タイムスリップ

部屋の中央に置かれている二人乗りの白くてまるっこい《タイムマシン》を見て、アイは呆れ半分に呟きました。


「博士って……、本当に天才なのですね……」

「夏は作れなかったけどね。……でもこれで昔に戻ればアイに夏を教えてやれる」


博士はいまにも白衣をひらひらとさせて踊り出しそうなくらいとっても嬉しそうです。それとは反対にアイの表情は曇っていました。


「……でも博士…………、これ、本当に大丈夫なんですか? テスト試行はしないんですか?」


アイは自分の身長より一メートルほど大きい直径を持つタイムマシンに触りました。表面はなんだかツルツルとしていますが、圧力をかけるとアイの力でもゆっくりと沈むようにへこみました。どうやらアイの知識にはない金属のようです。……というよりは博士以外知りえない物質なのかもしれませんが。


博士はコーヒーを飲みながら答えます。

「燃料がないからね。一度過去に戻って帰ってくる、それで精いっぱいなんだ。同程度の時間旅行のテストをすると、仮にそれが成功したとしても、また燃料が溜まるのにかなり待たなくっちゃならない。でも安心してよ。全くテストをやっていない訳じゃない。五秒ほど過去に戻る実験は成功している。……無人実験だけど」


「無人じゃ意味ないじゃないですかー。……本当に死なないですかね?」

いくら好奇心旺盛なアイでもぶっつけ本番は怖いようでした。


「大丈夫、大丈夫。実はアイと僕の脳内データはバックアップをとっているから、最悪どっちかが生き残れば復元できるよ」

さらりと怖いことを言いながら博士はいつも研究に使っている端末を指差します。あそこにバックアップがあるのでしょう。


「いつの間にそんなことをしたんですか。あんなに忙しかったのに」

しかしアイは気づいていました。実際が失敗するときは二人とも運命共同体でしょうし、仮にアイが生き残ったとしても博士を《復元》することは技術的にとても難しいのです。博士が生き残ってくれれば話は別ですが。


「じゃあ行くよ」

「……ふに? 行くってどこにです?」

「だから、過去に」

「へ? そんなピクニック行くよ、くらいの調子で言われてもですね」

「いいから……、ほら乗って――《開け》」


博士はそう唱えると、球体の上側四分の一がパカッと開き、乗降用のタラップが上から開いた入口から降りてきました。博士はそれを使って上り、《タイムマシン》へと乗り込みます。


「うえー。本気ですか、博士ぇ―」

アイはくちびるを尖らせながらも、夏を知りたいという欲望が少しだけ上回ったのか、渋々タラップを上ると博士の横に座りました。するとタラップが収納され、開いていた上半分が自動的に閉じました。


「ポンチョが挟まれないように気をつけなよっと……、よし。さて、乗り心地はどうだい?」

「狭いです」


二人乗りのくせに肩が触れ合うほどでした。


「それはエネルギー効率を考慮すると仕方ないんだ……それで、ええと、戻る時代はせっかくだから人類が一番地球に拡大していたころにしよう」

「いつなのですかそれ」

「当時の暦でいうと……、西暦二千年くらいかな」

「だからいつなのですか、それ」アイの知識にある暦とは全く違う形式なので理解出来ませんでした。


博士は二人の全面についている緑色の大型液晶パネルを操作していきます。そしてそのパネルには次々と物凄い速さで《0》と《1》から構成されている文字列が左から右へと流れていきます。どうやら博士はプログラミング言語ではなく、機械語のままでタイムマシンと対話しているようです。


数字の羅列を見ているうちに、アイはなんだか恐くなってきました。

「……ねぇ博士、いったん降りませんか?」


博士はその抗議がまるで聞こえていないかのように、超高速でさまざまな情報をタイピングしていきます。その集中力はちょっとしたものでした。


そして数十秒後、すべての設定が終わり――、



「よし、これでオーケーっと。――じゃあ、いっちょ《夏》を探しに行こうか」



博士がパネル横のいかにも意味ありげな赤いボタンを押しました。


「ふぇ? うそ。ちょ、ちょっと博士、心の準備が――」

白衣の横で黒いポンチョが暴れまわります。

次の瞬間、アイの叫び声とともにタイムマシンは一瞬にしてこの時代から消えました。


ログハウスは久しぶりの静寂に包まれました。

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