17
フィリアの示唆した通り、旗亭を中心に街を巡っていれば間もなくエレノアの姿を認めることができた。
記憶の住人たちは珍妙な翼を持つ女人にはまるで興味を示さず、通り過ぎていく。近場の物陰に身を潜めながらエドワルドはエレノアの動向を見守った。
柘榴を掴み、手の中でくるりと一回転させて元の位置へ。次は隣。終われば更に林檎を手中に収める。露店の主は微塵も関心を寄こさず、不干渉を貫いていた。エレノアは陳列された商品を一通り見て回ると満足した様子で店主に何か語りかけると他の露天へ移動する。
セフィラの住民は謂わば
その行動を意味を読み取れず、エドワルドは首を傾け、道端で不意に立ち止まる。思えば、甲斐甲斐しくも儀式を取り仕切っているテオドールも例に漏れない。だが、セリーは――。
「そういえば、向こうから話しかけて……」
エドワルドの足踏みにより人波が緩やかに形を変えてゆく。それで勘付いたのか途中でエレノアが歩を止め、周囲をきょろきょろと見渡した。慌てて意識を現実に引き戻し、より慎重に身を忍ばせながら距離を詰めてゆく。
エレノアが角を左に折れた。一人分の身幅しか通らないような細道だ。気取られたかとエドワルドは歯噛みしつつも、こっそり壁に背を預けて窺い見る。幸いにもエレノアが振り向く様子はなかった。
「なんだってこんな道」
細道の奥でエレノアが左に折れたのを確認すると、慣れた動きでするすると横歩きをして一つ隣の大通りに出る。見失う危険もあったが、杞憂だった。人波にあって背中の翼がこれほど目立つとは。
「おっまえ、どこまで行くつもりなんだよ」
ぼやいたところでエレノアに届くはずもない。少し進んだ先でまた細道に紛れて混んだのを目視して、躍起になりつつ追いかける。こうして路地を駆け回るのはどこか懐かしい。建物に阻まれ薄闇の中にあった道を抜け、再び光の元に姿を現し――そこが最初にエレノアを見つけた、あの露店のある通りだと気付き瞠目した。
「はい、確保。やっぱり後をつけてたのね」
背後から冷ややかな声がして、嵌められたことに気が付く。
「いや。俺は別に後をつけてた訳じゃ……」
「嘘。じゃなきゃ同じ場所を一周なんてしないもの」
首根っこを摘まれ、エドワルドはがっくりと肩を落とした。
「
「
おそらく自分とエレノアとの間に生じた些細な溝を埋める為の、ちょっとした気遣いだ。蹴躓く程度の小さな溝でも時間が経つほどに深く手に負えなくなるものだから。
「で?」半ば威圧的にエレノアが続けた。腕を組んで鼻を鳴らす。「どっからつけていたの?」
「そこの露店だよ。林檎見ていただろ? 腹でも減ったのか?」
「ばっ――!? そんなわけないわよ!」
エドワルドがそう言うと、瞬く間にエレノアは気色ばみ、動揺を露わにした。鈍い風切り音がするほどに雪肌の腕を振り回し、頰が赤らむ。
「良い色に熟しているなと思って見ていただけ!」
「今のエレノアも大概だけどな」
あまりの慌てっぷりにエドワルドが軽口を叩けば、平手が飛んできた。手加減はしたようだが、頬はひりひりと痛い。奇しくも未熟だ。揶揄われたことに気が付くと、エレノアは更に
「もういいでしょ、お役御免なんだからエドは宿に戻りなさいよっ!」
「俺は腹が減ったから何か食べようと思ったんだがな。そうかそうか、お前は要らないか」
「…………ふーん」
みすみすエレノアの言葉に甘んじて独り、宿に帰ったらフィリアにどやされるのは明白だ。背中を見送った彼女の真意は「どこか二人で食べに出てきなさい。ついでに私へのお土産も期待していますよ」だ。
――苦味のある菓子は何があっただろう。
「一緒に行ってあげないこともないわ」
思惑通り、エレノアが食いついた。
「それは助かる」
チュロス、ガレット・デ・ロワ、パナジェッツ……。エドワルドの脳裏を幾つもの菓子が過っては消えてゆく。林檎が入っているものがいいかもしれない。
「ああ。あれがあったな」
保存の効く菓子だから良く持ち歩いていた菓子だ。干した果実も入っているから、丁度良い。おそらく街のどこかで売っている店もあるだろう。
きょとんと首を傾げるエレノアに、悪戯な笑みを返して店が立ち並ぶ通りへと足を伸ばす。
「行ってからのお楽しみだ」
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