そこは喧騒と活気に満ち溢れていた。道なりには所狭しと屋台が並び、麺麭屋の軒先から漂う香ばしい匂いが行き交う人を包む。石畳を踏む馬蹄は軽やかで、心を弾ませる。


「商業都市だったのか」

「ここでは空の色、雲の流れ、人の息遣い、漂う匂い……全てが貴方の心に映る景色ですから、実際そうなのかもしれません。何か心当たりが?」


 エドワルドは逡巡したのち、被りを振った。人波に飲まれぬよう屋台の陰に身を捩らせ、通りを見遣る。

 往来する人々の顔貌は朝靄がかったようにぼやけているが、一様に嬉々とした雰囲気が見てとれた。纏う装束も色とりどりで、お互いを主張し合っている。


 だが、不思議とエドワルドの内心には仄暗さが暗雲のように立ち込めていた。


 ――どうしてこんなにも落ち着かない。

 体調はだいぶ回復した。人酔いしたわけでもない。なのに惨めで不甲斐ないと裡から劣等感に満ちた声がする。

 ――何か嫌な記憶が……?

 記憶を辿ろうとして、ふと気が付く。


「あまり、覚えてないな」

「やっぱりね。薄々そうじゃないかと思ってたわ」


 通りを見つめ沈んだ顔のエドワルドに、エレノアは快活に言ってのけた。


「大概の子羊は往生際悪く大騒ぎして此方の言う事なんかまるで耳を貸さないのに、エドったらぴくりともしないじゃない。何のために剣を向けて脅そうと――」


 あっ、とエレノアが口を押さえる。そのまま何事も無かったかのように顔を背ける様が一層白々しい。


 思い起こせば眼前で切っ尖をちらつかせた光景が蘇った。妙に威圧的で恐怖すら感じさせたあの振る舞い。その裏に潜んだ思惑を唐突に暴露され、エドワルドも唖然とする。


「脅しつけて黙らせようとしてたってわけか」


 晴れない心も忘れて半眼を向ければ、エレノアは口元をもぞもぞと遊ばせた。


「…………ったわね」

「ん?」


 ぼそぼそと呟かれた言葉をエドワルドは聞き逃さなかった。が、喧騒に掻き消されたと言わんばかりに小首を傾げて再度促す。他でもない、ただの意趣返しだ。

 その様子に頬を赤らめたエレノアは、意地を張って口を開く。


「だから、悪かったわねって言ったのよ! 貴方、聞こえてたでしょ! 絶対に聞こえてた! ……ああ、もう。さっさと教会に行くわよ!」

「あ、おい、ちょっ――」


 袖を強引に引かれて抵抗するも、虚しく右足が前に出てしまう。体勢を崩すまいと思わず左足が更に前へ。初速がついてしまえば抗う術はない。ずんずんと人波に乗ったエレノアが手を引くまま。フィリアに助けを求める暇もなかった。

 

「フィリアも!」

「はーい」


 呆けた面構えで人垣に揉まれるエドワルドを微笑ましく見送るフィリアは声がかかると、常にない弾んだ声で返事をし、人波へと姿を眩ました。

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