22.天の雷、地に焔(3)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・味方は平和維持軍『PRTO派遣軍』。主人公ジーク・シィングは規格外兵器「戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉」のパイロットであり、僚機〈ピースキーパー〉と共に敵陣への斬り込み役を担う。

・敵は反政府組織パシュトゥーニスタン、そしてそれと連携する外様の武装組織『シスコーカシア戦線』。シスコーカシア戦線自体もアリスタルフ派(思想集団)とゼリムハン派(リアリストの傭兵組織)の2派閥に分かれており、実質的に三組織の連合である。


【これまでのあらすじ】

・乱戦の只中に飛び込んできた宿敵〈シャングリラ〉。超大型ビーム兵器〈ケラウノス〉を槍のごとく振り回すこの機体を前に、ジークと〈ヘルファイア〉はジリ貧に追い込まれる。

・そんな中、空中空母〈キュムロニンバス〉が置き土産に残した巡航ミサイルが、数分前の誘導で戦場に向かっているという連絡が入った。

・復讐を果たし、己と乗機の尊厳を守るため、ジークは最後の賭けに出る。


◆   ◆   ◆   ◆


「――ジナイーダ、何をしてるんだ! 〈シャングリラ〉を焼き切る気か!」

「黙っててください、アリスタルフ・アルハノフ! どうせ一度使えばオーバーホールなんです、あなたの娘が生きるか死ぬかの瀬戸際でしょうが!」

「組織の力で私闘をされては困るんだよ。予備のパーツも無限では……」

「あなたに親の情がなくとも私には姉の情がある! 無理は聞いていただきます!」


 けたたましいアラートが鳴り響く中、ジナイーダがアリスタルフに言い返した。

 ハーフヘルメット型のBMIユニットのバイザーには、電流のスクリーンの向こうに立つ〈ヘルファイア〉の姿が映し出されている。相手に撤退の意思は見えない。


「ターニャが逃げてくれれば、私も下がって終わりにできるんだから!」


 ジナイーダは宙返りを打って反転すると、右手の〈ケラウノス〉から再びビーム・ラムを発振した。またも100メートルを超す長さの雷槍が生じる。

 戦略級ビームキャノンのエネルギーを小出しにするような使い方だが、パシュトゥーニスタンから抗議を受けている今、砲撃でキノコ雲を上げるわけにはいかない。〈ティル・ナ・ノーグ〉のこともある。


「持たせなさい〈シャングリラ〉! 私の拡張肢ならば!」


 マント付きの長躯が再び突撃体勢に入る。マントに仕込まれたプラズマ・アクチュエータが出力を上げ、機体が紫色のイオン光を纏って急降下に入る。


 殺人的なGがジナイーダの体を座席に押し付けるが、彼女が苦痛を感じることはなかった。彼女の体は一定の閾値を超えるエネルギーを無差別に吸い込み、電気エネルギーに変えてしまうのだ。


「殺す気で仕掛けますが、死なないでくださいよ!」


 矛盾した台詞を吐き、ジナイーダが機体もろとも音速を超える。テンタクラー・マントが僅かに稼働し、機体針路を〈ヘルファイア〉の方へ微調整した。


 彼女は己の力の大きさを知るが故に、相手を本気で殺しにかかったことも、真の意味で死に物狂いになったこともなかった。だが、今は!


「狙いよし、速度よし! ビーム・ラム発振――今!」


 再び、雷槍。破壊エネルギーの奔流と化した〈シャングリラ〉が空間を撃ち抜き、地表に直線状の爆発を生じながら飛び去る。この世のものとは思えぬ轟音がヒンドゥークシュ山脈に響き渡った。


「もうそろそろ時間のはず……ターニャ、どうです!?」


 ジナイーダが通信回線を開いたその時、東で激しい砂埃が舞った。

 墜落した〈ギロチナ・ストール〉――〈ティル・ナ・ノーグ〉の飛行円盤が再起動し、熱核ジェットを噴いたのだ。


「……〈ティル・ナ・ノーグ〉再起動しました。離陸します」

「よかった、粘った甲斐がありました!」


 下半身だけになった〈ティル・ナ・ノーグ〉は、浮き上がりつつある飛行円盤〈ギロチナ・ストール〉に足先の鉤爪クローでしがみついていた。スラスターの破損のせいか飛行姿勢がやや不安定だが、戦場からの離脱は可能なはずだ。


「これで……ちょっと、何!?」


 安堵の溜息をつきかけた次の瞬間、ジナイーダが赤黒の目を見開いた。


 ――〈ヘルファイア〉が〈ティル・ナ・ノーグ〉の方へ猛然と走っている。その手には切断された大身槍の穂先が大剣めいて握られていた。


 反撃を受ける危険を最小限とするため、そしてビーム発振の強力な反動を押さえ込むために、ビーム・ラムの突撃は最大推力で行っていた。そのため離脱してから反転して状況を確認するまでには多少の間隙が生じる。

 敵機はたった2度見ただけでその隙を読み、回避とほぼ同時に突撃に移ったのだ。赤熱した溶融地面を踏み越えて、〈ティル・ナ・ノーグ〉の方へ!


「見損ないました! ジーク・シィングは血が見られれば何でもいいのか!?」


 〈シャングリラ〉が〈ケラウノス〉を停止させて急降下をかけた。

 目を離したのはたった一瞬だったが、その一瞬で距離を詰められすぎた。今ビーム・ラムを使えば離陸中の〈ティル・ナ・ノーグ〉を巻き込んでしまう。


(後ろから触手テンタクルで捕まえて、エンジンを壊せば追ってこられないはず!)


 ジナイーダの思惟がBMIを通して機体に伝わる。両肩と背中のテンタクラー・マントが左右で撚り合わさり、巨大な触手の腕を形作った。


「速度はこっちが上! 捕まえてっ!」


 〈シャングリラ〉が推力任せに加速した。マントを動翼として使えないため機動性は鈍るが、今は直線速度が出せればそれでよい。

 瞬く間に〈ヘルファイア〉に追い付き、両肩の触手巨腕で背後から掴みかかる。


「……来たな、焦って! 見え見えなんだよ!」


 その瞬間――〈ヘルファイア〉が槍を投げ捨てて反転し、全熱核ジェットを噴射。

 真正面から〈シャングリラ〉の突進を受け止め、組み付いた。



「……馬鹿な真似はやめろ! 組み付いて巡航ミサイルトマホークで道連れにするなどと!」

「死ぬ気はない、〈ヘル〉の装甲なら耐える目はある!」


 棺桶じみた狭いコックピットの中で、ジークが炎のごとき怒鳴り声を上げた。


 耳元では血相を変えたゴールディング基地司令の声。目の前にはあぎとを開く〈シャングリラ〉。テンタクラー・マントはここまでの戦闘で傷ついているが、撚り合わさることでなおも〈ヘルファイア〉の怪力と拮抗している。


「戦果は十分だ! ここでお前と〈ヘルファイア〉を失うわけにはいかん!」

「そういう問題じゃないんだよ! ――俺はジーク・シィングだぞ! 命惜しさにこの機を逃せば、一生惨めな負け犬だ! 俺の全存在をかけて奴を仕留める!」

「死に急ぐのも大概にしろ! 下がれ!」

「もう遅い、ミサイルが来なきゃこのまま犬死にだ……〈キュムロ〉を沈めた『マント付き』をぶっ殺す千載一遇のチャンスなんだぞ! やらない手はないだろうが!」

 

 強弁するジークの眼前で、〈シャングリラ〉が左手に持ったフューザーからビーム刃を発振した。莫大な熱が両者の間に陽炎を生じる。


(こっちの腕を落とす気か!)


 ジークの脳裏にかつての戦闘の記憶がフラッシュバックする。前の戦いでも渾身の突撃を受け止められ、似たような状況に陥った。

 あの時は〈ピースキーパー〉の援護で脱出できたが、今はジーク一人。しかし!


「何度も同じ手を! 俺が学習してないとでも思ったか!」


 ジークは機体脇腹の火炎放射器フレイムスロワーを起動し、残弾全てを発射した。

 火薬で射出されたペレット状のテルミット焼夷剤が〈シャングリラ〉の触手巨腕に食い込み、鋼をも融かす化学火炎でカーボンの人工筋線維を焼き切る。〈ヘルファイア〉の剛腕がパワーダウンした触手を振り払い、〈シャングリラ〉の左腕を掴んで斬撃を止めた。


「このっ……! いつまで持つか解らんぞ! 早くミサイルを落とせってんだよ!」

「馬鹿者が、落とす側の立場にもなれ! 生きて帰れば大尉に復帰だ。死ぬなよ!」

「元よりそのつもり! 通信終了オーバー!」


 話が終わると同時に、怪物の熱核ジェットエンジンが吼えた。

 〈ヘルファイア〉が更に踏み込み、分厚い正面装甲を〈シャングリラ〉の胴体に叩きつける。そのまま左腕を敵機の脇下から背中側に回し、完全にその場で拘束した。


「ここで組み付いてどうする気です? 味方もいないのに……後ろから飛来物!?」


 コックピットに響き渡るアラートを聞き、ジナイーダが赤黒の目を見開いた。

 速度は亜音速、低高度。数は3!


「ドローン――違う、巡航ミサイル! まさか……いや、この人はやりかねない!」

「どうであれ、お前だけはここで死んでもらう! 迎撃も回避もさせない!」


 〈シャングリラ〉が背中から生えた触腕を動かし、先端のフェイズドアレイ・レーザーユニットを後方へ向ける。

 しかし〈ヘルファイア〉がそれを見過ごすはずもない。ジークは手探りで触腕の根元を探り当てると、そこに左腕レールガンの砲口を押し当てて接射した。強力な重金属弾に基部を破壊され、背部触腕が力なく垂れ下がる。


「レーザーが!? ちぃっ!」

 

 ジナイーダが舌打ちした。もはや余裕などあったものではない。

 替えのきかぬ戦略級兵装を守るべく、〈シャングリラ〉が右手の〈ケラウノス〉を投擲。捻じれた螺旋槍に内蔵されたスラスターがオート制御で噴射し、二機から距離をとった。


「離れ……ろッ!」


 〈シャングリラ〉の片脚が〈ヘルファイア〉の左膝を踏みつけ、猛禽めいた鉤爪クローで関節部を鷲掴みにした。その体勢のまま脚部フューザーを発振、ビームの持続放射で装甲ごと関節フレームを焼き切る。


 左膝を破壊された〈ヘルファイア〉が不自然な姿勢でくずおれる。それによって132トンの重量が負傷した右脚に集中し、そちらの人工筋肉と骨格フレームまでが連鎖的に破断した。両脚全損、もはや一歩たりとも歩けぬ。

 それでも――三眼の怪物は両腕を離さず、恐るべき執念で敵機に喰らいつく!


「逃がすかよ! 死ね……死ね! 死ねッ! ミサイルに焼かれて消えて無くなれ! 俺と〈ヘルファイア〉を見下ろす奴は、絶対に生かしておくものか!」


 ジークが自らの魂を炉に焚べたような勢いで叫んだ。

 そして南側、稜線の向こうから無数の火が近づいてくる。終わりゆく戦いからの最後の置き土産めいて戦場に到達した、3発の巡航ミサイルの火だ。


 期を同じくして太陽が西の山陰に沈み、谷底が夜に覆われていく。

 闇の中、放電のイオン光を纏う〈シャングリラ〉の姿は、発光性の深海生物めいて幻想的に輝いて見えた。一方の〈ヘルファイア〉はさしずめ無粋な沈没スクラップだ――知ったことか。その神秘も優美さも、鉄と火薬の力で粉々に破壊してくれる。


(〈ヘルファイア〉! 俺の半身、俺の全て! 奴を倒してその価値を示せ!)


 至近距離から〈シャングリラ〉を睨みつけたまま、ジークは祈った。

 神にではなく、愛機〈ヘルファイア〉と、これまで自分が為してきた全てに。


 その直後――組み合ったままの2機に巡航ミサイルの群れが直撃し、炸薬3000ポンド分の爆炎が両者を等しく呑み込んだ。

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