成り行き
「――ええと……、お姉さん? 今年の夏祭りは、」
「
「……陽夏さん。今年の夏祭りは何日間やるんでしたっけ?」
そう博士が言うと、陽夏があきれ顔をしました。
「……キミたち、そんなのも知らないで来たの? まあいいけど。んーと、今年もなにも毎年一日だけ。今日だけだよ。田舎の小さな夏祭りだからね。午前中はご覧のとおり、準備でてんてこ舞いってわけ。ほんと忙しいんだよ。本番は夕方の五時からだね」
「てんてこ舞いってなんですか?」アイが首を傾げます。
「それはね、アイ。《てこの原理》を応用したダンスのことだよ」
「……平然と嘘をつくなよ、お兄ちゃん。いい、アイちゃん。てんてこ舞いっていうのは、むかしむかし、テンさんとテコさんっていう男たちが舞ちゃんっていう女性を――、」
「いや、あんたこそ嘘をつくな」
アイが嘘つきの二人を交互に見て明らかに戸惑っています。
「ふに? どっちが正解ですか?」
博士がポンとアイのベレー帽にひとつ手を置いて、
「ごめんごめん。……目まぐるしく動き回って忙しいことの喩えだよ、アイ」
「もう、博士も陽夏お姉ちゃんも嘘だったんですか……。それにしても、……忙しいことの喩え……。博士、忙しいって嫌なことですよね?」
「ん? 忙しいが嫌か、か。微妙だな。まあたぶんほとんどの人が嫌だろうな」
「ですよね」
アイが小さな顎に手をあててなにやら考え込んでいます。
「……? どうしたんだ、アイ」
「陽夏お姉ちゃんは忙しいって言ってたのに、楽しそうだから、どういうことだろうと思って」
「へ? 楽しそう? 私が? ……そうかな。大変なのは本当なんだけど。……でも確かに楽しいかもね、うん。楽しい」
「ふに。なにが楽しいのですか?」
「そうだねー、うーん……。夏祭りの見物も楽しいけど、やる側はもっと面白い、かな。なんかをみんなで作っている感じというか。例えば高校の文化祭のような感覚かなあ」
「なにかをみんなで作っている感じ?」博士が言いました。
「そ。屋台で食べ物を出したり、射的みたいなゲームを提供したり。ま、私なんかはそれとはちょっと違う役回りだけどさ」
それを聞いたアイは目をキラキラと輝かせてうずうずしているようです。
アイはちらりと博士の様子を盗み見ます。なにかを訴えているような目です。こうなると博士にはお手上げでした。博士は渋々、と言った表情で「いいよ」と言います。
「ねえ陽夏お姉ちゃん、私たちも手伝っていいですか?」
「うん? それは嬉しいけど――、アイちゃん、本当に大丈夫? 結構疲れるよ。……お兄ちゃんも線が細いタイプだし……。思っているより大変だよ?」
陽夏はしゃがみ込んでアイと視線を合わせました。
「私は大丈夫です。それにお兄ちゃんなんか、こう見えてタイムマシンを作るくらい天才なのですから」
「へ? タイムマシンって?」
陽夏がきょとんとした顔をします。
「い、いや、陽夏さん違うんですよ――、」
「あっはっは!」陽夏は大声で笑いました。「タイムマシンか。そいつはいい。あー……、おかしい。面白いこと言うね、アイちゃん。……よし手伝ってよ。……そっちのお兄ちゃんもそれでいい?」
陽夏に視線を送られ博士は頷きます。
「……そうですね。力仕事は苦手分野ですが……。まぁアイがひとりでという訳にもいかないですし」
「やったぁ。さすがお兄ちゃん!」
アイはぴょんぴょん跳ねて喜びます。ベレー帽が地面に落ちました。
「――わかった。ありがとう。こんな田舎の夏祭りを盛り上げてくれる人がいると思うと嬉しいよ。……じゃあどうしようかな。どこを手伝ってもらおうか……」
言いながら陽夏は屋台の中にあった羽織を取り出すとそれを着ました。
「――陽夏お姉ちゃん。それはなんですか?」
「ん? 知らないの?
「ふに? いいんですか?」
「うん、アイちゃん似合いそうだし。あ、博士くんもどう?」
「……いえ、僕はいいです。この白衣がトレードマークのつもりですし、なによりガラじゃない」
「えー。お兄ちゃんも一緒に着ましょうよ」
アイは博士の裾をひっぱりますが、博士は頭を振ります。
「そうか、そうか、まあいいよ。ただちょっと汚れちゃうかもよ、その白衣。ま、そしたら私んちで洗濯したらいいか。……じゃあそうだね、まずは私んとこのシマに行こう」
そう言って陽夏は博士たちが来た丘と逆の方向――田舎町の中のほうへと歩き出しました。博士とアイの二人は陽夏の後ろを歩きます。
「あ、そういえば」唐突に陽夏が振り向きます。「私の名前は教えたけど、キミの名前を聞いてなかった。博士くん、なんて名前なの?」
「……? 博士って言ってるじゃないですか」
「いやそうじゃなくて本当の名前。アイちゃんしか聞いてないからさ」
「だから
「……マジ?」
「マジです」
「……それはずるいよー」
道の両側はまだ騒がしく楽しそうな声とともに、老若男女問わず夏祭りの準備をしています。その熱気を孕んだ田舎町の雰囲気と温かく迎えてくれた陽夏に対して二人は、夏の一端を感じるのでした。
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