。
もし敵意をもった相手だったのであれば、とっくに殺されていてもおかしくなく、もしかしたらすでに自身の体は黒装束の男が手に持つナイフで切り刻まれているのかもしれない。
敵ではないと思い出しつつも、思い浮かんでしまったその考えに、体をこっそりと触ってみる。まだ生きていると生存確認ができた。
まだ、生かしてもらえている。
であれば、会話をしていけば、この場を逃げ切ることができるかもしれない。
「そんなこと、教えていいのですか?」
「本来は自分が気づいていくことで、教えてはいけないが?」
「……はっきりと、教えていますが?」
「まあ、気にするな。受からなかったら無駄だしな」
気にしたら潰される。
気にしていたら、この先死ぬのは自分。
まるでそう言っているかのように、黒装束の男の言葉がすんなりと入っていく。
その黒装束の言う言葉の一つ一つは、
助言。
そのようにも思え、まさしく、冬が今もっとも欲しいものだった。
殺した先にある裏世界への道への誘い。
――自身の目的を再認識した。
殺した先のことを考える必要はない。
――作業的に殺してきた冬の心が、少しだけ救われた気がした。
ただ、それは「気がした」だけであり、救われるわけではないことは分かっている。
これからの心構えを教えてくれる黒装束の男が何者なのかと、興味が湧いてきた。
そして、彼が敵ではないことに安堵した。
ただ、男が立ち上がった時には、流石にまだ油断はしていけないと思い、身構えることは忘れない。
黒装束の男は、話している間に体中の血液を出し尽くしたかのように、ごとりと倒れた女性の体に近づき座り、検分するようにその切断面を見出した。
「ふむ。……この斬り口。……君は、一体何を武器として、彼等を斬ったのか」
少し驚いた口調で、男は聞いてくる。
目の前に、殺人許可証所持者がいる。もし、この男が敵であれば、間違いなく殺される。
だが、ただの好奇心だけで聞いてきているその男に対して、冬もすでに敵意は持ち合わせていなかった。
そして、これまでの会話の中で、冬は黒装束の男の正体を、少し理解し始めた。
「それは、審査の対象になる質問ですか?」
彼は正規の受験者を殺す為この場に放たれた、殺人許可証所持者ではない。
「まあ、審査の対象にもなりえる、と言いたいところだが」
彼は、正規の受験者の、審査員だ。
あの時、わざと冬に気配を感じ取らせるようにしていたのは、自身の受け持つ受験者がこの気配に気づけるかを見ていただけであった。
これは第一試験。
どれだけあるかは分からない試験の一つであり、生き残った受験者を、次の試験でどのように動かすかを報告する審査員の一人だ。
言うなれば、冬の担当審査員である。
「単なる興味だ」
「であれば……秘密、です」
だがそうなると、殺気を向けてきていた追跡者ではないとも冬は気づく。
審査員が傍にいるからといって、あの殺気を向けていた追跡者が見逃すはずがない。
冬は今、見晴らしのいい場所で狙ってくださいと言っているかのように姿を見せているのだから。
すぐさまこの場から隠れる必要がある。
冬は彼に軽く会釈をすると、目の前から陽炎のような残像を残して消えた。
「……なかなか興味の出る少年だ」
黒装束の審査員は、見晴らしのいい場所で一人呟き、笑みを見せる。
バーベキューコンロには、まだじゅうじゅうと焼かれて焦げかけたいい匂いのする焼き鳥がある。
「一度、組んでみたい、な。……生き残るといい。少年」
冬に興味を持った彼は、コンロの上にあった焼き鳥を掴むと、冬と同じように陽炎のように消える。
審査員が消えると共に、激しく風が吹き、止んだ頃には辺りにあった頭のない死体も何も、残っていなかった。
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