くらいまっくす・いべんと
それから博士とアイは夏祭りを堪能しました。
特にアイはこの時代の人との交流が出来たようです。
たとえば射的では、
「博士、すごいことに気がつきました!」
「ん?」
アイががしゃこん、と少しでも獲物に近づくように精一杯身を乗り出して、自分の背丈の半分はありそうな銃を構えます。
「……あのおじさんを打ち抜いたほうが早いのではないでしょうか?」
「……おい、お嬢ちゃん、聞こえているよ。俺には奥さんも子どももいるんだ。やめてくれ」
「命乞いはあの世でやってください……。えいっ!」
ぱこん。
コルクの銃弾は夏祭りの喧噪のなか情けない音を立ててぬいぐるみに当たりました。……が、その大きなクマのぬいぐるみは倒れませんでした。
「当たったのにずるいです! 落ちないです!」
「はははっ。これが社会の厳しさだ。思い知れ!」
とか。
たとえば金魚すくいでは、
「ふにー。捕まらないです……」
「アイ。裾が濡れちゃうよ」
そんなことはお構いなしで、ばしゃばしゃと金魚を追い回しその間にポイが破れてしまいました。
「一匹も取れませんでした……」
アイが小さい肩を落としていると、
「じゃあ、はい。敢闘賞! 持って行きな」
恰幅のいいおばさんが透明なポリ袋に一匹、真っ赤な金魚を入れてくれました。
「……いいんですか? でも私――、」
「いいの、いいの、持って行きなさい」
アイはおばさんの手からぶら下げられた、その小さな世界を泳ぐ一匹の魚をまじまじと見ました。そしてぶんぶんと頭を振ると、
「うーん、やっぱりいいのです。ありがとうね、おばさん!」
「いいのか? アイ。せっかく……」
「いいんです。ほら、次行きましょう」
とか。
そのほかにも、焼きそばにフランクフルト、型抜き、輪投げ、当たりが入っているんだかわからないくじ引きなど、アイは思い残すところなく夏祭りを楽しみました。……その分博士と陽夏はアイに振り回されっぱなしでしたが。
三人は夏祭り会場の入れ口から昼間にも行った終着点まで歩いて、折り返してまた入れ口まで戻ってきたところです。昼間とは違いアイが屋台があるたびに立ち寄ったのと人込みもあって一周するのに時間が掛かりました。
「さてと……」陽夏が二人に向いて言います。「アイちゃんも博士くんも夏祭りは楽しめたかな? ……残念だけどお祭りは八時で終わっちゃうよ」
「えっと、いま何時ですか?」博士が聞きます。
陽夏は左腕に着けた腕時計を見ました。
「七時半前だね」
「ふにー。もう終わりですか。早いです。あっという間です」
「ま、一周したしちょうどいいですかね」
「……って思うじゃん? 素人はそう思っちゃうんだよね、これが」
陽夏はニヤリと笑いました。
「なにかあるんですか?」
「上を見てごらん。電線が二本通っているでしょ? ――その下にぶら下がっているものはなに?」
「電線……?」博士が見上げます。「あ、ありますね、電線。その下……?」
「ふに。提灯があります。それもたくさんっ!」
アイが指さす先には暗くなった空に黒い電線が二本。縁日に平行するように通っていて、空から見ると両側の屋台と二本の電線が等間隔に配置されています。そしてなにより、その電線の下に、無数の提灯がこれまた等間隔にぶら下がっていました。
「でもこの提灯、なんで灯っていないんですか?」
「はい、よく気がつきました。これがこのお祭りのクライマックス・イベントでね。……と言ってもクライマックスは二度あるんだけど、まあそれは後で説明するから割愛。で、これはね、七時半になると「一斉に光る」ってわけなんだよ。本当は入れ口付近から順番に灯らせたいんだけどさ、予算とかの都合で無理なんだって。でも一斉に光るさまはなかなか他じゃ見られないぞ。そんで、何を隠そうその提灯が灯った瞬間にさっきの腕輪をみんなで同時に光らせるってわけ」
陽夏は二人に向かってウインクを決めました。
「くらいまっくす・いべんと……! ふにー。それは楽しみです。ろまんちっく、というやつですね」
「うんうん、アイちゃんはよく知っているなあ」
「じゃああと十分もないくらいですか。どこで見ます?」
「私は一応これでも管理者の立場だからね、イベントの時間帯は本部で待機ということになっている」
本部、とは昼間に行った三つ並びの白いテント小屋のことです。
「じゃあ僕たちもそこで見ます」
「おや? もっといい穴場スポット教えてあげるよ?」
「……いや、いいですよ。せっかく三人でここまで来たのに別行動ってのもおかしな話じゃないですか」
「……そうか。わかった。じゃあ行こう。こっちだ」
陽夏は優しく笑うと身を翻しました。
「知ってますよ……、って陽夏さん歩くの早い!」
三人はクライマックスへと向かいました。
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