人間をつくる

そんなひとりぼっちのある日の昼間のことです。

博士はコーヒーを片手にログハウスの窓から山辺を見て考えていました。


「《問一》僕はどうして寂しいのだろうか? ――《回答一》それはきっとほかに人間がいないから。……うん、そうだ。今までは平気だったけど、誰もいないとわかった途端に寂しくなった気がする」

博士は本当に寂しかったのでしょう。人間は寂しくなるとひとりごとが増えるものです。博士は机にコーヒーを置くと、部屋の中をぐるぐると歩き回りだしました。考えるときに博士はいつもこうするのです。


「《問二》では僕はどうしたらいいのか? ――《回答二》これは難しい問題だ。……ふうむ。…………あ、そうか。いないならつくればいいんだよ・・・・・・・・・・・・・・

博士はとんでもないことを言いながら指をパチンと勢いよく鳴らしました。歩くスピードが一段階上がります。このころ白衣のポケットに手が突っ込まれ、思考の速さもぐんぐんと増していくのです。


「《問三》それは果たして僕に出来ることだろうか? ――《回答三》やってみなきゃわかんないだろう?」

博士はピタリと立ち止まると、ひとり不敵に笑いました。

こんな突拍子もない問題についても大真面目に検討するところが博士の博士たる博士なりの天才的な性格でした。


「こうしちゃいられない……暗くなる前に、だ」

博士はすぐに片手サイズに折りたためる《超軽量型リアカー》だけ手に取り、白衣を翻しながら野山の斜面を下りて町にたどり着くと、かつての店先からどんどん材料を拝借していきます。


「次からは自動で材料を運搬する機械を作ったほうが早いな」

そう言いながらもすぐに材料は集まりました。


そして帰り際にふと、がらんとした市場や錆びかけた商店街のシャッターなんかを見ながら誰に向かってでもなく呟くのです。

「……絶対に人間を作ってみせる。この白衣に誓って、やってやる」

博士はなんだか久しぶりにわくわくしてきました。

根っからの《研究魂》に火がついたのでしょうね。


ログハウスに戻るとさっそく研究に取り掛かりました。

次々に実験しては三歩進み、二歩下がり、百歩進んだかと思ったら振り出し戻る、そんなことを繰り返していました。

なにせ誰もいないのですから考えるのも手を動かすのもすべて博士の仕事です。


何の進展もなく、あっという間に数日が過ぎました。

「……こりゃあ大変だぞ。『猿でもわかる、と言うのなら本当に猿に哲学を教えてみなさい。少なくとも西洋哲学は完璧に』ってくらいには大変だ……。じゃなくて。でもきっと大丈夫だ。僕は発明が大得意なんだ。これだけは誰にも負けない」


博士はそんな無駄口を叩きながらログハウスの外をちらりと見ます。今夜は月が出ていない真っ暗な夜でした。


「……まあ、発明とは反対に暗いところはちょっとだけ苦手だけど」


博士はこう言っていますが、苦手どころではなく、真っ暗なところでは活動が出来なくなるほどでした。無理に行動しようとすると汗が止まらなくなり、呼吸は乱れ、そのうち倒れこんでしまうのです。それは《ひとりぼっちになった》と認識した時から続いていて、ある種の制約のようなものでした。天才過ぎる博士への枷、とでも言えば世間的には納得してくれるのかもしれません。しかし、医者のいない――その《世間》すらないこの世界で博士はそれを治す術も知りませんでした。


さて、この難しい研究が博士の寂しかった心の隙間を徐々に埋めていきつつもありました。


ログハウスの近くではだいぶ遅く咲いたタンポポが辺り一面に花開いたかと思えば、夏を飛ばして秋になり、今度は大雪が積もって、そしてまたタンポポの時期となり、つまり研究を始めてから丸一年が経ったころ――


「……出来たぞ…………!」


ログハウスの一室がバチバチという音とともに、青白い稲光と煙に覆われました。

そのあと数秒の沈黙があり、煙が窓から出て行ったとき、そこに立っていたのは――


なんともまあ可愛らしい少女なのでした。

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