世界一の発明家

――そこでふと、暗闇に目が慣れてきたアイは本部の段ボール箱のなかにある、大量に積まれたそれに気がつきました。


「そうか、これなら……。うん、いけます。……博士、ごめんなさい。ちょっとだけ離れますね」アイは段ボール箱からひとつそれを取ると、本部の中央に設置されているマイクに向かって駆けだしました。


そしてマイクを手に取り言葉を発してからアイは気がつきました。電気が通っていないのでマイクを使えないのです。

「なにやっているのです、私……! もう、それなら仕方ありません」


アイはパキッ・・・っと棒状のそれを捻り輪っか上にして右手首につけました。

すると光る腕輪となって暗かりを照らし始めます。


「みなさん!」

アイが本部の長テーブルの上に屹然と立ち、右手首を掲げました。


「配られた光る腕輪をいま折って手首につけてください。みんながつけたとき、提灯は光りだします!」

アイはみんなに光る腕輪をつけて欲しい一心で提灯が光るなんて出まかせを言いました。

そしてその瞬間騒がしかった辺りが一瞬で静まり返りました。


「……これで、どう……かな。みんなつけてくれる、かな」


――しかし誰も光る腕輪をつけてくれません。

「……やっぱりだめ、なのでしょうか。所詮私なんて――」

そのとき、アイの肩に温かな感触がしました。

「アイちゃん、よーく頑張ったよ」

「陽夏お姉ちゃん!」

「ごめん、復旧は手こずっているんだ。……それにしてもよく考えたな。こう見えても私はこの田舎町では顔が利くんだ。あとは任せて」

「はいっ」


陽夏も光る腕輪を着けてアイの隣に立つと、大声で叫びました。

「みんなー久しぶり! 私だよ……、陽夏だよ! この子の言っていることは本当だ。ちょっとフライングしていま光らせてやってくれ! そしたらきっと、この提灯もつくからさ!」


ざわめきがあがりました。例年は提灯の後に光らせていた腕輪。みんなどうするか迷っているようです。

陽夏はアイに向かって「大丈夫だよ」と微笑みかけました。


すると――、

ひとつ、ふたつ。ぽつりぽつりと腕輪が光っていき、あっという間に無数の光が、ここに集まっている人間の分だけの光が灯りました。


その光の海を見てアイが言います。「……綺麗…………。でも、ねぇ、陽夏お姉ちゃん――」

「ああ、足りない・・・・な」

みんなが一斉に光をつけてくれたとはいえ、視界を確保するには程遠い光量でした。ぼんやりと明るくなったに過ぎません。博士が正気に戻るためには足りなさそうです。


「ふに……、もう何も思い浮かびません。打つ手がありません」

「奇遇だね、アイちゃん。私もお手上げだよ――」


「ん……、なんだ……、あぁ、頭が、痛い……。どうしてこんなに明るくなったんだ?」

その無数の小さな光が、なんとか博士が身体を起き上がらせました。


「博士っ! 無理しちゃだめです。まだほんの少し明るくなっただけで――」

「人が……」

「え?」

「人が、こんなにもたくさんの人がいたのか……」

「……どう、したんですか、博士。暗闇では活動出来ないのでは」

「――こうやってみると、暗い中に光がひとつ、ふたつ……、無数の人間がいるんだなってよくわかる。……なんだか暗いのに安心するよ」

「……博士」


「……そうか。僕はきっと暗くなるとひとりぼっちであることがくっきりと浮かび上がってきて、それが怖かったんだろうね。……いまはっきりわかったよ…………。この光があれば、みんながいれば、きっと僕は大丈夫だ」


「……そう、ですね。――私たちのいた世界とはまるで違いますね」

「ああ、人がたくさんいる。こんなにも嬉しいことはない」

博士とアイはその暖かそうな光をじっと見ていました。


するとテントの裏から青年が割り込んで来ました。陽夏と一緒に出て行ったあの男性です。

「陽夏さん、まだ駄目です。動きそうにありません」

「おいおい、マジかよ……。こっちは良い感じだってのに」

「こっち?」

「いいや、なんでもない。……あーどうしたもんかな。提灯の光も灯るぞ! ……なーんて大見得切っちゃったのに」


「……何の話です?」博士が言いました。

「――ふに! そうです。そうじゃないですか! 博士が復活したなら楽勝です! 博士、どうやら電気の供給源が壊れちゃったみたいなんです」

「なるほど……、それで真っ暗にね。……陽夏さん、電力の供給源に案内してもらえますか」

博士はトレードマークの白衣をひとつ払うと、陽夏の真正面に向き直りました。


「……なるほど、さすが博士くんってわけね。はいよ、それなら――」

青年が慌てます。「ちょ、ちょっと待ってください、陽夏さん。部外者に町のライフラインに関わる部分をおいそれと触らせるわけにはいきません」

「いや、この博士くんは信用してもらって大丈夫だと思うよ。私も今日出会ったばかりなんだけれどね」


楽しそうに笑う陽夏に対して、青年がわけもわからず尋ねます。

「博士くん……? なんですかそれ。あなたはいったい何者なんですか?」



「ん? 僕ですか?」博士はゴーグルを装着しながら言います。「――通りすがりの、世界一の発明家ですよ」

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