ひとりとふたり
ログハウスのなかで不釣り合いに、白くて丸い機械がごろんと転がっています。
その中からひとりぶんの手がにょきっと生えてきて、体を外に出すと、寂しそうに一人だけ地面に着地しました。
アイは辺りを見回すと、過去に出発したときと全く変わらない風景がそこにはありました。ただひとつ違うのは――、そこに博士はいませんでした。
ひとりぼっちになってしまったアイはまずちょっとだけ後悔をし、《タイムマシン》でもう一度博士のいる過去に戻ろうかなと思いました。
何度も何度も迷った末にそもそも《タイムマシン》の燃料がないことに気づきました。
次に《自律型温度調整スーツ》の設定を変え、白衣を着てみたりなんかして博士の真似事をしました。余計に寂しさが増しただけでした。
その後もいろんなことに挑戦してみましたが
「……ふにー。やっぱりひとりぼっちは寂しいな……。『ババ抜きのババになった気分』とても言いますか……。そんな感じですよね、博士。……って博士はいないんでした……」
野山にぽつんと建っている博士が作ってくれたログハウスでアイは、これまた博士みたいに白衣のポケットに両手を突っ込みながらひとり零しました。
「……そうだ、博士はバックアップをとっているって言ってた」
アイはえくぼを作ってその閃きに万歳すると、博士がよく使っていた端末とディスプレイを起動します。きっとここに博士が眠っているはずなのです。
「ふに。私は博士みたいに天才じゃないから、いくら人格データがあるからと言って博士を作るのは無理かも知れない。だけどやってみよう」
アイは両手の小さなてのひらをぎゅっと固く握りしめました。
しかし――。
「ふにー。なんだよーもう。これだと無理じゃないですか、博士ぇ……」
アイが天才ではないから無理だったのではありませんでした。博士の端末内にある人格データのバックアップ領域。そこにはアイのデータしかなかったのです。博士の人格データはどこを探してもありませんでした。博士はアイを安心させようと嘘をついていたのです。いくら学習能力の高いアイでも、ないものは作れません。アイは今までで一番肩を落としました。
「こんな嘘をつくなんて博士はひどいです……」もちろんその文句に返答してくれる博士はいません。アイの言葉がログハウスの木に吸収されていきます。「あーあ、ひとりぼっちかあ……、ふに。思っていたよりも寂しいな。つまらないなあ……」
アイは博士と同じ白衣に身を包みながら、部屋の中心にぺたんと座り込むと、三角座りをしたまま動かなくなってしまいました。
「寂しいよお……。博士ぇ……」
――と、そのときでした。
ちょうどあの夜の丘で聞いたような、風を切る甲高い音がログハウスの中に響き渡りました。
アイはハッと顔を上げると隣の空間が――アイが乗ってきた《タイムマシン》の隣の空間が歪み、そこから何度も見た白くて丸い機械が出てきました。
「ふぇ……? 《タイムマシン》が……、二つ?」
静かな機械音とともに球体の上半分が開きます。すると球体の中から人間の手がひとつ、にょきっと生えてきて、
「やぁ……。久しぶり」
「……はか……せ……? うそ。どうして?」
「気分はどうだい?」
「……最悪、でしたよ。ついさっきまで……」
アイは博士の声を聞いただけで涙が溢れてきました。
「おや? なぜ白衣なんか着ているんだい?」
「……博士こそ、あんなに白衣以外は嫌がってたくせに……。でも、どうして? なんで? ……嘘。だって博士は一度こっちに戻ってきたらあっちの世界から来られないって……。いや、博士? なにか顔が違う……?」
アイは半分泣きながら、博士の顔をまじまじと見つめました。
博士であることは間違いなかったのですが、どうも一瞬にして歳をとったようでした。どうみても三十歳過ぎの顔つきをしています。
「あの時代の道具でもう一度作るにはだいぶ苦労したよ。大変だったんだからね。途中から記憶はほとんどなくなるし、なぜだか《タイムマシン》を作ってこの時代にくることだけは馬鹿の一つ覚えみたいにずっと頭に残っていたし……。この時代に到着した瞬間にすべてを思い出したよ」
「作ったって……。まさか、《タイムマシン》を?」
博士はいつものポケットに手を突っ込むポーズをしようとして、白衣ではなかったことを思い出しました。
「まあね」
博士はいつもどおり優しく笑いました。
博士の見た目から逆算すると十五年程度は過去で研究したことになります。
アイにとっては一瞬の出来事でも、博士にとってはつまり、長い年月を過ごしていたのです。
「どうして? なんでですか……?」
「同じ質問だね。いま答えたじゃないか」
「違います。そうじゃありません」アイは頭を振りました。「あっちには《夏》もあるし、人もたくさんいるし、寂しくないじゃないですか。それなのに、なんで」
「ああ、そんなつまらない問題か……。《夏》、があるというのも良かったけれどね。僕は二人きりのほうが気楽で良かったみたいだ。……それにね」
「――それに?」
「ひとりが寂しいというのは、僕が一番よく知っているからね」
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