夏思いが咲く

西秋 進穂

ひとりぼっちの博士

人類という種族が誰に許可されたわけでもないのに我が物顔で地球上に蔓延はびこって科学文明を築き上げ、それから更にちょっと先の時代のことでした。


このころ地球は数年間のうちに大きな変遷期を迎え、急激に気候が変動しておりました。


その原因はよくわかっておりません。単純に隕石の襲来だったのかもしれないですし、未知の宇宙人が百那由多なゆた光年離れている銀河から不可視光線を放ってきたからという説も有力でしたし、はたまた何十億年も歳をとった地球の《気まぐれ》だったとしたら……、それは迷惑な話ですね。

兎にも角にも、地球の平均気温は十度から二十度ほど下がって食べ物は少なくなり、住むところが限られ、ほかのいろんな理由とも相まって人類は急速に死滅し、そして――。



ひとりぼっちになった博士がおりました。



博士と言ってもまだ子ども。十七歳になったばかりの男の子です。

幼い頃に両親を亡くした(これは不幸な事故でした)博士は人里離れた野山のログハウスに籠っていました。

博士はおでこに金属製の重たいゴーグルをつけそれで髪を上げ、たくさんのポケットが付いた一風変わった白衣を着て、取っ手付きのビーカーでカフェイン増しにしたお気に入りのブラックコーヒーを飲みながら、日々発明を繰り返していました。


博士は発明上手でした。

……いえ、上手なんてものじゃありません。


たとえば《自律型温度調整スーツ》。

これは見えない空気の塊が着ている人の周りを覆い、その人の生命維持はもちろん、快適に過ごせるように工夫されたものでした。ちなみにスーツのデザインはその人の適正に合わせて、空気の塊がさまざま形や色とりどりに変化してくれます。博士の場合はトレードマークの白衣になるといった具合です。


ほかにもたとえば《超自動調理機》。

こちらはその辺で拾ってきた木の枝や土くれや川の水なんかを入れてスイッチを押すだけであら不思議、栄養満点の食べ物が出来る機械でした。……味はそこまで保証出来ないのが玉に瑕でしたが、これのおかげで博士は食料の確保について考えることなんかなく、まして飢えている人間がいるなんて夢にも思いませんでした。


そんなふうにお金もかけず(どうしてもお金が必要なときは発明品と交換しておりました)、元々ひとりぼっちで発明をしたものですから、博士は道具を揃えに街へと下りるまで人間がいなくなっている・・・・・・・・なんて知りませんでした。


みんながいないことに気がついた博士は、まず最初に、本当に自分がひとりぼっちになってしまったか証明しようと試みました。数学、生物学、統計学、物理学、宇宙科学、哲学まで――、ありとあらゆる学問を駆使して証明しました。……しかし、どの研究結果も博士が世界にひとりだけだということを示していました。


次に明るく振る舞まってみようと、機械に自分の表情を引っ張らせて無理やり笑顔を作ってみました。……しかし、顔面の皮膚と心の隅っこが痛くなっただけでした。


その次は、自分には発明があるんだと開き直り、《世界一の発明家》を目指そうとしました。……しかし、そもそも世界に人間はひとりだけでした。


その後もいろんなことに挑戦してみましたがことごとく上手くいかず、そしていま――、


「…………やっぱりひとりぼっちは寂しいもんだ……。『ババ抜きのババになった気分』とでも言えばいいのかな、これは。……いや、伝わらないか。……というか伝える人もいないのだけど」


野山にぽつんと建っているログハウスで博士は、白衣のポケットに両手を突っ込みながらひとり零しました。

そうです。

いくら発明上手の博士でも、十七歳の男の子にとって、ひとりは寂しいことでした。


それは誰もが抱く当たり前の感情なのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る