第2話 一触

BARブレーゲンでの『話し合い』から三日後


ルフトゥーンの街を、剣呑な空気が包んでいた。

街の角という角には、どれかの勢力の手勢が立ち、そのすべてが完全装備である。

もちろん、【中連】の者たちも忍び込んでいることだろう。


街のあらゆる場所で、轟音や銃声がしていた。近くではないことが幸いだろうか。

そんな街の市街区。フラゴラのセーフハウスに、ハオレンはいた。


「準備はできたかい」

「あ、ああ、これで、俺は逃げれるのか・・・?」

「まぁ、何とかなるさ。ついてきな」

ハオレンはフラゴラについてセーフハウスを出て、車に乗り込んだ。


「街の中はもう追手が入り込んでる」

フラゴラはにやっと笑った。


「けどこの街なら大丈夫さ。さ、駅までドライブだ」

響く銃声、爆音。

この街でよく聞こえてくる、ありふれた"生活音"がハオレンの不安を駆り立てる。


「ほ、本当に大丈夫なのか?」

押し殺すようにつぶやいたハオレンに、フラゴラは表情を変えない。


「この街をなめちゃいけねえよ。しぶといのさ。」

「で、でも、」

「娘さんに、ストロベリーサンデー。食べさせるんだろ?」

フラゴラの目に、力が入る。それを見てハオレンは、少し落ち着いたようだ。


「わ、わかった・・・ありがとう」

「おう、いくぜ」二人を乗せた車は、脱出ポイントである駅へ向けてタイヤを滑らせて走り出した。





黒服を身にまとった男達が、ルフトゥーンにも"一応は"存在する警察署に入っていく。

小声でやり取りする言葉は中国語。

どうやらこの連中は、ハオレンの追手のようだ。


ずかずかと向かうのは警察署の署長室。

ドアが開くと、数人の警官と署長が、部屋のテレビで古い映画を見ている。


「いや、やっぱりなあ。名作なんだよこれは!」

椅子にふんぞり返って、勤務中だというのにビールを片手に、署長は話す。


他の警官も、立ってはいるものの窓に寄りかかったりタバコを吸ったりと、思い思いにくつろいでいる。


「おい」

入ってきた黒服の男たちの方を見ようともせず、だらだらとする彼らに、黒服たちが詰め寄る。

黒服のリーダー格らしき男は、署長の視線を遮って立つと、ハオレンの写真を突き付けた。


「この男を知っているか」

「知らんね。邪魔だ」

黒服が懐に隠した銃のことなど気にもせずに、署長は黒服を突き飛ばした。


「な、貴様!?」「警察官ごときが!」

色めき立つつ黒服たちが銃を抜く。

それと同時に、あれだけダラけていた警官たちも一瞬で銃を抜く。

その照準は完全に黒服達の眉間だ。


「いいことを教えてやる」

殺気立つ室内で、署長が急に立ち上がる。


「この街の警察はなあ」

いつの間にか、署長の手に握られたショットガン。


「国じゃない。払いのイイ方につくんだ」

轟音と衝撃。


発砲とともに吹き飛ぶ黒服。それと同時に部下たちも発砲する。

唖然とする黒服たちは一瞬で死体と化した。


「この街を、なめるなよ」

警官たちはてきぱきと黒服の死体を片付ける。


署長室のテレビでは、古い日本の映画がまた流れ続けていた。


「目方で男は、売れねえよなあ」

何事もなかったかのように、署長は映画鑑賞に戻っていった。



街の中にある、「何でも屋」と書かれた看板の商店。

黒服の男たちはそこになだれ込む。


「団体さんだね、いらっしゃい」

レジカウンターに座る、店主らしき男が、新聞から顔を上げずに言った。


「おい、お前。」

「なんだい?商品は棚に並んでるだけしかないよ?」


黒服の男たちはその言葉にかまわず、銃を突き出した。


「どうせどこかの使いだろう。この街に入った男はどこだ」

銃を突き付けられた方は、顔色一つ変えない。


「【何でも屋】にはルールがあってね。依頼人に深入りしないし秘密も漏らさない」

「・・・死にたいのか?」

「やれるもんならね」

「わかった」


男の言葉が終わるか終わらないかのうちに、黒服たちは銃を撃ち放つ。


撃たれた方の男は、そのままレジの中に隠れる。

轟音が店内に響き渡り、並べられた商品などが床に散らばっていく。

しかし、レジカウンターはどうやら防弾のようだ。

弾は一発もカウンターの中には入らず、それどころか黒服の男たちが弾切れになる。


「なんだと!?」

黒服たちが弾倉を変えようとするや否や、何でも屋のほうが飛び出した。


「お釣りは5.56だ!受け取れよ!」

レジカウンターから身を乗り出す何でも屋。その手には改造された軽機関銃。

黒服たちが悲鳴を上げると同時に、先ほどの数倍の轟音が連なって鳴り響く。

隠れようとした者達もまとめて、鉛の嵐に貫かれた。

店内には静寂と、"黒服だったモノ"が残された。


「あんまりこの街をなめるなよ?」

何でも屋はそうつぶやくと悲しそうな顔をしてから、片づけを始めた。




「ちっくしょう!マトモな街じゃないじゃないかあ!」

一人の男が泣きながら走る。彼を追うのは数人の黒服。


「待て!」「逃げたぞ追え!」

どうやら追手のほうにかぎつけられたらしい。不幸にも彼はこの街の住民ではない。


「ついてくるなよお!何も知らねえよお!!」

それでも追手は追うのをやめない。

情けない顔で男は走る。


しかし、彼もまた、「コチラ側」の住人ではあるのだ。

男が角を曲がり、黒服もそれを追う。しかしそこに男の姿はない。


「どこだ!?」「探せ!ぐおっ!?」

黒服の一人が、路地裏の陰から飛び出した先ほどの男に吹き飛ばされた。


手には鉄パイプとハンドガン


「まともな観光だって言ってたのに!結局これかよ!」

泣き言のように聞こえるが、その手には迷いはない。

的確に頭を打ち抜き、パイプは急所に叩き込まれる。

わずか数分。黒服たちは倒れ伏し、泣き叫んでいた男は大きくため息をついた。

「ああ、くそっ・・・あんまりこの街をなめないほうがよかった・・・!」

そう言って、男はまた逃げ出した。













飲食店の並ぶ歓楽街の入り口にも、黒服はいた。

「何にする?」

ブレーゲンに何人かの黒服が入り込んだ時、マスターはぶっきらぼうにつぶやいた。

「先日ここに来た男を、」

「何にする?」

黒服の言葉を遮ってマスターは続けた。

「な」

「客じゃなきゃ鉛弾なんだ。ここでは」

見えないほどの速さで、銃を構えるマスター。

カウンターで話していた黒服がまず倒れる。

「こいつ!?」「撃て撃てぇ!」

黒服の反撃がカウンターの後ろの酒瓶を、グラスを割る。

「替えの代金は払えよ」

カウンターの下で弾倉を変えて、そうつぶやいてから、マスターは撃ち返す

放たれる弾丸は確実に黒服を撃ち殺していく。

「最後だ」

弾倉一つをさらに半分ほど打ったところで、黒服はいなくなった。

「・・・・片づけなきゃな」

死体、ガラス、割れた酒。戦闘なんかより、これからのほうが憂鬱だ。





歓楽街の一角。たとえ街がいくら鉄火場に包まれようと、色街は変わることがない。

いや、そこに現れた黒服たちは、そんなことを知る由もない。


「あら、いらっしゃいお兄さん」

「どう、遊んでいかない?」


黒服の集団に声をかけたのは、妖艶な美女二人だ。


「やあね、みんなして物騒なもん持ってさ。」

胸元と太ももを強調するように、スリットの深く入ったドレスをまとった一人は、

流暢な広東語で男たちのほうに近づいた


「な、お、おまえ」

「お前、なんてひどいんじゃないかなあ」

もう一人はフリルの大量にあしらわれたドレス。露出こそ無いが、故に男の目を引く。


「遊んでいかない?私たちと」

いつの間にか、女たちと黒服の間合いは詰められている。

男たちは異様な女達のほうを警戒し、懐に手を入れた。


「あら、あなたの香り・・・好きよ?色男さん」

「あたしも、この香り。男の人の香り・・・」

先頭に立つ男の胸元を、女の白い指がなぞる。


甘い香りが男の鼻腔をくすぐった。


「「でも」」


二人の手が、それぞれスカートとスリットに入った。


「「あんまりこの街を、なめないほうがいいわよ・・・・?」」

男たちとの距離は10m以下

二人の手から光がひらめいた。


「があ、」「ぐぉっ」「ぎゃっ!」


スリットの女から一閃されたのは、ごく細いワイヤ。

三人の黒服たちが、急所を貫かれた。


「があ!?」「な、なにぎゃえ!?」「がほっ!?」


フリルの女が取り出したのは、改造された小銃。

片手サイズになっっているとはいえ、そこから放たれるライフル弾は、男たちの身体を易々と貫き、残りの男達も地に伏した。


「まったく、無粋な人も多いわねえ」

「最後に見れたのが、私たちで良かったんじゃないですかね?」


そう言って二人が合図すると、陰から現れた男達が無言で後始末を済ましていく。


「さ、仕事ね。」

「やる気ないですけどねえ」





街角の一角。黒服たちが走っていく。

その先にはフードをかぶった男が一人。まるで黒服の進路をふさぐように歩いている。


「邪魔だ、どけっ!」

先頭の黒服が、フードの男を突飛ばそうとする。


「がっ」

そのまま、黒服のほうが地面に倒れ伏した。


「貴様!?」「何を!?」

フードで隠れた男の顔には、×の字が描かれたマスク。


「この街を、なめないほうがいい」

聞こえるか聞こえないかくらいの声でそうつぶやくと、フードの男はまるで風のように躍り出た。


ショットガンを抱えた黒服が、胸のあたりを貫かれて倒れる。

突き刺したナイフを起点に宙返り。それと同時にもう一人の黒服の脳天を貫く。

その間、僅か数秒。

黒服たちは、道路の上に倒れ伏した。


「コチラは排除。次に移る」


街中で繰り広げられる戦闘。

追手は確実に、ハオレンに近づいていく。

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