まっくら

三人が本部のテントに着いたとき、時刻はもう七時半ぎりぎりになっていました。

日没から約一時間が過ぎ、辺りは暗くなっています。


陽夏を先頭に、三人はテントに入っていきます。

「ごめん、ごめん、遅くなりましたー! 時間、まずいよね?」

「あ、陽夏ちゃんやっと来た。もう始めるとこだよ……ってその子たちだれ?」ちょっとだけ髪の毛が寂しくなってきた中年男性が言いました。

「あ、この子たちは私の連れ。見学させてやって」


「こんにちは、です!」「よろしくお願いします」


「あ、はい、よろしく。見ない顔だね、お嬢ちゃんたち。どこから――、」

「おじさん、それは後でいいから。もう準備出来ているの?」

「なんだよ遅れてきたくせに。でもまぁ。うん。もうばっちりだよ。あとは陽夏ちゃんの指示待ち。一応事前に決めたルールだから待ってたんだ」

「そりゃ失礼。じゃあ早速始めましょうか!」

「よしきた。これが点灯班と繋がってるトランシーバーだから、これで指示出して」


陽夏はおじさんから小型のゴツゴツしたトランシーバーを受け取ります。


「オーケー……。じゃあみなさん、いきますよ。――あーテステス。点灯班、こちら陽夏。各種準備オーケーです。点灯を承認します。それでは、作業をお願いします」


『こちら点灯班。陽夏ちゃんが遅れたせいで蚊に食われまくっています……。承認、了解しました。ではカウントダウンを開始します。……五、四、三――』


博士とアイはテントの最前列に並んで座って、点灯の瞬間を見逃すまいと提灯を見上げていました。

陽夏もテントの奥で立ちながら腕を組んで様子を見守っています。


『二、一……、点灯!』

「点灯!」


その瞬間――。

輝き散らすはずの提灯は光りませんでした。

それどころか辺りはアイのポンチョのような黒色です。一瞬にして真っ暗になりました。

一筋の光もありません。

それまでついていた屋台の光など辺り一面すべての光が消えてしました。


「どうしたっ!」予想外の事態に陽夏が振り返って叫びます。

「たぶん……、ですけど、電気の供給元がおかしくなったみたいです。普段より盛大にやれとのことで、提灯の数を増やしていましたから……。いまブレーカーを確認しに行っています」

「なにやってんだよ……、すぐ直るんでしょうね――」


そのとき、テントの前方から大きい音がしました。なにかとなにかがぶつかり合うような嫌な音でした。

そしてすぐに陽夏が音の発信源の方をみたとき、博士がいなくなっていました。いえ、よく見ると、地面に博士が転がっていました。音の正体は博士が椅子から転げ落ちたものだったのです。


「――博士っ!」アイの叫び声が周囲のざわめきを一刀両断しました。


「……う、ああああああ!」

博士は地面にうつ伏せになって頭を抑えながら意味のない言葉を発しています。


「博士っ! 大丈夫ですか。落ち着いてください。私が、アイがいます。いつも通り、私がそばにいます!」

アイが博士の右手をぎゅっと握りしめました。


「――どうした? 何が起きた?」陽夏はわけがわからないといったふうです。

「……はか、いえお兄ちゃんは暗いところがダメなんです。真っ暗になるとパニックを起こしてしまうんです」

「そんな……。どうして……」

「わかりません。残念ですが私には治せません。とにかく灯りをつけるしかありません」

「……わかった。すぐ直す」

陽夏はほかに二、三人を引き連れて本部の裏手へと駆けて行きました。そっちに電力の供給源があるようです。


「博士……、聞こえますか、博士。いま陽夏お姉ちゃんが電気をつけに行ってくれています。もう少し我慢してください。……ごめんなさい、私にはなにも出来ません」

「んっ……、だいじょう……ぶ」

「博士っ。全然……、大丈夫に見えません」

しかし博士が無理やり体を起こそうとします。「しんぱい……、いらないよ」

「……あぁ、体は起こさなくて大丈夫です。私がそばにいますから寝ていてください」


博士はそれでも立ち上がろうとしますが膝に力が入らずまた倒れてしまいます。


「無理しないでくださいっ。もうちょっとですから。もうちょっとで……、陽夏お姉ちゃんがなんとかしてくれますから」

「……う、ん……わかった……。ごめん、アイ……」

「そんな……、謝らなくたっていいんです」


しかし電気はまだつきません。単なるブレーカーの問題ではなく根本的な機械の故障だとしたら復旧に時間が掛かるのかもしれません。

博士を楽な姿勢で寝かせながらアイの耳には来場者の不安がる声が聞こえてきました。



――おい、何が起きているんだ。


――電気まだつかないの?


――おかあさんどこー!



もうパニック状態でした。

五分が経ち、十分が過ぎようとしてもまだ復旧しません。

博士の呼吸の乱れは治らず、その様子がアイには胸が張り裂けそうなほど痛々しく見えました。

「このままじゃ博士が……、陽夏お姉ちゃん、まだかな……。私はどうしたら……」

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