映画サバ0 wake up the gun

@oshiuti

第1話



ユーラシア大陸の中央アジア近く。小さな街があった。


最初は街というより村でしかなかった場所である。

しかし、そこを起点に国際高速鉄道の建設が始まった。


近隣各国や大国を結ぶ長大な鉄道の建設計画。

それによる外資産業の流入。

この街は経済的に大きく発展した。


しかし、それに伴い様々な問題も発生した。


「様々な」労働者や難民の流入。

それに伴う治安悪化、小さな街が受け止めるには大きすぎた富と悪逆の数々。


更に悪いことに、その街と開通した鉄道を起点に武器や薬物、民族紛争すらも入り込んだ。


そして、この街には火種は山ほどあった。

それに纏めて火が付いたのは、必然という他ない。


こうして勃発したのが、あの大戦、

「分割戦争」である。


アジアに属する各国は引き裂かれ、強大な国家もその波に抗えず散り散りになった。



そして、起点となった街に残ったのは、軍人崩れのゴロツキ共に地元のギャング、流入する難民や犯罪者にテロリスト。

ゴールデントライアングルすら近くに持つこの街は、戦争末期の混乱も相まって、犯罪者による無政府地帯と化していた。

地元のゲリラやギャングを率いる「マウドー」と、軍人崩れをまとめ上げ、ナチの復興、というイカれた題目を掲げる「少佐」。街は今や、大きく分けてこの二つの勢力と、小さな組織で成り立っていた。


その悪徳の街の名を、いつしか人はこう呼んだ。


「ルフトゥーン」と。







ルフトゥーンの街のはずれに、崩れかかった場所に、カウンターだけをしつらえた場所がある。


「BARブレーゲン」


広東語とベトナム語、ほかにもわけのわからない言葉で、その店名は書かれている。

そんな店に、おぼつかない足取りで男が一人現れた。


「こ、ここか、ブレーゲンてのは・・・?」


アタッシュケースを抱えたその男は、ぼろぼろの服をまとい、そのままカウンター

へやってきた。


「そうだよ・・・何の用だい」


店に入ってきた男の方には、一瞥もせず、カウンターの中の男がつぶやいた。


「た、頼みがある、こ、ここから」


よたよたと、男はカウンターに駆け寄る。


そのまま男はカウンターの上に、アタッシュケースをおいて、ゆっくりと開いた。


「オレを・・・・オレを、逃がしてくれ!!」


アタッシュケースの中は、大量の札束と、何枚かのマイクロディスク。


「・・・なるほど」


マスターはそう言って、グラスを拭く作業に戻る。


「こ、ここに来れば、ここに来ればどうにかしてくれるって・・・!」


素知らぬふりをするマスターに、男のほうは焦って言葉を続ける。


「た、たのむ、ここを抜けられれば、俺は娘に会えるんだ、な、なぁ・・・」


ごそり、とバーの奥から音がして、スーツの大男が現れた。


「娘がいるんだって?」


男は、その口にくわえたパフェスプーンをもごもごさせながら話かける。


「・・・あ、ああ・・・あんたは」


鋭い眼光をして、場違いな質問をする大男の片手にはストロベリーサンデー。大きなイチゴと、たっぷりのクリームとバニラアイスが、甘酸っぱく香りを放っている。


「その子は・・・ストロベリー・サンデーは、好きかな?」


もったいぶった言い回しで、男はスプーンを振る。


「た、たぶん・・・この戦争で、食べたことは、ないだろうが・・・」


うつむく男と、スプーンを持った大男。

だが、大男のほうは、先ほどの剣呑な表情とは打って変わって満面の笑みだ。


「そうか!!なら君の娘さんはファミリーだ!」


言うが早いか大男は片手のストロベリーサンデーを一息で流し込んだ。


「オレの名はフラゴラ。この街のちんけなギャングだ!!よろしく!」


パフェの器にスプーンを投げ入れて、フラゴラと名乗った大男は握手を求める。

そのままカウンターに寄りかかり、男の持っていた書類をぺらぺらと眺める。


「デ、デュン・ハオレンだ・・・あ、あんたが」


フラゴラが仕事を引き受けてくれると踏んだのだろう。ハオレンと名乗った男は、そのまま頽れるようにカウンターの椅子に座り込んだ。


「デュ・・?ああ、すまない中国人の名前は発音しにくくって。ハオレンさんでいいかい?」


フラゴラが書類から一切目を離さずに話しかける。


「あ、ああ、い、いくら出せばいい?」


ハオレンの目に生気が戻った。ようやく希望が叶う、と安堵した表情だ。


「そうだな・・・ストロベリーサンデーを、ごちそうしてくれ。」


「え、い、いや、ここに、ドルなら100万はある、な、何でも言ってくれ」


「いいや、ギャラはストロベリーサンデーだ。あとはワインだな。バージニアワイン。」


「ワ、ワイン?」


驚いた表情を浮かべるハオレンに、札束とアタッシュケースをそのまま押し付ける。


「ワインは俺に。ストロベリーサンデーは娘さんに食べさせてやってくれ。それが、あんたを逃がす依頼料だ・・・約束してくれ」


反論を許さない鋭い眼光で、フラゴラはつぶやいた。


「わ、わ、分かった・・・」


どこか腑に落ちないような表情のハオレンはそれでも、大事そうにアタッシュケースを抱えて、懐からくしゃくしゃのドル札を何枚か出した。


「こ、これで・・・む、娘には必ず、ストロベリーサンデーを食べさせるよ」

「ああそうだ。きっと気に入るさ。これは神すらとろけさせる食べ物だ」


芝居がかったしぐさで手を広げると、フラゴラが指を鳴らす。

その音をきっかけに、入口から二人の男が入ってきた。


「セーフハウスにお連れして。宿はいつものところに。」

「え、お、おい?」

「安心してくれ、ウチの若いのだ。さ、どうぞ」


ハオレンは不安そうな表情を浮かべたが、二人の男が危害を加える様子もないことを悟ると、されるがままに男たちについていった。

一応の警戒のつもりだろうが、ハオレンの背中には銃のグリップが見え隠れしている。

三人が十分に離れたところで、フラゴラは煙草に火をつけ、カウンター席に座った。

マスターのほうもグラスを拭く作業に戻っている。


「いやぁ、この国はホントいいな!チーズバーガー代で女が抱ける!!!」


二人の静寂を破ったのは、少し太った男だ。

ダサいTシャツに日焼けしたズボン。

東南アジアの観光地ならともかく、崩れたこの街には似合わない男だ。


「いよう!!繁盛してるか!?かわいいウェイトレスは入ったか!?」


男はそのままカウンターにどかりと腰を下ろし、安煙草に火をつけた。


「それで?マッサージは来たかい?」


男の下品な言い方に、マスターもフラゴラも顔をしかめた。


「来たよ・・・今はセーフハウスだ」


黙るフラゴラの代わりに、マスターが嫌そうに口を開く


「そうかい!そいつはよかった!イエローは締まりがいいからな!」


いちいち下品な例え方をする男に、二人は辟易している。


「で、だ。」


男の目の色が変わった。


「パッケージは36時間後にここを出す。クソ猿の残党もすぐにここに来る」


先ほどと同じような声で、けれど声の中には殺気がある。


「パラミリは持ってこれねえ。お前らに任せるのは業腹だが、まぁそこは取引だ」


それを聞く二人も、空気が変わった。先ほどまでの嫌悪感すらなく、あるのは殺気だけだ。


「この街の二勢力はここに来る。そん時に詳細はまぁ説明はするが、」


フラゴラと男がタバコの火を灰皿に押し付けた。視線は冷たく、だれも互いの目を見ない。


「【緑帽子】を送ってるとはいえ、そこそこの装備の兵隊が来る。そいつらをここで止めろ」

「他のルートは?」

「【コメディアン】がいる。30人程な。」

「多いな」

「ペンタゴンも本気さ。何せ大統領選の前だからな」


剣呑な空気が、店を包んだ。


「ここでもう一度ドンパチされるわけにはいかねえ。ましてあのクソ猿をもう一度たたき起こす訳にもな」


アロハの男の顔からは、にやにやとした笑いが消えた。


「で、だ。どこまで聞いてた?」


急にカウンターから振り返った男の後ろには、二人の男女が立っていた。


「・・・要するに我々に撤退戦をやれと?」


ナチの制服に身を包んだ黒服の男が一人。その目は疑念を隠そうとすらしていない。


「気に入らねえ。ケツ遊びはてめえらだけでやってろよ」


赤い服に身を包んだ女性が一人。

街中で隠すことなく小銃を持ち、冷たく言い放つ。


「少佐殿。コードは【ゴーストクラウン・メイジャー】なるほどなるほど資料通りだ。ナチのコスプレなんざしっかりイカレてんな。生まれはマルティン・ガルシア。田舎生まれの少佐殿が死にかけの血縁でオデッサのジジイから金塊掴んで一躍有名人。ナチの復興を隠れ蓑に各種民族団体なんかと組んでコカインか。潜水艦も手持ちとは驚きだあな」


急に始まったアロハ男のセリフに、少佐と呼ばれた男のほうは固まった。


「マウドー、コードは【ゴートクイーン】あんたの方はココ生まれか。ウチでも追えない所があるのはびっくりだ。ここらではガガク?だったか?変な名前だな。純潔のジャパニーズだったな。ここらのゲリラの元締め。そしてここらの鉄道を牛耳ってる。アンタは特殊部隊カスタムの西側アサルトライフルを使用。兵員は2000程。基本的に西側の武装で統一。送り主はウチだが。」


ガガク、そう呼ばれた女は目つきを鋭くした。


「これ以上お互いの紹介はいるかい?」


場の雰囲気は一気に剣呑になった。

その場にいるアロハの男以外は、すでに銃の安全装置を外している。


「OKOK。まあまあ、落ち着こうぜ」


一人安全装置を外さずにいたフラゴラが立ち上がった。


「初めましてになるなぁ。おれはフラゴラ。ちゃちなギャングの親玉さ」


空気はより一層険しさを増した。


「別に仲良く映画でも見ようってんじゃねえ。さっきのオッサン一人逃がせばいい話だ」


「こっちに何の得がある」

少佐の声が響く。


「この世界では金か暴力だ。言葉には意味がない。違うかね?」


腰の拳銃にかけた手は、瞬時に抜けるようになっている。


「なんでアタシ等も噛まなきゃいけねえのか。その辺もお聞きしたいとこだね」


ガチャリと小銃の銃口がカウンターの方向に向く。


「そうだな。まずは報酬からだ。それが道理だ」

フラゴラが肩をすくめて振り返る。


「ここら一帯の【シルクロード・ルート】と現金で3000万$。各組織にそれだけ出す」

アロハの男はにやにや笑いでつぶやいた。

この男もいつの間にか、カウンターの上に銃を出している。


「ここら一帯を、ある程度安定させる。それが仕事でね」

冗談めいて肩をすくめるアロハの男。

サングラスの奥の表情はうかがい知れない。


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はアンディ。しがないサラリーマンさ」


「アンデッドキティ・・・てめえが」

射殺すようにガガクが呟いた。


「ここら一帯を取り仕切るCIAだったか?眉唾だと思っていたんだがな」

少佐もまた、その瞳の憎しみの色をより強くした。


このバーに居る全員が犯罪者やテロリストに準ずる人間である。

CIAともなれば相性がいい訳もない。

けれども無視もできない。


「そのお偉いさんが、なんでこんなクソみてえな者どもにご依頼なさるんで?」

ガガクの銃口は、いまだにアンディに向いたままだ。


「ナチのクソホモ野郎と仕事させようなんざ、マトモじゃねえ」


「こちらとしても、山のメス猿が口を利けることに驚いているがね」

少佐の目は殺意を持ったままガガクに向く。


「いがみ合うなよ。依頼の理由は単純だ。大いなるグリーンメン、USアーミーの頭数が足りないのさ」

アンディは懐から携帯を取り出した。画面にはニュース記事だ。


「台湾の自由と保護ってお題目で、我等アンクルサムが今ちょっかいをかけてる。」


ニュース記事には米軍の空爆のニュースや各地での交戦状況などが書かれていた。


「んで、だ。この街を起点に線路が走ってるのはわかるよな?」


携帯の画面が変わり、この近辺の地図が表示される。


「何の話がしてえんだ、お前」

話が見えないのか、その場にいるフラゴラ以外は首をかしげた。


「この線路は、隠し通路で地下に通じてる。そんでこの街の地下にあるのは」


携帯の画像が変わる。

そこに移っているのは巨大な貨車だ。


「ロシアのコピーだが能力に遜色はない。」


画像が変わり、先ほどの貨車から垂直にミサイルがそびえ立っている物になる。


「ざっくりいうと、この街の地下には、現在も使用可能な核ミサイルが埋まっている。」

こともなげに言うアンディの言葉に、全員が息をのんだ。


「しかも機関車さえありゃあ、この線路の繋がっているところのどこでも撃てる」

誰もが言葉を失う中、アンディは説明を続けた。


「んで、その発射コード。まあ核ミサイルを撃てるやつは、この戦争の敗北を悟った中連の上層部なんかが殺したり、ウチが消したりしたんだが。」


携帯の画像が、先ほどこの店を訪れた男の顔に変わる。


「デュン・ハオレン。35才。技師だったこの男は発射コードや自爆コードなんかを知っている。そして、こいつの家族はうちの会社が保護してる」


そこまで聞いて、事態は大体把握できたようである。


「つまり、この男を保護すればいいと」

「そうだ。そんで、あんたたちで逃がしてやってほしい」

「どこまで送りゃいい?」

「ここから南東へ75キロ。ここの港は使えない。なんで別方向から海へ出て海上で待機するシールズに渡せ。ポイントは書類に」

「つまり、アタシの鉄道と、このクソ野郎の潜水艦。これを使うわけだ」


店内の殺気が別の方向へと向いた。


「報酬はさっき言った通り。そしてウチはこの街に最低限の手出しだけにする。」

アンディはそのまま笑った。


「そっちとしちゃあ、このまま、この勢力でここが安定するほうがいいってか」

フラゴラが口を開く。


「そんで、あんたがお目付け役。そんなところさ」

そのまま軽薄そうな笑顔に戻ると、アンディはにやにや笑いに戻った。銃はいつの間にかなくなり、その手には書類が握られている。


「で、このクソデブはなんだ?」

「ユダヤのブタのほうがましな面構えだな」

二人の視線がフラゴラに突き刺さる。だが、一切動じる様子はない。


「イチゴってのは旬が過ぎると美味くないんだ」

フラゴラの手には、もう一つストロベリーサンデーがある。


「だから旬のうちに運ばなきゃならない、大変だなあ」

つやつやとしたイチゴがフラゴラの口に運ばれる。


「・・・テメエ」

その言葉の意味に思い当たったのか、ガガクが眉をひそめた。


「なるほど・・・自前のイチゴか」

少佐も同様に眉をひそめた。


「ルフトゥーンの空港は俺たちが抑えてる。今回空は使えねえけどな」


これで、この街の交通網はすべて、別々の組織が抑えたことになる。

空港を巡っては、二勢力とも激しい争いを展開していたのである。


「お話は終わったかい?準備は?」

店内の空気がまた殺気に包まれる中、アンディの声がそれを破る。


「さ、ビジネスの話と行こうか」


こうして、この街を巡る、大きな物語は幕を開けるのだった・・・・




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