第3話 即発

「このままいけるんですか?」


ハオレンの不安そうな言葉に、フラゴラはまた笑う。


「大丈夫さ。意外とこの街はタフなんだ」

と、そこで車は止まる。


「野暮用を済ませてくる。あんたはこのまま駅へ迎え」

車に不安の色を隠せないハオレンを残して、フラゴラは街に降りた。


ビルの角、どこからか響く銃声。

走り去る車を見ながら、フラゴラも銃を抜く。


「さて、どうだ?」

「実行部隊は街の外で止めてる。ここにいるのは荒事の苦手な情報部員か、雇われのチンピラくらいだな」


どこから現れたのか、アンディがフラゴラのそばに立っていた。

その手には拳銃。その目は静かな殺気を放つ。


「で、何でここに?」

「たまには運動もいいかと思ってな」

フラゴラの手には二挺の拳銃。使い込まれたソレの放つ黒く鈍い光は、多量の血を吸ってきたことを示している。


「下に任せときゃあいいのに。」

二人はそのまま街を進み始める。行く手には数多くの黒服。


「運がよかったな。ココの担当は」

フラゴラの銃口が黒服を捉える。


「全員休めるぞ。永くな...!」


発砲。銃声。音が一つ響響くたびに黒服が一人消える。

その苛烈さは嵐のようで、その暴風からは誰も生き残ることはできない。


「荒事は得意じゃねえんだけどなあ」

隣でぼやくアンディも、正確に銃口を捌く。


「ま、運がなかったな」

銃声が響いて一人倒れる。黒服の発砲は当たらない。その射線上に、すでに二人はいない。


「こいつら!」「撃て撃て!」「クソ!なんなんだよ!」


黒服たちの対応が遅いわけではない。この二人の動きが速いのである。


「三下共が。遅いんだよ」

フラゴラは弾倉を変えると同時にまた射撃を開始する。


「はっはっはっ!さあどうしたどうした!撃ち込んで来いよ!」

踊るように跳ねる銃口。引き金がひかれるたびに吠えるソレは敵を確実に減らしていく。


「なっ」「増援は」「だっ、がっ。・・」


荒事に慣れてすらいない連中をかき集めたのだろう。

あっという間に黒服たちはぞの数を減らされる。


「さあどうした!前菜にもなりゃしねえぞそんなもん!」


その火線は敵を必ず捕らえ、地獄に送る。

手持ちの弾倉がすべて撃ち尽くされる頃には、黒服たちはその場に倒れ伏していた。


「市場の一番近く。各勢力の手勢が少ない。んでここが一番薄くなる。そう読んだな?」

アンディの言葉に、フラゴラは煙草を取り出すことで答えた。


「さ、別のお客さんだぜアンディ。鉄火場だからなあ」

視線の先には、応援に現れた連中がいる。


「こういうのは向いてないんだって。面倒だなあ」

背中合わせになった二人は、視線を敵に向けた




時間は少し戻って、夜中のルフトゥーンの街の入り口。

戦線基地がおかれ、町に入ろうとする実行部隊はここで押しとどめられていた。

森の奥。実行部隊は、ただのマフィアである雅楽一派を突破すら出来ていなかった。


「第三から本部。駄目だ、この先はっ、がっ」


戦闘の集中するエリアに回り込んでいた、実行部隊の一人が頭を撃ち抜かれた。


「ここはウチのシマだ。勝手してんじゃねえ」


そこに立つのは、赤い服に身を包んだ女とその配下。

軍人崩れを擁し、その勢力はもはや国家と噂される部隊。

これが、「マウドー」すなわち雅楽一派だ。

そして、ここにいるのはその中でも精鋭部隊、「フゥヤ」である。


「こいつら!?」「はっ!何ができるその程度!」「殺せ殺せ!!」


沸き立つ軍人たち。その手が引き金を引く。

沸き立つ銃口と構成される火線。しかし部隊の誰もがその身をかわす。


「ぶった斬れ」

「応ッ」


狐面の男が前に飛び出す。手にした刀が銃を持ったままの両手を切り落とした。


「ぐあっ」

血をまき散らしながら吹き飛ぶ体を蹴り飛ばし、その次の目標に切りかかる。


その間を抜けるように、正確な三点射が隙間を抜けて他の軍人を吹き飛ばす。


更に遠距離。

此処からは霞のようにすら見えない場所から、轟音が響く。

後方から狐面を狙撃しようと狙っていた男が吹き飛ぶ。

わずか数瞬。銃声の響きが終わらないくらいのうちに、その場は制圧された。


「さて。戦線も制圧する。続け」

「「「了解」」」


音もなく散開する配下。その視線の先には、ちょうど戦線の右翼がある。

指揮官である雅楽はその場で膝立ちに銃を構えた。

森において雅楽を中心に舞台は散開すると。ゆっくりと「狩り」にかかる。

戦線にいる実行部隊は、まだコチラを認識できていない。


「LMGなんざ持ってきたのは誰だよ」

「火力がいるだろう?」

ひそひそと、雅楽隊の連中が話す。その態度からは余裕が感じられる。


「くっちゃべってんじゃねえ。かかるぞ」


別の隊員が一言掛けると同時に、全員の目が殺気を纏う。


『オオカミから赤へ。オオカミから赤へ。配置よし』


全員の耳のイヤホンから音がした。


「シャンパンに合わせる。始めろ」

雅楽が言葉を吹き込むと同時に、轟音が響き、戦線の敵が数人吹き飛んだ。

後方から、大口径ライフルによる狙撃支援が行われているようだ。


「シャンパンは開けた!はじめろぉっ!」


全員が小銃の引き金を引き、戦端が開かれた。


「なんだ!?」「敵しゅ、ぐあっ」「側面から回り込まれてる!!」


実行部隊はようやく「フゥヤ」の襲撃に気づいたようだが、すでにもう喰われていることには気づけなかったようだ。


「咬み千切れ」

「「「了解」」」


雅楽の指示に、部隊が前進する。


互いが互いの援護できるポジションに身を置き、その様は一個の生き物のようである。


「おらおらっ!どうした軍人さんたち!?」


先ほど軽口をたたいていた男が軽機関銃を撃ちながら前進する。


「やらせるな」「ぐあっ」「どこから!?」

軽機関銃の火線がが延び、それを目印に後方から大口径ライフルが吠える。

圧倒的な火力の前に、その前に立つ連中はなすすべなく崩れ落ちる。

「火点をつぶせ!」「前に出ろ前に!」

何人かが機関銃を潰しに出る。しかし、その前に立ちはだかるのは狐面の男。


「お相手しよう。短い間だがな。」

抜かれた刃は、月光を受けて煌めいた。


「カタナだと!?」「くそっ!殺せ!」「なんなんだよクソったれ!!」


狐面の男は、身を低く射線をずらし、それこそ零距離で刃を相手に叩き込む。


「温い。やはり戦争で・・・・」

狐面が残念そうにつぶやいた。

彼を狙う銃弾は、彼自身がことごとく躱している。


「疾く死ね」

煌めく白刃が吠える。それは実行部隊の軍人たちの命を切り取っていった。


「知っちゃあいたが雑魚ばかりだな」

未だ混乱から立ち直れない実行部隊は、ただ弄ばれていた。


「しかしまあ、ウチのシマに手えだしたんだ。お代はいただくさ」

片手の自動小銃が火を噴き、標的にされた軍人たちは倒れ伏す。


「テメエらの命でな・・・安いか」


それはもはや、一方的な殺戮でしかなかった。

もとより正面の戦線に釘付けにされていた部隊である。そこにこの側面からの奇襲。

あっという間に瓦解し、その死体を森にさらすことになった。


瓦解し、全滅した敵部隊。

山と積まれた死体の前に、戦線で全面を引き付けていた別部隊が「フゥヤ」のほうに近づいてきた。


「どうやらこれくらいか?味気ないねえ」

森のほうから出てきた彼らは、この街の入り口を守護する部隊の一人だ。


「その割には手こずってたじゃあないか。」

懐から取り出した煙草をくわえて、雅楽がからかう


「ひきつけておいたのさ。ヒメサマの舞台を汚すわけにはいかないしなあ」

雅楽の煙草に、男は火をつける。そのあと自分も煙草をくわえた。


「後はどう畳むか、ってとこだな」

「その辺は、いけすかねえCIAとホモ野郎に任せるさ」

二人の吐き出した紫煙が、ゆっくりと宵闇に消えていく。





時間は戻り、ハオレンが逃げている頃。


「クソ!?どうなってる!?なぜこんなことになっている!?」

ルフトゥーンから10キロ辺りのところ。地下のバンカー内で男が吠えた。


「やつを殺して!コードさえ奪えばいい!そうだったはずだ!」

目の前の机の上。並べられたグラスを飛び散らして男が叫ぶ。

男の周りにいる兵士たちは、当惑した顔で男のほうを見る。


「なぜ、こんなことに!街一つ落とせんのか!!」

彼は中央連邦の将校である。崩壊した国において、自身の勢力を確たるものにすべく、

今回の作戦の指揮にあたった男だ。


「し、司令官、ら、来客です」

「後にしろ!!」


激高する男に、当直の兵士が告げる。


「し、しかし・・・」

「失礼しますよ、司令官殿」


当直の兵士を押しのけて、二人の男が現れた。


「上手くいってはいないご様子で。いやはや大変ですな」


そこに現れたのは、黒い軍服を身にまとう男。その後ろには、緑の軍服の男が従っている。


「き、貴様!?なぜここに!」

「どうも。失礼いたします」


【少佐】はそのまま、バンカーの奥に入っていく。


「やれやれ。お膳立てを済ましたのはこちらですが、こうも上手くいかないとは」


芝居がかって肩をすくめる少佐。その場にいる全員を、伍長の冷たい目が射貫く


「喜劇にしては満点ですなあ。笑わせていただきました」

「貴様・・・!」


少佐の言葉に、一人が銃を向ける。。だが、その動作をとるのと同時に額に穴が開いた。

伍長がいつの間にか銃を抜き、少佐に銃を向けた者はそこで倒れた。


「CIAともあたりは付けましたし。あのフラゴラとかいうのは予想外ですが、支障はないでしょうよ。」


バンカー内の兵士たちが銃を抜く。複数の銃口にとらえられた少佐だが、その表情は優しく微笑んだままだ。


「もう少し迅速に事を運んでいただけるかと思いましたが、期待外れでしたねえ」


伍長が腰に下げた短機関銃を構えた。

その銃口一つで、少佐に向けられた銃口の何倍もの威圧感を放つ。


「これであなた方が舞台から降りれば、今回のお話は終わりますね」


この状況下だというのに、椅子にふんぞり返って指を重ねる。

少佐はずっと笑ったままだ。


「何故だ!?もとより貴様の持ちかけた取引だろう!?」


「ええ。貴方たちを潰すために持ち掛けた取引です。...伍長」


緊迫の中、誰が引き金を引くよりも早く、伍長の短機関銃がバンカーの一室を掃討した。

轟音が鳴り響き、司令官の男だけがそこに残される。


「な、あ、な・・・」

死体の山の中、司令官はへたり込んだ


「残党など美しくない。甘言に騙されましたなあ」

ナチス残党の少佐は、クスクスと笑って銃を向けた


「貴様がそれを・・・」


「第三帝国は存在し続けている。現に君たちが今、我々を認識しているじゃないか」

銃口が火を吹き、一人が吹き飛ぶ


「そして、君たちはここで終わる。我々の戦争の邪魔になったのさ。キミたちは」


後に残されたのは死体と薬莢。そこへ、師団の兵士たちが音もなく表れた。


「バンカー内を掃除しろ。終わったら吹き飛ばせ」


「了解しました」


少佐の指示を受け、兵士たちがすぐに動き出す。バンカー内では銃声と悲鳴が響いた。


「さて伍長、掃き溜めに戻るぞ」

「了解」


飄々とした様子で、少佐をその場を後にする。


「第三帝国は消えんのさ。戦争のある限りね」

少佐のつぶやきは、静かに闇に消えた。




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