夏祭りに行こう!
「――せ、――かせ。起きてください、……博士!」
「……ん。いつの間に眠っちゃったんだろ」博士が起きると、縁側に仰向けで寝ていたらしい博士の上にアイが馬乗りになっていました。「……あれ? アイ。その恰好……。どうしたんだ?」
「えへへっ。着せてもらいました」
「私のおさがりだけどねー。よくとってあったもんだ」陽夏が部屋の奥から縁側の方にやってきました。
アイはいつのまにか浴衣を着ています。白地に青く流れるような線と淡く赤い金魚が描かれたものでした。髪の毛も後ろをお団子っぽくしていますがちょっとだけ長さが足りないようです。そのせいでより《狐の尻尾感》が出ていてなんだか博士は少し笑いました。アイの小さな手には、ご丁寧に浴衣とお揃いの巾着まで持たせてもらっています。
「ふに! 博士とお揃いなんですよ。似合いますか?」
「僕とお揃い? ……あぁ、色ね。僕の白衣とお揃いってことか。うん。似合う似合う」
「あー。適当です」
博士は部屋にある外枠が木製の壁掛け時計を見ました。外はまだ充分に明るいですが時間は五時ちょっと過ぎ。お祭りが始まっている時間でした。
「……陽夏さんは浴衣着ないんですか?」博士が言います。
「持ってきてないし、もうあんまりはしゃぐ歳でもないからねー。……あれ? もしかして着て欲しかったり?」
「……早く行きましょう」
「あぁ、もうつれないなあ。ほら、アイちゃんも行くよ!」
「はあい!」
博士は陽夏の浴衣姿を想像して、絶対に似合うのにな、と思うのでした。
*
「ふにー。すごいです。人がたくさんです!」
昼間に巡回したお祭り会場に着きました。昼間も活気はあったのですが、今は段違いに人が多く、賑やかすぎて近くにいるのにお互いの声が聴きとれないほどでした。遠くでどんどんと太鼓や祭囃子の音がします。縁側にいたときと比べてなんだか温度が十度くらい上がったような感じでした。
「陽夏さん……、ここ小さな田舎町って言ってませんでした? ……いるじゃないですか、こんなに人が」
「そりゃま、年に一度の夏祭りだからね。町中の人が総出でやってくるんだよ」
いまは六時ごろ。外はまだ明るく、大きな道の両側に出ている屋台は軒先につけられたライトをつける必要はありませんでした。
「そういえばこれってなんです? 会場の入口でひとり一本ずつ貰いましたけど」
博士は配られた二十センチくらいの棒状のものを取り出しました。その棒は透明なポリエチレンの外筒の中に青色の液体が入っていました。アイが貰ったものは中身の液体が桃色のようです。
「見たことない? それはね、折ると中の液体が混ざり合って『光る』んだよ。折り曲げて腕輪にするんだね」
「へぇ……。あ、なるほど。折れ曲がることによって中のアンプルが割れて、二種類の液体が混ざり合うんですね。で、それが科学反応を起こして光る、と」
「お、さすが博士だね。その通り」
「ふに。じゃあこれを折れば光るんですね――」アイが光る棒を折ろうとしました。
「あ、アイちゃん! ちょっと待って」
「ふに?」
アイが「なんで」と小首を傾げます。
「それはね、まだなんだ。この夏祭りに来る人はほとんどが地元の人だから入口で教えてくれなかったけどさ、これはお祭りの終盤に使うんだ」
「お祭りの終盤? どういうことですか?」博士が聞きます。
「んーとね……、ある時に一斉に光らせるんだ。いや、ま、それはお楽しみということにしておこう」
「そんな焦らさなくても」博士が抗議しますが陽夏は無視です。
「いま折りたいです……。でも、お楽しみということなら我慢します。……あれ? とってもいい匂いがします!」
アイが鼻をくんくんとさせていました。
「お、さすがアイちゃん。いい鼻してるね。昼間のは準備と予行練習みたいなもんだったからねえ。本番のいまはたくさん食べ物とか出し物があるよ。……さあ、夏を楽しもう! 今日は私のおごりだ。なんでも言い給え!」
陽夏は二人の背中を両手を使って同時に叩くと、一歩前に出ました。
「……なんだ、結局一番楽しそうなのは陽夏さんじゃないか」
博士はこっそりと言いました。
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