第一章
戴冠式
6
街の傍らで地に足をつけるなり、エドワルドは口元を押さえて
「確かに酔うとは言ったけど、本来なら立ちくらみ程度よ?
悪態を吐きつつ、背中を摩るのはエレノア。荒いが誠心誠意、介抱しているのは伝わる手つきだ。労わる心根に甘んじながら、エドワルドは浅い息を繰り返し、微かに相槌を打つ。間違っても口を開いてはならない。さもなくば堰を切って押し込めたものが逆流してきそうな気がする。
「だから忠告してあげたじゃない。瞑目しなさいって」
心なしか口数が多いのは、エドワルドが唯々諾々と首を振るしかないと理解しているからなのだろう。飲み水を探しに場を離れたフィリアの不在に由来する沈黙を気まずさで助長するよりは、言葉を発して間を持たせようというのだ。
「これじゃあ前途多難ね……」
エドワルドも気持ち深めの頷きを返す。仰ぎ見る空は澄み渡るように蒼い。
楽園を目指す上でセフィラを避けては通れず、門を潜るには天使か悪魔を随伴する必要がある――フィリアが教えてくれたことだ。なるほど、確かに言葉通りである。厳めしい門扉も、都市を囲う白亜の城壁も、来る者を拒むように吹き抜ける風も、エドワルドの手には余るものだ。
だが、セフィラを通過する度にへたっていては堪らない。思えば生者の路でも門に頭をぶつけている。つくづく門とは縁がない。
何か手立てはないのかと顔を上げれば、口許に手を当てて悩ましげな顔をするエレノアの姿があって、その肩越しに水差しを手にしたフィリアを認めた。
「エレノア、お待たせしました。通りの店で頂いた水です。どうぞ」
有難く受け取った水差しで手始めに口腔を
「ありがとう、フィリア。助かった」
「これくらい、お安い御用ですよ」
落ち着きを取り戻したエドワルドにフィリアはふふっ、と悪魔らしくない慈顔を浮かべる。駆け回ったのか、露出した肌は薄っすらと赤みを帯びていた。
「エレノアも」
「……別に大したことしてないわよ」
対するエレノアは、弾かれたようにそっぽを向く。しかし、口の端に笑みが溢れているのをエドワルドは見落としはしなかった。素直じゃないな、という言葉は胸中に留めておいた。
肩を借りて起き上がると存外、腰は抜け、足が笑う。何とも情けない、と自嘲混じりの乾いた笑いが出た。
「取り敢えず、桂冠を得ればいいんだよな。とすれば教会か?」
桂冠が楽園へ迎え入れる者を選別するための
不甲斐なさを隠すようにエドワルドがそう口にすれば、エレノアが緩慢と首を縦に振る。
「確か街の中央にあったわね。あそこなら
フィリアも鷹揚に頷いた。
「ええ、問題ないでしょう」
「なら決まりだな」
「ああ、もう。そんな危なっかしい足取り見てられないから、肩貸すわ。ほら捕まって」
路地の幅は辛うじて二人が肩を並べて歩ける程度だったが、壁伝いによろよろと歩み出すエドワルドにエレノアが焦れた声を出す。かと思うと、脇からエレノアがひょっこりと顔を覗かせ、フィリアの先導に従って一同は大通りへと出た。
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